「原麻希シリーズ」「十三階シリーズ」「警視庁53教場シリーズ」「新東京水上警察シリーズ」など警察小説でヒットを連発している吉川英梨氏。警察内の様々な部署にスポットを当てて警察小説ファンを魅了してきたが、最新作で挑んだのは「マル暴刑事」だ。

 2015年には山口組が分裂し、いまだその対立抗争は続いているが、本作に登場する日本最大の暴力団・吉竹組も分裂騒動の最中にあり、主人公の桜庭さくらばせいは抗争本格化を阻止すべく東京と大阪を奔走する。暴力団対策法の締め付けは年々厳しくなり、ヤクザの犯罪も複雑化するなか、その存在意義とはなんなのか。職務内容があまり知られていない暴力団担当の刑事(通称:マル暴刑事)を吉川氏がテーマにした理由とは?

 元警視庁警視・組織犯罪対策部刑事の櫻井裕一氏と吉川氏に、マル暴刑事とヤクザの「今」を聞いた。

(写真=鹿糠直紀(2iD))

 

前編はこちら

 

いきなり牛刀で斬りつける不良ベトナム人

 

──本作の重要なトピックとして、「ユーレイ組員」という存在がいます。彼らは親分(組長)とさかずきを交わして組員になっていなかったり、破門(組からの追放)を偽装したりしています。暴力団構成員と認定されると、暴力団対策法に縛られて、普通の社会生活を送れず、真っ当な経済活動もできないため、カタギ(一般人)のフリをしています。こうしたユーレイ組員は実際に増えているのですか?

 

櫻井裕一(以下=櫻井):増えていますね。我々はこうしたユーレイ組員の存在を「潜ってる」なんて表現しますね。構成員として認められると、家も借りられない、銀行口座も作れないので、ヤクザということを表に出さないヤクザが確実に増えていますよ。統計的にヤクザは減っているように見えますが、私に言わせれば減っていません。

 

──誓と藪はこのユーレイ組員の実態を掴むのに苦労します。誓の夫を撃ったヤクザはどの組の構成員なのかもわからないし、ベトナム人のバイト料をピンハネしているのは対立する本家吉竹組と関東吉竹組のどちらなのかもわからない。このあたり、吉川さんは物語を構成するのに苦労されたのではないでしょうか?

 

吉川英梨(以下=吉川):いや、むしろミステリーにしやすかったです。ヤクザが地下に潜ったことによって「誰がどの組織のために動いているのか」という謎解きができました。かつてのヤクザ映画のように、組のためにカチコミ行って死んで、復讐されて──みたいな世界だとミステリーにならないじゃないですか。抗争の構図が単純なわけですから。本作では、ユーレイ組員がベトナム人から搾取してシノギにしている実態を誓と藪が解明していきますが、その背後には分裂した吉竹組の存在があります。外国人不良グループとヤクザが複雑に絡み合っているのですが、これも現代ならではの設定になったと思います。

 

櫻井:ベトナム人、怖いですよね。実際、不良ベトナム人の溜まり場になっているベトナム料理店が都内の繁華街にもあります。私も何回か喧嘩の現場に臨場しましたが、長い牛刀を3本も4本もリュックサックに入れていた。彼らは敵対組織と揉めるとすぐに斬りつけちゃうんですよ。しかも、逃げると背中を斬られます。作中にも牛刀を振り回すシーンが出てきましたが、あれは実際にあります。でも、日本のヤクザはあんなことしないですからね。はっきり言って卑怯じゃないですか。

 

──本作はヤクザ小説でもありますから、当然ド派手な銃撃戦がありますし、日本刀で血飛沫舞うシーンもあります。作中には伝説的ヒットマンの向島春刀という片腕の武闘派ヤクザが登場します。向島は片腕で日本刀を自在に操り、信じられないような方法で敵を殺めます。このあたりは読んで楽しんでもらいたいところです。櫻井さんにお聞きしますが、ヒットマンは都市伝説ではなく、実在するのでしょうか?

 

櫻井:いますよ、ヒットマン。昔はそれだけを生業なりわいにしている構成員もいましたが、最近は外国の組織に頼んで来てもらうみたいです。フィリピン、韓国、中国あたりから呼ぶケースが多い。今はヒットマンになろうという若い組員はいません。長い懲役に行きたくないでしょうし、それほど組に忠誠を誓う若者もいないのでしょうね。

 

──なるほど、向島のように知力と武力を兼ね備えたヤクザはもう希有な存在なのですね。向島といえば、特徴的なのは刺青。月岡芳年という江戸時代の浮世絵師の色彩鮮やかな絵を背負っていて、ものすごいインパクトでした。

 

吉川:ヤクザの刺青は本当に綺麗なんですよ。いろんな資料を見て、浮世絵を入れているヤクザが多いことを知りました。向島がどんな絵を背負ったらより怖いかなと考えて、月岡芳年の無惨絵「英名二十八衆句」はぴったりでした。罪人が生きたまま顔の皮を剥がされるという一枚があるんですが、向島の残虐性に合致しました。

 

──櫻井さん、ヤクザの刺青をマル暴刑事はチェックするんですか?

