今月のベスト・ブック

装幀=日髙祐也 写真=©Adobe Stock

『強盗請負人』

スタン・パリッシュ 著/上篠ひろみ 訳

ハヤカワ文庫
定価1,320円(税込)

 ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(服部京子訳/創元推理文庫)の主人公ピップは、車の中でディケンズ『大いなる遺産』を読みながら張り込んでいる。これだけで彼女がどういう少女か、くっきりとその像がうかんできそうだ。こういう細部がなかなかにうまい。

 高校生のピップは、自由研究で五年前に起きた殺人事件の捜査を始めるのだ。当時十七歳のアンディという少女が行方不明になり、交際相手の少年サル・シンが自殺する。それで事件は解決、ということになったが、ピップにはサル・シンが犯人とは思えない。そこで関係者を取材してまわり、サル・シンの無実を証明しようとする。それに協力するのが、サル・シンの弟ラヴィ・シン。この二人の素人捜査の日々を描くのが本書だ。

 若林踏の解説によると、本書はホリー・ジャクソンのデビュー作であり、カーネギー賞の候補にも選ばれたという。つまり、ミステリーでありながら同時に児童文学(この場合はヤングアダルト)でもあるということだ。ところでこの解説、情報の整理と提示が過不足なく、恰好の読書案内になっている。若い世代の批評家がどんどん出てきているのだなと実感する。

 それはともかく、関係者の動きを追った地図や、SNSのやりとりなどの図版を挿入したりして、素人捜査の過程をリアルに伝えているのが興味深い。ようするに読みやすくて面白いのだ。失踪したアンディが、他人の秘密につけこんで脅したりするなど、ろくでもない少女であることが徐々に明らかになるのを始め、さまざまな人のさまざまな真実が少しずつ表面に出てくると、容疑者がどんどん増えていくという展開は、常套的ながらもスリリングだ。

 次は一カ月遅れのマイケル・ロボサム『誠実な噓』(田辺千幸訳/二見文庫)。先月、ロボサムの『天使と噓』を取り上げたときに、これも続けて紹介しようとしたのだが、時間切れで断念。改めて今回、紹介する次第である。文庫版で七五〇ページを超える大著だが、その三分の一のあたりまでは、群を抜くほど面白い。スーパーマーケットで働くアガサは恋人の子を妊娠中だが、その妊娠を知らずに恋人は船に乗ってしまった。もう一人の妊婦はメグ。こちらは高収入の夫と可愛い子供に恵まれた主婦で、ただいま三人目を妊娠中。この二人の妊婦が出会って始まる物語だが、なぜかアガサはメグを遠くから観察していて、これが怪しい。一方的に慕っているのだ。何なのだろうこの関係は、と思っていると三分の一のところで、アガサの過去が明かされ、そうか、そういうことだったのか、と途端に物語の先が見えてくる。

 いや、そう思ったのだが、読み進むと、それは私の勘違いで、全然予想外のほうに進んでいく。おやおや、そっちか。問題は、それはそれで予定調和と言えなくもなく、物語の躍動感が失われていくことだ。ミステリーになる前の普通小説の部分が絶妙で感心していたのだが、違う方向に進むとは残念である。まあ、これは私の好みではなかったというだけのことか。世評では、ほぼ同時期に翻訳された『天使と噓』と『誠実な噓』がともに評判がいいけれど、前者が横綱なら後者は前頭筆頭。そのくらいの差がある、というのが私の判定だ。

 今月のラストは、スタン・パリッシュ『強盗請負人』(上條ひろみ訳/ハヤカワ文庫)。年末のベストには絶対にあがってこないジャンルの作品だが、なによりもアクション小説が好きな私には、強い印象を残す。これはそういう一冊だ。

 カバー裏の粗筋に書いてあるのでここにも書いてしまうが、強盗団のリーダーであるアレックスが足を洗うことを決意したのに、娘を誘拐され、その解放を条件に新たな仕事を頼まれる話である。こういうふうに紹介すると、これまでに何度も読んできたような話で、新味を感じないかもしれないが、小説はストーリーではなく、細部なのだ。本書はそれが素晴らしい。

 ラスベガスで起きた白昼の強盗劇を客が撮影し、その動画が世界中に拡散するという冒頭と、それを見た麻薬カルテル組織から、このグループなら任せられると迷惑な仕事を依頼されるというプロットは、いかにも「いまっぽい」し、主人公アレックスと恋人ダイアンの過去が挿入されると、物語がどんどん膨らんでいくのもいい。

 もちろん、いちばん素晴らしいのは緊密で迫力あるアクションだ。特に、ラストのアクションを見よ。こういう物語はどこに着地するのかということも大変重要だが、この着地もうまい。まさかこういう終わり方とは思ってもいなかった。詳しく書くとネタばれになるのでここには書けないが、この着地もいまっぽい。訳者あとがきによると、これは著者の第二長編で、デビュー作は本書にも登場するトム(アレックスの恋人ダイアンの息子)を主人公にした青春小説だという。ジャンル小説的要素を泣く泣くカットした作品(作者談)だというのだが、そちらもぜひ読んでみたい。

『自由研究には向かない殺人』にも惹かれるものがあるけれど、アクション小説愛好者におすすめしたい作品として、今月はこの『強盗請負人』を意地のプッシュだ。