その土地は、忌み地であるとまことしやかにささやかれていた。

 地名は、「竹垣梅原たけ がき うめ はら」という。

 松竹梅のうち、竹と梅が入っているので縁起がいいとされ、バブル期に不動産需要が高まり再開発が行われた。そして昨今、都心の地価上昇を理由に、郊外に住まう人が増え、更なる再開発が行われようとしていた。

 私立竹垣梅原高等学校もまた、バブル期に建てられた学校であった。

 普通コースのほか、スポーツ科と特進コースが設けられており、ほどよく進学実績があり、ほどよくスポーツで結果を残していて、ほどよく竹垣梅原に移住してきたファミリーの進学の選択肢に入っていた。

 だが、古くから竹垣梅原周辺に住んでいる老人たちはいい顔をしなかった。

 あそこは忌み地だから、近づいてはいけない。どんな災いが降りかかるかもわからない。

 口を酸っぱくして警告するものの、他所から来た若者たちはどこ吹く風だ。老人たちはきっと、新しく作られた美しい街並みに嫉妬しているのだろうと思っていた。

 しかし、私立竹垣梅原高等学校──略して「タケウメ高校」には、いくつもの怪談があった。

 これから語るのは、タケウメ高校の怪談と、それを巡る奇妙な物語である。

 

第一話 傘をさす少女

 

 それは、晴れた日の出来事であった。

 授業に飽きて外を眺めると、傘をさした少女が、校庭にぽつんと立っていた。

 どうしてこんな時間に? 雨も降っていないのにどうして傘を?

 そう疑問に思って眺めていると、その少女はこちらを振り向いた。視線を感じたのか、それとも偶然か。

 考えをまとめる間もなく、少女と目が合った。少女は確実に、こちらを見つめていた。

 ぞっと寒気が全身を駆け巡る。

 少女は笑っていた。その口は、耳まで裂けているのではないかと思うほど大きく、獣のようであった。

 そしてその目は、真っ黒だった。白目はなく、濁った闇が二つ、不自然なほどに白い顔面に添えられているだけであった。

 息を呑み、我が目を疑う。

 しかし次の瞬間、少女の姿は消えていた。

 それなのに、少女の真っ黒な目が忘れられない。彼女は、裂けた口で自分に何かを語りかけているようだった。

「てるてる坊主、てる坊主。あしたの生贄はお前だよ」と。

 

 その日は、しとしとと雨が降っていた。

 空には暗雲が垂れ込み、広い校庭のあちらこちらに水たまりができていた。タケウメ高校の敷地は少し低い土地なので、雨天時は水が溜まりやすいのだ。

「ねえ、知ってる? 日が暮れたら、裏山に入っちゃいけないんだって」

 噂好きのクラスメートの女子が言った。

「この学校の裏山に? まあ、街灯もなにもないから危ないんだろうけど……」

「危ないのは暗いからじゃないの。おばけが出るから」

「おばけ? こんなご時世に?」

 話を聞いていた女子は苦笑する。しかし、噂好きの女子はおどろおどろしい声で続けた。

「そう。暗くなってから裏山に入ると、おばけに遭遇して呪われるのよ。それで何人も死んでるんだから!」

「でも、この前、先輩が暗くなってから裏山に入ってたけど、ピンピンしてるよ。おばけに遭ったなんて聞いてないし」

「それじゃあ、おばけに遭ったことは内緒にしてるのよ。それで、これから死ぬの」

「最悪。冗談でもそんなこと言わないで。縁起が悪い」

 話を聞いていた女子は、ウンザリしたように言った。

 月島黒雨つき しま くろ うは、教室の隅で彼女たちの会話をぼんやりと聞いていた。

 月島たちは、タケウメ高校の一年生だ。

 入学したばかりで何もかもが珍しく、先輩たちから聞く噂話を面白おかしく吹聴していた。

「なになに? 何の話?」

 噂好きの女子の会話に、数人の男子が割り込む。その筆頭となっているのは、彩雲黄汰あや ぐも こう たというバスケ部の生徒だ。

 彩雲は溌溂はつ らつとしたイケメンだ。スポーツができるため、入学してすぐにバスケ部から勧誘された。入部した彼はめきめきと力をつけ、スポーツ科からも一目置かれているし、彼のファンだという女子も何人かいる。

