今月のベスト・ブック

装幀=albireo+nimayuma
写真=Robin Macmillan/Trevillion Images

テロリストとは呼ばせない
クラム・ラーマン 著
能田優 訳
ハーパーBOOKS
定価 1,430円(税込)

 

 トム・リン『ミン・スーが犯した幾千もの罪』(鈴木美朋訳/集英社文庫)は、ウェスタン・ノベルだ。いまどき西部小説が新刊として刊行されるのは珍しい。中国系アメリカ人のデビュー作で、大陸横断鉄道完成間近のアメリカ西部を舞台にした長編である。

 中国系の殺し屋ミン・スーが、悪党たちを倒しながら、愛する妻のもとへと向かっていく――というのが本書のメインストーリーだが、巻末に解説を寄せた東山彰良はその中で次のように書いている。

「この物語が前代未聞なゆえんは、中国人を主人公に据えたこともさることながら、随所にちりばめられた数々のマジックリアリスティックなエピソードのおかげだろう。ミン・スーとともに旅をするのは百発百中の預言者、火をつけても燃えない美女、人の記憶を消せるナヴァホ族、テレパシーを使える聾唖の少年など、異能を兼ね備えた者たちなのだ」

 そういう小説をお好きな人にはたまらない設定なのだろうが、解説のこの部分を読んで、それでは私向きではないのかも、と思ったことを正直に書いておく。私、この手のものが苦手なのである。

 案の定、東山彰良が解説で書いた通りの長編で、ということは私向きではなかったことになるが、それでもアクション・シーンが素晴らしいことは書いておかなければならない。私はこれだけでも十分なのだが。

 めげずに手に取ったのは、クラム・ラーマン『テロリストとは呼ばせない』(能田優訳/ハーパーBOOKS)。こちらは『ロスト・アイデンティティ』に続く〔ジェイ・カシーム・シリーズ〕の第2作だが、シリーズものは新作から読め、というのが私の信条なので、その第1作を未読であっても気にせずに読み始めた。

「前作ではジェイというドラッグディーラーがMI5に雇われて、テロ組織に潜入しながらおのれのアイデンティティを模索していくという、いわばひとりの青年の成長物語でもあった」

 と訳者あとがきにあるのでだいたいのことはわかるし、さらに「本書ではイムラン(イミー)・シデッキーという新キャラクターを登場させてイムランとジェイの両方の視点でストーリーを同時進行させるという野心的な構成に打って出た」とあるので、そうか、イミーは前作には出ていなかったんだ、と納得できる。この作品だけに限らないが、ようするに前作を読んでいなくてもだいたいのことはこのようにわかる仕組みになっているのだ。

 というわけで、ジェイとイミーの物語が始まることになるが、イスラム過激派に追われるジェイの苦難を巧みに描いて読ませる。

 この〔ジェイ・カシーム・シリーズ〕は3部作で、次の最終編では、ジェイが母親と再会したり、ロマンスらしきものが訪れたり、さらには、イミーとイスラマバードに飛んだりするらしく、いやあ、面白そうだ。その最終編が翻訳されるまでには、未読の第1作を読んでおきたい。

 問題は、ドン・ベントレー『イラク・コネクション』(黒木章人訳/ハヤカワ文庫)だ。前作『シリア・サンクション』に続く「マット・ドレイク・シリーズ」の第2作である。

 前作は、ノーラン・フィッツパトリックという軍人の正義ぶりが鼻についてシラけたが(マット・ドレイクの罪ではないが、彼の冒険行の背後に、この軍人の正義があるのかと思うと興ざめになる点は否めない)、それでもアクション・シーンが読ませるので当欄で○印をつけた記憶がある。ようするに留保つきのおすすめだ。では、今回はどうか。

 性的人身売買組織を壊滅するためにイラクに潜入するマットの冒険行を描く長編だが、マットの妻ライラが登場したとき、イヤな予感を抱いた。私は即座に、グレイマン・シリーズに数作前からゾーヤというヒロインが登場していることを想起した。なぜこのヒロインが必要であったのか、その意味と意図をずっと考えているのである。グレイマン・シリーズの第1作『暗殺者グレイマン』のプロットに見られるように、コート・ジェントリーは子供に弱いヒーローとして登場した(死地に向かっていくラストの動機に留意。ちなみに、子供と老人に弱いのが眠狂四郎だ)。マーク・グリーニーが、この手を二度と使っていない点はいいが、そこにゾーヤが登場したから、いやだなあ、ゾーヤが敵方に捕らえられて、コート・ジェントリーが窮地に追い込まれる展開は。そんな安易なプロットなど読みたくない。

 ところが、ドン・ベントレーはそっちの道を進むのである。気のせいか、今回はアクションも浮いてみえる。地に足がついてないと言えばいいか。アクション小説をひたすら愛する者として、この手のものを推したい気持ちはあるのだが、これでは辛い。

 そこで今月は、『テロリストとは呼ばせない』に○。