「原麻希シリーズ」「十三階シリーズ」「警視庁53教場シリーズ」「新東京水上警察シリーズ」など警察小説でヒットを連発している吉川英梨氏。警察内の様々な部署にスポットを当てて警察小説ファンを魅了してきたが、最新作で挑んだのは「マル暴刑事」だ。

 2015年には山口組が分裂し、いまだその対立抗争は続いているが、本作に登場する日本最大の暴力団・吉竹組も分裂騒動の最中にあり、主人公の桜庭さくらばせいは抗争本格化を阻止すべく東京と大阪を奔走する。暴力団対策法の締め付けは年々厳しくなり、ヤクザの犯罪も複雑化するなか、その存在意義とはなんなのか。職務内容があまり知られていない暴力団担当の刑事(通称:マル暴刑事)を吉川氏がテーマにした理由とは?

 元警視庁警視・組織犯罪対策部刑事の櫻井裕一氏と吉川氏に、マル暴刑事とヤクザの「今」を聞いた。

写真=鹿糠直紀(2iD)

 

キャリア40年のマル暴刑事も太鼓判を押す圧巻のリアリティ

 

──吉川さん、櫻井さん、本日はよろしくお願いいたします。まず、吉川さんにお聞きします。マル暴警察小説は初挑戦となりましたが、その理由を教えて下さい。

 

吉川英梨(以下=吉川):実は、「いつかは書いてみたい」なんて全然思ってなかったんです。公安警察小説「十三階シリーズ」のファンの警察関係者の方が、櫻井さんを紹介してくださったのがきっかけです。その時、櫻井さんに「マル暴の小説書いて下さいよ」ってリクエストされて、「私でよければ、ぜひ」とお返事しました。私にとって、ヤクザって全然身近ではなかったですし、一体どういう存在なのかわかりません。これまで書いてきた捜査一課の作品などは殺人を捜査する刑事の話で、誰もが巻き込まれる可能性のある犯罪ですが、普通に生きていたら反社会勢力とは関わることがありませんよね。だから、遠い世界のことのように思っていたし、ヤクザ作品といえば映画『仁義なき戦い』のように昭和を強く感じさせます。私の小説は現代を舞台にしているので、今の時代にどうやったらリアリティが出せるか、はじめは手探り状態でした。

 

──そうでしたか。でも、櫻井さんとお話しして書こうという意欲が湧いたのですか?

 

吉川:櫻井さんに言われたら断われないなって(笑)。なんせ、櫻井さんの現場の話は本当に面白いんです。

 

──一体どんなエピソードを櫻井さんは吉川さんにお話ししたんでしょうか。詳しく聞く前に、櫻井さんのこれまでの経歴を教えて下さい。

 

櫻井裕一(以下=櫻井):警視庁には40年ほどいましたが、ほとんど暴力団捜査をやっていました。警察官は昇任するたびに異動するんですが、所轄署のヤクザ担当と警視庁本部の組対部を行ったり来たりしていました。最後の階級は警視で、組対部組織犯罪対策第四課の管理官で退官しました。

 

──一番下の巡査から数えて6番目の階級。すごい偉い方だったんですね。40年もヤクザと対峙していたら、ヤクザのことはなんでも知っているわけですね。

 

吉川:櫻井さんの印象に残っている言葉で「四課は『人』を捜査する。他の課は『罪』を捜査する」という名言があるんです。

 

櫻井:刑事部の捜査一課や二課は殺人とか詐欺とか罪名で担当が決まっていますが、四課は「人」を担当するんです。ヤクザという捜査対象であれば殺人でも泥棒でも薬物でもなんでもやる。四課は現在、組織変更によって暴力団対策課となっていますが、ヤクザ捜査の本丸である「四課ブランド」はしっかりと引き継がれています。

 

吉川:何度聞いてもかっこいい(笑)! この「四課ブランド」という信念に触れてしまうと小説家はイチコロです。私は小説家として常に人を書きたいと思っています。謎解きやトリックに重きを置くのではなく、「人」を追求することを一番に心がけているので、櫻井さんの言葉に心を撃ち抜かれました。

 

女性刑事はキャバ嬢に扮して張り込むことも!

