隔月で続けていたこの連載を、今回限りで打ち切らせて頂くことになった。なにより歳をとったことが連載を続けられない、最大の理由である。確かめたわけではないが、編集者によると、29年続けたそうである。最初のころは推理小説の書評みたいな形だったが、次第に話がずれて、その時々に考えていることを書くようになった。年寄りがなにかブツブツ独り言を言っている状態である。そんな発言を聞きたい人はあまりいないだろうと思う。
何事であれ、忌憚なく喋ることができる相手がどんどん減る。自分の考えていることを誰かに話して、反応を見るのが癖だったが、話すべき相手がいなくなってきた。「そんなこと、言っちゃいけません」。若い世代からは、そうたしなめられる。同世代ならわかってくれるはずだが、それがもういない。出征する息子に、人前で母親が公然と「生きて帰って来なさいよ」と言えなかった時代をほとんどの人が知らないか、忘れてしまったのであろう。意外なことに、ものを言うことが現代では以前と同じように不自由になった。これは老人の繰り言である。
ほぼ30年前に連載を始めたとすると、ちょうど私が27年勤務した大学を辞めた頃である。しばしば「失われた三十年」という表現を目にする。GDPが増えず、デフレに陥り、それ以前とは景況感が異なる時代であった。きちんと調べたわけではないが、定期預金に利息がほとんどつかなくなり、いわば世間がある程度「落ち着いた」時代であった。労働生産人口が減少し始めたのも、この頃からであろう。藻谷浩介の『デフレの正体』(2010 角川新書)や水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』(2014 集英社新書)などを一生懸命に読んだ記憶がある。政治家や大企業はいまだにこの事態を腹の底からは受け止めていないと思う。GDPがドイツに抜かれて、世界4位になったなどと、大きな活字で報道するからである。その解釈はすでにこの連載でも述べた気がするが、右の書物を読めばそれで当然だろうという当たり前の結論になるはずである。ジョージナ・スタージ『ヤバい統計』(集英社シリーズ・コモン)では、GDPの国際比較に意味があるか、という根本的な疑義を呈している。政治でこの30年を象徴するのは長野県知事(2000-2006)だった田中康夫の脱ダム宣言であろう。大土木工事をして、国土を壊すのはもういい加減にしてくれという一般の意見を代表するものだったと感じる。欧米であれば、もっと抽象化した宣言になって、緑の党が発生するところであろう。「脱ダム」という具体的な表現になるところが日本であり、日本語を駆使する作家である。
世界に目を向けると、アル・ゴア『不都合な真実』の訳本が刊行されたのが2007年で、その書評を毎日新聞に書いた覚えがある。ローマ・クラブの『成長の限界』は1972年だから、私は大学の助手くらいだった。こういうお話が現実化するまで、世界は従来通り動いてきて、私が今身に染みて感じているのは、全体的な環境問題である。なにも炭酸ガスによる人為的温暖化のことだけではない。ここ数年、春の訪れを告げていた虫たちが見えなくなった。冬越しをして、3月下旬の暖かい日になると、虫たちがチョロチョロと出てくる。鎌倉の自宅の庭では、まずマルガタゴミムシを見なくなった。銅色をした小さい目立たない虫だが、ここ10年くらい、まったく見かけなくなった。いちばん気になっているのは、ヨツキボシハムシである。鎌倉はこの虫の多産地だったが、コロナの前年に箱根の家の庭で一頭見かけただけで、鎌倉ではまったく見ていない。中学生の頃に、お寺の庭でウシハコベに好んでついているのを見たが、ハコベもウシハコベもあまり見なくなって、草と言えば外来種ばかりになっている。肝心のお寺の庭は手入れが行き届いて、ハコベの生えていた庭に砂利を敷いてしまい、虫の住む場所ではなくなった。こういう文句は老人の「昔は良かった」の類であろうか。
物事には裏表がある。庭はきれいになったが、虫はいなくなった。アメリカではトウモロコシ畑の面積と芝生の面積が等しいそうである。なにも芝生ばかり作らなくてもいいだろうと思うが、芝生にする側にはそれなりの言い分があるに違いない。芝生にすると、原生の植物がなくなるが、いわゆる雑草が消えて手入れがしやすく、清潔感がある。現代人は圧倒的にこちらを好むに違いない。なにしろ民主主義の時代だから、衆寡敵せず、自然保護側の私の負けである。
ここまで虫がいない世界を作っていいものか。よくないに決まっているが、そこを丁寧に論じるつもりはない。面倒くさい。若いころなら、ここで頑張って、あることないことつらつら述べたに違いない。順序だててきちんと考えること自体がすでに面倒くさい。
サクラが咲き始めた。毎春思うことだが、我が家はこの季節になると、ウグイスがうるさい。体が小さい癖に、コジュケイに匹敵する音量で鳴く。しかも鳴き声が鋭い。ほかにも鳴く鳥は多いが、名前がわからない。スマホを使えば、鳴き声で鳥の種類を教えてくれるソフトがあることは知っている。でも使うのが面倒くさい。虫が減ると、鳥も子育てに困るだろうな、と同情する。ツバメなんて、どう暮らしているのか。コウモリも同じである。いたるところを飛んでいた小さな虫が、ほぼ姿を消した。3月末には、マグソコガネやセスジエンマムシが飛んでいて、それに小さなハネカクシなどが加わり、木漏れ日を見ていると、埃のように浮かんでいた。こういう世界で人々は少子化をいうが、人も生きものだから、減るのは同じであろう。この種の話をすると、すぐに「原因は?」と聞きたがる人が多い。その理由がわかるほど、ヒトは利口ではない。じゃあ人工頭脳がなんとかしてくれるかというなら、何もしてくれないに違いない。