 

櫻井:しますよ。昔は取調室で「ちょっと背中のモンモンを見せてよ」って言うと快く見せてくれました。確かに吉川さんが言ったとおり見事な作品をたくさん見ましたね。桜吹雪や観音菩薩を背中一面に描いたり、親分の名前や組の代紋を彫ったりしますね。それと、ヤクザの刺青を記録しておくことは捜査においても大事なことなのです。かつて、顔も指紋も全部削られて殺されたヤクザがいたのですが、刺青の一部を照合して身許を特定したケースもあります。刺青は公式的に記録しているわけではないですが、私は捕まえたヤクザに「もしお前が無惨に殺されても身許を特定してやるから、刺青の写真を撮らせてくれよ」ってお願いしていました。大体見せてくれます。見せたいんですよ、ヤクザは。

 

ヤクザと似てくる刑事のファッション

 

櫻井裕一さん(元警視庁警視)

 

吉川:櫻井さんには執筆前にいろんなヤクザの話を聞かせてもらったんですが、「マル暴刑事とヤクザは格好が似てくる」という話が忘れられません。

 

櫻井:接触したヤクザが持っているクロコダイル柄のハンドバッグが格好よくて、「それ、どこで買ったの?」って聞いたら教えてくれたので、買いに行ったんですよ。そうしたら、ヤクザもんがいっぱい来てて(笑)。翌朝、買ったバッグを持って登庁したら、同僚や部下に「櫻井さん、それどこで買ったんですかー。いいですね!」となりました。結局、「じゃあ、みんなで買いに行くか!」という流れに。職務としてヤクザがうろつく繁華街の喫茶店や飲み屋に行くわけですから、街に溶け込む格好をするとなると似てきちゃうんですよ。ちなみにマル暴御用達の店が新宿、上野、浅草あたりにあって、部署で代々引き継がれています。「四課なんです」って店主に言うと多少は割引してくれますから。

 

吉川:なんか気持ちわかります! 私もヤクザについてかなり調べたんですが、彼らがよく乗っているアルファード(トヨタの高級ワンボックスカー)が格好いいと思いました。内装も豪華で乗り心地もすごくよさそうだし、欲しくなりました。

 

櫻井:ひと昔前のヤクザの車といったら、厳ついベンツやセルシオでしたが、今は大体アルファードですね。組長もだいぶ高齢化が進んでいますから、屈まなくていいし、乗り心地のほうが大事なんでしょう。

 

──ヤクザの生態は実に興味深くて話は尽きないのですが、本作はもちろんのこと、さらに詳しく知りたい方は櫻井さんの著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』(小学館新書)を是非お読みください。櫻井さん、吉川さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

 

【あらすじ】
警視庁組織犯罪対策部暴力団対策課の桜庭誓は父も夫もマル暴刑事。遺伝子レベルでヤクザを理解する特殊な刑事だった。結婚後は退職して専業主婦をしていたが、夫の賢治がヤクザに銃撃され、犯人逮捕のために現場復帰する。そんな中、日本最大の暴力団吉竹組の元組員宅で爆破事件が発生。ベトナムマフィアの仕業かと思いきや、事件は本家と関東に分裂した吉竹組の抗争が絡んでいた。誓は自分に思いを寄せる片腕の武闘派組長・向島春刀とともに、血塗れの抗争を防ぐ。

 

吉川英梨(よしかわ・えり)プロフィール
1977年、埼玉県生まれ。「私の結婚に関する予言38」で第3回日本ラブストーリー大賞のエンタテインメント特別賞を受賞し、2008年にデビュー。「原麻希シリーズ」、「新東京水上警察シリーズ」「警視庁53教場シリーズ」「十三階シリーズ」のほか、『雨に消えた向日葵』『虚心』など著書多数。

 

櫻井裕一(さくらい・ゆういち)プロフィール
元警視庁警視。1977年に警視庁入庁後、おもに組織犯罪対策に従事。新宿署、渋谷署で組織犯罪対策課の課長、課長代理も歴任し、2018年に組織犯罪対策部組織犯罪対策第四課で退官。20年に企業向けリスクマネジメントのプロフェッショナル集団STeam Research & Consulting株式会社を設立。