今月のベスト・ブック

装幀=albireo 写真=Dennis van de Water/Shutterstock.com BABAROGA/Shutterstock.com

『獣たちの葬列』
スチュアート・マクブライド 著/鍋島啓祐 訳
ハーパーBOOKS
定価 1,480円(税込)

 

 ジョン・グリシャム『狙われた楽園』(星野真理訳/中央公論新社)は、『「グレート・ギャツビー」を追え』に続いて、独立系書店主ブルース・ケーブルが登場する作品だ。これは読まなければならない。なぜなら私、前作が翻訳されたとき、次のように書いたからである。

「実にショックだ。グリシャムが面白いだなんて、信じられない。ミステリーとして若干弱いことは否めないが、小説として面白いのだ。登場人物が類型的で、その作品にも驚きがなく、平板であるとのグリシャム観ががらがらと崩れ落ちた。何なんだこれは。ただいま私、混乱している!」

 ホントにあのときはびっくりした。グリシャムの作品は、『評決のとき』と『法律事務所』と、あとは何だっけ? 日本に翻訳された作品を3~4作は読んだ記憶があるが、あまりに退屈なのでその後は読んでいない。こういう作家は一生読まなくていい、と決めてしまった。なので、『「グレート・ギャツビー」を追え』に驚いたのである。これで、『狙われた楽園』も面白ければ、グリシャム作品を一から再読しなければならない。グリシャムが最初から面白かったら、私の人生、やり直しだ。

 だから、おそるおそる本書を読み始めたが、ほっと安心。いや、それなりに読ませるのである。しかし今度は構成のバランスがおかしいし、謎解きもシンプルすぎる。前作に引き続き、私の記憶の中のグリシャムよりもうまくなっているが、これくらいの進歩は日本作家にもあることだし、海外の作家だってそういうことはありうるだろう。

 気を取り直して、M・W・クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(東野さやか訳/ハヤカワ文庫)。あの『ストーンサークルの殺人』で鮮烈デビューしたワシントン・ポー&ティリー・ブラッドショーのコンビ・シリーズ第2作である。すごいぞ今度も。

 しかし気になる点があるので、今回は最初にそれを書いておく。冒頭、ポーがいきなり逮捕されるシーンから始まるのだ。このシーンは最後のほうに出てくるが、その一部分だけを抽出して冒頭に持ってきたわけ。ようするに、ほらほら、すごいシーンがありますよ、と読者の興味を引くテクニックだ。下品だなと思う。こんなことをしなくても、クレイヴンの小説は面白いのだ。もっと読者を信じろと言いたくなる。

 ついでにもう1つ。犯人をおいつめるラストのくだり。ずっと理で攻めるのだから、最後までその線で押してほしかった。ネタばらしになるので詳しくは書けないが、なんだかなあと思う。

 と不満を先に書いてしまったが、この2点を除けば、相変わらずうまい。クレイヴンのうまさは展開だ。ようするに物語の作りがうまい。見せ方が群を抜いているのだ。それが行き過ぎると、冒頭の思わせぶりなシーンになってしまうので要注意だけれど、相変わらず人物造形は秀逸で、一気読みの魅力にあふれている。

 次に手に取ったのは、スチュアート・マクブライド『獣たちの葬列』(鍋島啓祐訳/ハーパーBOOKS)。読み始めてしばらくしてから、シリーズ2作目だと気がついた。しかし、「シリーズものは最新作を読め」というのが最近の主張なので、そのまま読み続ける。

 凄まじい小説だ。暴力が充満していると言えばいいか。元刑事の主人公アッシュ・ヘンダーソンは刑務所に入れられているのだが(そのいきさつを描いたのが、シリーズ前作の『獣狩り』で、そのときの宿敵がミセス・ケリガン)、猟奇殺人鬼「インサイド・マン」が凶行を再開したというので、殺人罪で服役中のヘンダーソンが、捜査に協力せよと仮釈放されることになる。なぜヘンダーソンにその要請がきたのかというと、収監前に「インサイド・マン」をぎりぎりまで追い詰めたのがヘンダーソンだったからだ。ただし、足首になにやら機械を取り付けられ、身元引受人の犯罪心理学者アリスから遠く離れると、自動的に警察に警報が通知される仕組み。つまり、ヘンダーソンはアリスとずっと行動をともにしなければならない。ヘンダーソンがそれでも警察の要請を受けたのは、弟を殺し、ヘンダーソンを罠にかけて犯人に仕立てたミセス・ケリガンに復讐するためで、親友の警部補シフティに復讐の協力を依頼する。捜査にはもちろん協力するが、同時にケリガン襲撃を計画するのだ。

 という話だが、個性的なわき役が次々に出てくるので、目が離せない。女性刑務官バーバラもいいけれど、なんといってもウィーフリーだ。娘を誘拐されたこの男の怒りと暴力が充満している。事件解決までの構成もなかなかにうまいが、それは読んでいただくとして、ケリガン問題をどう決着するか、それが最大の鍵。サイコパスのようなケリガンが生きているかぎり、ヘンダーソンは一生、安楽に暮らせないのだ。そうか、不満も1つだけあった。長すぎるのではないか。

 今月の推薦作は、たとえ欠点はあったとしても、クレイヴン『ブラックサマーの殺人』にするのが大人の常識だろうが、だれからも歓迎されると思われるので、ここではマクブライド『獣たちの葬列』にしておきたい。この作家が、とても気になる。