誓は乗鞍と組織犯罪対策部の幹部へ挨拶回りをすることになった。
「白昼堂々の、買い物客で混雑している銀座のデパートでの犯行だった。あちこちの防犯・監視カメラに犯人が映っていたというのに、取り逃がしてしまった」
廊下を共に歩きながら、乗鞍が懺悔した。
「改めて被害者家族としてのお前に、謝罪する。申し訳ない」
乗鞍は一度立ち止まり、律儀に頭を下げた。
「乗鞍さん、やめてください」
「しかし――」
「さっきの丸田さんも、奥さん奥さんって連呼するんです。確かに私は仲野の妻ですけど、もうマル暴刑事に復帰しました。被害者の妻として接するのはやめてください。これから私も捜査の当事者になるんですから」
乗鞍の表情は曇ったままだ。
「仲野の具合はどうなんだ」
歩き出そうとしていたのに、誓は足が止まった。
「先月から、見舞いを拒否されるようになった」
「察していただければと」
「復帰はもう本当に無理なのか」
「歩けませんから」
二発目の銃弾が大動脈と脊髄を損傷させた。
「懸命にリハビリに励んでいますが、歩けるようになる可能性は限りなく低いということです」
三発目の銃弾は膀胱を破裂させた。再建手術をしたが、未だ自力の排尿はできない。膀胱留置カテーテルを陰茎に挿入している。
向島一家への家宅捜索は五度も行われた。なにも出なかった。
だが、内偵していた一係の監視記録に、花岡の名前が残っていた。五年前――ちょうど花岡が大山産業を退職したころだ。向島一家を訪ねている。三日間も居座り、立ち去った。
向島は当時のことをこう弁明する。
"会社を追い出されたので雇ってくれということでしたが、うちには合わないと思い、断りました。腹を空かしている様子でしたので、飯と寝床を三日ほど提供し、小遣いを与えて追い出した。それきりです"
花岡はこの三日間で向島と盃を交わし、組員になったと警察は見ている。警察に把握されないように組員であることを隠したユーレイ組員だ。最近はこの手の組員が増えてきている。
組織犯罪対策部長の部屋に入った。本来なら再採用された末端の刑事が直接挨拶に伺うことはないが、誓は被害者家族でもあるので、表敬訪問がセッティングされた。
組織犯罪対策部長はキャリア官僚の席だ。許可を得てソファに座る。早速、お見舞いの言葉を受けた。
「ご主人の仇討ちで戻ってこられた。警視庁はあなたのような気概ある警察官を歓迎しますよ」
誓は一礼した。
「一方で奥様でもありますよね。ご主人の介護は大丈夫ですか」
「姑が都内におりますし、日中はリハビリで自宅にはいません。朝晩はヘルパーさんも来ます。お気遣いありがとうございます」
「組織犯罪対策部の仕事は激務です。ご主人がそうだったから知っているでしょうが」
「夫云々の前に私自身がマル暴刑事でした。よくわかっています」
部長は事務職員が出した茶をすすり、乗鞍と誓にもすすめた。
「二〇二二年四月一日。組織犯罪対策部が十九年ぶりの組織改編を行った、その初日に起こった銃撃事件です」
乗鞍は茶を飲んでいたが、すぐに置いて背筋をピンと伸ばした。
「かつての暴力団は任侠の文字通り、責任を取るため犯人もしくは責任者を警察に出頭させたものだが、それもない」
暴力団も時代の流れに沿って変化してきているのだ。
「暴対法、暴力団排除条例によって地下に潜りマフィア化することを私は懸念していたが、その通りになった」
執務室の空気が張り詰めていく。
「仲野警部補銃撃事件は、新たなる体制となったマル暴に対する、新・暴力団の挑戦だとみている」
部長が厳しい視線を乗鞍に向けた。
「それが三か月経ったいまも、頂上作戦にすら持ち込めていないばかりか、実行犯すらあげられていない」
乗鞍は拳を膝の上にのせ、いまにも頭を下げそうだ。部長が誓を見据えた。
「君はマル暴の妻だがマル暴の娘でもあるそうだね。最強じゃないか。期待している」