「原麻希シリーズ」「十三階シリーズ」「警視庁53教場シリーズ」などの警察小説でヒットを連発している吉川英梨氏が最新作で挑んだのは「マル暴刑事」だ。これまで警察内の様々な部署に焦点を当ててきた吉川氏だが、本作はヤクザと対峙する刑事が主役とあって、自著の中でも群を抜いて緊迫感があり、過激なシーンも多出している。
「小説推理」2023年10月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『桜の血族』の読みどころをご紹介します。
■『桜の血族』吉川英梨之 /細谷正充[評]
吉川英梨の新たな警察小説シリーズが開幕した。
訳あってマル暴刑事に復帰した桜庭誓。暴走する彼女は、刑事の道を踏み外し、闇落ちしてしまうのだろうか。
公安警察小説「十三階」シリーズの吉川英梨が、新たな警察小説シリーズを開始した。
ヒロインの桜庭誓はマル暴の刑事だったが、同じ課の賢治と結婚して退職した。しかし警視庁組織犯罪対策部が改変され、暴力団対策課が誕生した2022年4月1日、賢治が何者かに銃撃され、誓はその場面を近くで目撃する。かろうじて命は助かったが、下半身不随になった賢治。夫が内偵中だった向島一家の仕業だと思った誓は、一家の総長の向島春刀と会い、啖呵を切った。
その後、警察の捜査により、賢治を銃撃したのは、花岡亨という元ヤクザと判明。しかし花岡は捕まらず、背後関係も分からないままだ。賢治の仇討ちをしようとする誓は、再採用によりマル暴刑事に復帰。警視庁初の女性マル暴刑事で、賢治の相棒だった藪哲子とコンビを組む。そして渋谷のビルの爆破火災事件が、暴力団絡みと確信し、独自の捜査を進めていくのだった。
と、粗筋を書いてみたが、いろいろと大切な情報が零れてしまった。まず物語の背景には、日本最大の特定指定暴力団吉竹組の分裂騒動がある。吉竹組は、矢島勇と進という一卵性双生児の兄弟が組長をしているが、いろいろ歪みが出ているようだ。その分裂騒動の鍵を握るのが、向島春刀である。向島一家は吉竹組系列だが、勇と進のどちらにもつかず、今のところ中立を守っている。さらに春刀は左腕がなく、背中に浮世絵師・月岡芳年の無惨絵の刺青を背負っている。また、誓の父親で、大阪府警の伝説のマル暴刑事といわれた桜庭功と、なにやら因縁があるらしい。
このような設定に乗って、誓が躍動する。夫の仇を求めながら、春刀に惹かれていく誓は、なにかと暴走する。そんな誓が闇落ちするのではないかと、哲子と一緒になって読者もハラハラしてしまうのだ。
もちろん、渋谷の事件の展開も、大きな読みどころだ。捜査本部の方針に逆らい、独自の捜査を続ける誓と哲子は、次々と意外な事実を突き止める。東京での抗争を阻止しようとしている春刀の動きも、重大な意味を持っている。さまざまな人物と勢力が入り乱れた一連の事件の真相に、驚いてしまうのである。
さらに本書は、愛の物語でもある。詳しくは書けないが、偽りの愛情と本当の愛情が、誓をハードな状況に追いやる。今後、彼女がどうなるのか。シリーズ第2弾の刊行が、待ち遠しくてならないのだ。