今月のベスト・ブック

装幀=國枝達也
写真=Chiara Federici/EyeEm/Getty Images

過ちの雨が止む
アレン・エスケンス 著/務台夏子 訳
創元推理文庫
定価 1,386円(税込)

 

 ジャック・カー『ターミナル・リスト』(熊谷千寿訳/ハヤカワ文庫)は、ジェイムズ・リース率いるSEAL(アメリカ海軍特殊部隊)がアフガニスタンの戦場で罠にはまって全滅。生き延びたのはリーダーのリースと部下のブーザーだけ――というところから幕をあけるアクション小説だ。この手の小説が好きな読者にとっては期待が高まる幕開けといっていい。さらに、戦闘後の精密検査の結果、リースの頭部に非常に珍しい腫瘍が発見される。死んだ部下2名の頭部にも同じ腫瘍が発見されたという。そんな偶然がありうるのか。上巻100ページという早い段階で起きることだからここにも書いてしまうが、リースの妻と娘がギャングの襲撃をうけて惨殺との事態も勃発。この背景にあることは、早い段階から暗示されている。リース率いるSEALを全滅させ、腫瘍をつくり、リースの妻と娘を惨殺させたことはすべて繋がっていて、その背景には何か大きな陰謀があること――具体的にその目的と理由については明かされないが、そういう企みが背後にあることは暗示されている。つまり、復讐の鬼と化したリースが、その理由と事情を探りながらターゲットを追いかけていく、という物語なのである。

 悪党たちに個性がなく、単純であることはいいとしよう。理由と事情に奥行きが欠けていることを許容してもいい。問題はアクションだ。まず上巻にほとんどアクション場面がないこと。冒頭のアフガタニスタンの戦場シーンを除くと、ほとんどアクション場面が出てこない。下巻になると、さまざまなターゲットを始末していくわけだから、さすがにアクション場面が頻出していくが、この作者、その見せ方がうまくない。海軍特殊部隊で20年以上戦ってきたという履歴を持つらしいので、戦いのリアリティはあるのかもしれないが、問題はそれを読者にどう見せるのか、ということだ。どこを強調するのか。静と動のドラマをどこに作り上げるのか。ひらたくいえば、どこをクローズアップするのか、ということだが、残念ながら、そういう強弱のリズムに欠けているので、盛り上がらないのだ。アクション小説にとっては致命的な弱点といっていい。第二のグリーニーであることはたやすいことではないのだ、と痛感する。今月いちばん期待していた小説なのに、まことに残念である。

 次に手に取ったのが、サマンサ・ダウニング『とむらい家族旅行』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ文庫)。前作の『殺人記念日』が面白かったので、今月の2作目は迷うことなくこれ。第一候補はコケてしまったけど、なあに、これがあるなら大丈夫だ。前作もヘンな話だったが、今回も相当にヘンだ。兄エディー、妹ベスとポーシャの3人が、それぞれの配偶者を連れて旅に出るのだ。20年前に祖父が彼らを連れていったドライブ旅の再現を、祖父が遺言で要求したのである。その要求に従わないと祖父の遺産は貰えない。というわけで、それほど仲がいいとは言えない兄妹のアメリカ横断のロードノベルが始まっていくが、最初からなんだかあやしいことが頻出して穏やかではない。

 20年前の旅のときにはいて、いまはいない長女ニッキーの日記をベスが持っていて、その日記が現在の旅に並行して挿入されるのだが、このニッキーはいまどこにいるのか。20年前の旅で何があったのか、謎がどんどん膨れ上がっていく。「わたしたちは一家全員ケツの穴だ」とベスが語るように、出てくるのがみんなイヤなやつらばかり。そうか、これがイヤミスなのかと途中で気がついたが、もう途中下車するわけにもいかず、この物語のゴールも気になるので最後まで読み続ける。この手の小説が好きではない、という個人的な事情があるので全体的には減点するものの、乱暴でわがままで自己主張の激しいニッキーの魅力が残り続ける。

 これを今月の推薦作にしてもいいのだが、釈然としないところも残るので、次に手に取ったのが、アレン・エスケンス『過ちの雨が止む』(務台夏子訳/創元推理文庫)。あの『償いの雪が降る』の続編だというのだ。それなら信頼できる。その前作の内容をまったく覚えていないものの、面白かった記憶はある。調べてみたら、その前作について私は「読み始めたらやめられない面白さだ」と書いている。ほらね、これなら大丈夫だ。

 AP通信の記者となったジョーが(前作は大学生編だ)、自分と同じ名前の男の死を知り、それが自分の父親ではないかと調べにいく話である。その男は何者かに殺された疑いがある。で、現地に行くとジョーは疑いをかけられる。なぜならジョーが本当に、死んだ男ジョー・トーク・タルバートの息子ならば、莫大な財産を相続するからだ。トークの妻ジーニー(故人)の父親の財産をトークが相続し、それがジョーにまわってくるのだ。概算で600万ドル。トークの娘エンジェル(つまり、ジョーの妹になる)がいるが、彼女とわけても300万ドル。そのためなのか、ジョーは何者かに命を狙われるから大変だ。財産の横取りを狙うトークの兄チャーリーが怪しいが、証拠はない。という話だが、ジョーのルーツ探しを軸に、殺人事件の真相探究が複雑に絡んできて、今回も実に面白い。ジョーの恋人ライラの過去を描く新作も出ているというから、このシリーズ、今後も楽しみだ。今月の◎。