手間暇かけて「人工」頭脳を作るより、世界に70億以上ある天然知能をもっと上手に使えないものか。ヒューマニズムという言葉があるが、本当に「ヒトのため」なんて、政治家や官僚は考えているのだろうか。言葉に振り回される世界には、もう閉口している。だから原稿書きもこれでお終いなのである。
今日も同級生の死亡通知が届いた。以前なにかの機会に、自分の身体の不調をこぼしたら、「お前はまだ歩けるからいいよ」ととどめを刺されてしまったことがある。結核で休養したために私よりかなり年長だったから、もう90歳になっていたかもしれない。思い出すことは多々あるが、わざわざ記しても仕方がない。
中年を過ぎて、言論活動に精を出すようになって、そろそろ30年、また自分なりの節目が来たらしい。言葉に対する信頼感が失せた。というより世界は言葉では動かない、としみじみ思うようになってきた。この「世界」とは自然界のことで、それなら当たり前である。言葉で動くのはヒトだけで、ただし最近ではシジュウカラも自分たちの言葉で動くことが判明してきたらしい。むろんヒトの言葉ではない。ヘビだ、というくらいは簡単に伝わるらしい。それを聞いているタイワンリスが同じように理解していると聞いた。
私にとっての世界は自然界で、世間ではなかった。子どもの時からだから、一生にわたって少数派であることを運命づけられている。Netflix で中国版のファンタジーをよく見ているが、画面に山や森が映るからである。こういう場所はつまり仙境で、仙人が住むところであって,江湖つまり一般の世間、ではない。私は仙人ではないのに仙境に棲みたいと感じるのが間違いなのであろう。初めからそうなんだから、今更どうしようもない。
言葉は実情を規定するものか、実情が先にあって言葉が生まれるのか。私は後者を採るが、解剖学や分類学をやれば、そう考えて当然である。人体があらかじめ存在していて、それに言葉を当てていくのが解剖学で、虫があらかじめ居て、それに名前を付けていくのが分類学である。この話題を突き詰めると、意識(ことば)が先にあって世界が生まれるのか、世界があるから意識が生じるのか、というニワトリと卵の議論になりそうである。自分が生まれた時には、まだ言葉はなかったので、育ってゆく過程で言葉をしだいに覚えていく。そう考えれば、世界が先で言葉が後になるが、言葉がまだなかった時代を想定すると、話はそう簡単ではないとわかる。やっぱりニワトリと卵である。
現代は言葉が優越する。だから情報化社会なのである。死んだ虫が転がっているだけなら、ただの虫の死骸だが、それにいつ、どこで、というラベルを付すと、だしぬけに標本に変わる。虫の死骸が人間世界に入るのである。子どもたちにそれを実感させようと思って、夏になると、子どもたちと虫捕りをする。今年は鎌倉の鶴岡八幡宮で、虫展をする。私のつもりでは、自然界と人間界をそのような意味で本質的に繋ぐのが虫捕りという作業である。政治や経済には何の関係もない。小学校から金融を教えるというのは、世間では有意義であろうが、自然界では意味がない。
こういうことを考えて生きていくのは、しみじみ面倒くさい。世間が情報化したのは、それがヒトの性質だからと思えば、それで仕方がないので、あれこれ言うことはない。素直に受け入れればいい。自分をそう説得しても、根が頑固だから、考えが動かない。じつは考えではなく、感覚なのである。考えなら動かせるが、感覚は動かせない。見えるものは見えているからしょうがないので、幻覚だと言われても見えてしまう。幻聴のある人たちの集まりがあると聞いたが、私と同じような感覚の持ち主が集まったら話が楽なのに、と思う。実際に週に1回、虫好きが集まってzoomの会をしている。出てくる人は決まっていて、それぞれ違う虫を相手にしているが、自然界に関心が集中している、つまり似たような幻覚の持ち主たちなのである。幻覚の上に世界を構築していくと妄想と呼ばれるようになる。幻覚そのものを疑う根拠はないのだから、その「上」に世界を構築するほかはない。その世界はかなり普通のヒトのものとは違った世界になるはずで、世間ではそれでヘンな人と見なされ、病気と診断されると入院することになる。私が医学生だったころには、これを妄想型の分裂病と呼んでいた。今ではこの診断名は使われなくなった。
この種の病に治癒はない、と思う。その状態のままで、社会的適応が可能ならいいのである。私自身も幻覚を持ち続けたまま、なんとか適応してきている。つい先日もいわゆる電波系の患者さんと電話で1時間話した。家族はやめろというが、いったん電話に出てしまうと、そういうことになる。同病相憐れむと昔から言う。仕方がないのである。診察料金を取れば医療だが、私は医療はやらない。相手の言うことを十分に聞いて、根本的な矛盾点を指摘する。それで話が終わる。この種の病は論理性が壊れているわけではないのできちんと適切に説明すれば、本人がある程度自分のおかしさに気づく。ただし幻覚は消えないから、しばらくすれば元に戻る。つまり治らない。それが私自身の状況でもある。本当にそう思うようになったから、ここで筆を擱くしかない。