今月のベスト・ブック

装幀=岩郷重力+WONDER WORKZ
写真=Getty Images

『クライ・マッチョ』
N.リチャード・ナッシュ 著/古賀紅美 訳
扶桑社ミステリー
定価 1,430円(税込)

 

 最初にお断りしておくが、シリーズものは最新作を読め、というのが最近の主張である。シリーズものは第1作から順序通りにきちんと読むものだ、と考えている人が少なくないようだが、そういう風潮を変えたいのだ。なぜなら、すぐれたシリーズものは途中から読んでもわかるということ(そしてそれが面白ければシリーズを遡ればいい)、もう一つはそうしないと部数がどんどん減っていくからだ。そりゃそうだろう。シリーズが7巻8巻くらいになったら、第1巻から読むのは大変だと思うのが普通だから、新しい読者は入り辛い。となると、部数がどんどん減っていき、版元も作者も困るのである。極端なことをいえば、結果的に刊行されなくなって読者も困るという事態にもなりかねない。だから、シリーズものは最新作を読め、という風潮が広まってほしいのである。

 ところが、そうは考えている私も、カリン・スローターの最近の翻訳順にはやや混乱気味で、大変に困っている。2021年12月に出た『凍てついた痣』(田辺千幸訳/ハーパーBOOKS)は、グラント郡シリーズの第3作なのだが、シリーズ第2作『ざわめく傷痕』が翻訳されたのは、2020年12月。ちょうど1年前で、そうか、1年ぶりに翻訳されたんだ、と思うところだが、細かく見ていくと事態は複雑である。というのは、その半年前の2020年6月に翻訳されたのが、ウィル・トレント・シリーズの第7作『破滅のループ』。そしてその2作の間、具体的に言えば2020年9月に翻訳されたのが、単発作品の『グッド・ドーター』。そして、2021年6月には、ウィル・トレント・シリーズの第8作『スクリーム』。つまり、2020年6月から、2021年12月までの1年半の間に、ウィル・トレント・シリーズ第7長編→単発作品→グラント郡シリーズ第2作→ウィル・トレント・シリーズ第8長編→グラント郡シリーズ第3作、と5作翻訳されている。もうごちゃごちゃである。

 シリーズものは最新作を読め、とは言っても、これだけごちゃごちゃだと、何がなにやらわからなくなってくる。2002年に翻訳されたグラント郡シリーズの第1作『開かれた瞳孔』を読んだのが、2017年。ウィル・トレント・シリーズの第3作『サイレント』を読んでぶっ飛んだ私が(それが2017年だ)、遥か昔に翻訳が出ていた『開かれた瞳孔』を読んで、またぶっ飛び、ウィル・トレント・シリーズもいいけれど、こちらのグラント郡シリーズも翻訳してほしいと強く願ったシリーズなので、それが翻訳され始めたのは嬉しい。しかし、こういう混乱するかたちになるとは思ってもいなかった。

 後世の人がこのコラムを読んで、なんでこいつは文句を言っているんだ、と疑問に感じるかもしれないので、このように翻訳の順序がもう大変にごちゃごちゃしていることを証言しておくが、そういう事情もあり、今度の『凍てついた痣』にも複雑な感慨がある。

 大学構内で男子学生の遺体が発見され、続いて第一発見者の女子学生も拳銃自殺。この事件を警察署長のジェフリーと、検死官サラが調べ始めるという話である。登場人物の感情が濃いのはいつもの通りだが、このシリーズの隠れ主人公レナ(ここでは警察をやめて警備員をしている)の感情が濃すぎるのでそれについていけるかどうかが分岐点だろう。シリーズものは最新作を読め、と主張している人間には大変言いづらいのだが、こればかりは順序通りに読んだほうがいいような気がしないでもない。そうすれば、レナの感情の爆発にももっと共感できたかもしれない。

 たった1作でここまで引っ張ってしまったので(しかも推薦作でもないのに)、残り行数が少ない。急いで、N.リチャード・ナッシュ『クライ・マッチョ』(古賀紅美訳/扶桑社ミステリー)にいく。1975年に書かれた作品がいまごろ翻訳されるのは、これが映画化されて2022年1月に日本で公開されるからである。それにしても91歳で、監督・主演・製作総指揮をつとめるというのだから、クリント・イーストウッドはすごい。『クライ・マッチョ』の主人公マイク・マイロは38歳との設定で、91歳のイーストウッドが演じるのは無理があるというので、映画では設定にかなりの変更が施されているとのこと。そりゃそうだよな。

 話はシンプルだ。元ロデオ・スターのマイクは妻も子も仕事も失って、失意のどん底にある。そこに持ちかけられた話が、メキシコから子供を誘拐してくる仕事。誘拐とはいっても、それを持ちかけてきたのは実の父親ハワードで、メキシコ人の母親が会わせてくれないと言うのである。しかしそれも、実の息子ラファエルと会いたいというよりも、裏の目的があり、それはおいおい明らかになる。

 というわけで、マイクはメキシコまでいくことになるが、この先の展開が面白い。母親のレクサは息子ラファエルに愛想をつかし、連れてってくれと言うから、これは楽勝と思ったらそうでもない。なぜなら、11歳のラファエルは犯罪すれすれの行動も辞さない悪童で、大人の言うことをまったく聞かないのだ。ここから中年男と少年の、波瀾万丈のロードノベルが始まっていく。次々にいろいろなことが起きて(トラックを盗まれたり、金を取られたり、それはもう大変なのである)、いやあ、面白い。今月の○。