 

──櫻井さん、本作をお読みになった感想を聞かせてください。

 

櫻井:ものすごいリアリティでした。刑事とヤクザの駆け引きもそうだし、主人公の桜庭誓が新宿・歌舞伎町に聞き込みに行く場面なんかは、まさに私達がやってきた捜査です。不良外国人や風俗嬢にヤクザの情報を聞いて繁華街を駆け回る刑事の姿は現役時代を思い出しました。

 

──20代後半の誓はマル暴刑事の夫と結婚して専業主婦をしていましたが、夫がヤクザに銃撃されてその犯人を捕まえるために現場復帰。誓とコンビを組むのは「警視庁初の女マル暴刑事」である50代のベテラン・やぶ哲子あきこ。女性コンビで日本最大の暴力団吉竹組の分裂抗争を食い止めるべく奔走しますが、実際、警視庁には女性のマル暴刑事は何人いるのですか?

 

櫻井:今は暴力団対策課に捜査員が200人ほどいますが、そのうち女性は20人くらい。私がマル暴刑事になったときは一人もいなかった。平成に入ってから徐々に増えていきました。作中の藪に負けず劣らず、個性的な女性刑事もいましたよ。私の元部下の女性は登庁するとき、「おはよー!」って言いながらみんなが座っている椅子の背もたれを一つずつ蹴飛ばして入ってきて、男性刑事達をビビらせていました。でも椅子を蹴られた刑事達も同じマル暴の仲間ですから、彼女を女性として意識はしていない。自然にマル暴に溶け込んでいましたよ。

 

吉川:全然自然な感じしませんよ、強烈です!

 

吉川英梨さん

 

櫻井:まあ、確かに強烈ですが、女性ならではのやり方でヤクザに食い込んでいく手腕には目を見張るものがあります。彼女をある暴力団事務所のガサ入れ(家宅捜索)に連れて行ったんですが、「櫻井さん、女はダメだよ、うちの事務所は」って言われて。女人禁制の組は多いんですよ。そうしたら彼女は「大丈夫だよ、女じゃねえから。刑事だから」って有無を言わさず入って行きました。しかも、事務所にある資料を手にとって「これ、ちょっとコピー取っていい?」って軽く言えちゃう。男の捜査員なら揉めるところ、ヤクザも彼女の勢いに負けて許可する。ヤクザも女性には甘い。こういうの、女性ならではのセンスですよ。

 

──細かいことをお伺いしますが、捜査のときはみなさんどのような格好をしているのでしょうか。普段はスーツですか?

 

櫻井:張り込むときにスーツは着ません。事案によって違いますが、女性刑事が繁華街で張り込む時などは、露出度の高い服を着てキャバ嬢に扮すこともあります。刑事だってバレたらダメでしょう。男だったら茶髪にしたり、髭を伸ばしたりして街に溶け込みますね。若いときは私もやらされましたが、どういうわけかいつもバレてしまうんですよねえ……。

 

吉川:櫻井さん、オーラありすぎるんじゃないですか?

 

櫻井:そういえば、沖縄のリゾートホテルで犯人を逮捕したとき、短パンにTシャツで張り込みましたが、あんなラフな格好で逮捕執行をしたのは初めてでした。同僚は海パンを穿いてプールで泳いで犯人を待っていました。ビシッとスーツを着てフロントにたむろしていたら、いかにも怪しいですから。

 

(後編)に続きます

 

【あらすじ】
警視庁組織犯罪対策部暴力団対策課の桜庭誓は父も夫もマル暴刑事。遺伝子レベルでヤクザを理解する特殊な刑事だった。結婚後は退職して専業主婦をしていたが、夫の賢治がヤクザに銃撃され、犯人逮捕のために現場復帰する。そんな中、日本最大の暴力団吉竹組の元組員宅で爆破事件が発生。ベトナムマフィアの仕業かと思いきや、事件は本家と関東に分裂した吉竹組の抗争が絡んでいた。誓は自分に思いを寄せる片腕の武闘派組長・向島春刀とともに、血塗れの抗争を防ぐ。

 

吉川英梨(よしかわ・えり)プロフィール
1977年、埼玉県生まれ。「私の結婚に関する予言38」で第3回日本ラブストーリー大賞のエンタテインメント特別賞を受賞し、2008年にデビュー。「原麻希シリーズ」、「新東京水上警察シリーズ」「警視庁53教場シリーズ」「十三階シリーズ」のほか、『雨に消えた向日葵』『虚心』など著書多数。

 

櫻井裕一(さくらい・ゆういち)プロフィール
元警視庁警視。1977年に警視庁入庁後、おもに組織犯罪対策に従事。新宿署、渋谷署で組織犯罪対策課の課長、課長代理も歴任し、2018年に組織犯罪対策部組織犯罪対策第四課で退官。20年に企業向けリスクマネジメントのプロフェッショナル集団STeam Research & Consulting株式会社を設立。