 だが、本人は調子に乗ることなく、嫌味もないし、誰にでも平等に接する。

 明るいキャラクター──陽キャが極まっている。自分とは大違いだと、月島は思っていた。

 対する月島は、眼鏡をかけた地味な男子だ。他人に積極的に話しかけることも、話しかけられることもほとんどない。

「へー、怖い話してるんだ。小学校の頃、学校の怪談とかあったよな。なつかしー!」

 彩雲は女子たちと盛り上がっていた。

 彩雲の声はよく通るので、休み時間を各々で過ごしていた生徒たちも、楽しそうな雰囲気に惹かれてか注目する。

「タケウメ高校も七不思議とかあるの?」

 彩雲に尋ねられ、噂好きの女子は待ってましたと言わんばかりに答えた。

「七つじゃないの。十三個よ」

「マジで? 多くね?」

「タケウメ高校の怪談は、年々増えているんだって。それで今は、十三個。来年は十四個……ううん、もっと増えてるかも!」

 噂好きの女子は目を輝かせていた。イケメンの彩雲に興味を持ってもらって嬉しいのだろうかと、月島は冷めた目で眺めていた。

「怪談が増えるのはやべーな。なんか面白いのある?」

 怪談に面白いもなにもあるかと月島は胸中でツッコミを入れるが、噂好きの女子は何度も頷いた。

「あるある。『傘をさす少女』っていう怪談」

「傘をさす? 今日みたいな日は、いっぱいいると思うけど」

「そうじゃないの。その女の子は、晴れた日に出るの」

「昨日みたいな?」

 彩雲の言葉に、月島は記憶をたぐり寄せる。

 昨日は快晴だった。雲一つない青空が広がっていて、雨傘をさす必要はなかった。

「……見たら、どうなるんだ?」

 彩雲とともに話に食いついた男子がいた。彼は恐る恐る尋ねる。

 噂好きの女子にノリを合わせているのだろうか、それとも、本当に怯えているのだろうか。

 噂好きの女子は、わざと声を低くしてこう言った。

「死ぬのよ」

「また死ぬパターン」

 さきほどから話を聞いていた女子は、またウンザリしたように言った。

「今度は呪われて死ぬんじゃなくて、自分から死ぬの!」

 噂好きの女子は興奮したようにまくし立てる。

「てるてる坊主みたいに、自分で首を吊ってね。実際にそれで死んだ生徒がいるんだってば!」

「マジで? それヤバくね? 晴れた日にその子を見たら一発でアウト?」

 彩雲は真剣な顔で噂好きの女子に尋ねる。彼女は、気をよくしたようで得意げに答えた。

「見ただけなら平気。でも、目をつけられたらアウトね。大事なのは、目をそらすことじゃないかしら。なんでも、少女の歌をきいたらヤバいとか……」

 その辺りの記憶が曖昧なのか、噂好きの女子は首を傾げる。彩雲が「やべー」とか「ぱねー」とか言っている横で、どうなるかと尋ねた男子の、顔は青ざめていた。

 

 放課後になり、帰宅部は帰り、部活動がある生徒は各々の部室へと向かった。

 月島が誰もいないはずの教室を覗くと、休み時間に怪談に食いついていた男子がなにやら掃除用具入れのロッカーを開けていた。

 名前は確か、小杉といったか。

 月島がいぶかしげに眺めていると、小杉はフックに掛けられていたほうきを取り払い、そこに何かを引っ掛けようとしていた。

 どこから持ってきたのか、それはロープだった。

 ロープの端は輪になっている。丁度、首を通せるほどの大きさだ。

「待って!」

 小杉がロープをフックに引っ掛け、首を輪に通そうとしたので、月島は思わず飛び出した。

「は? 何やってんだ!」

 そこに、通りかかった彩雲も飛び込んできた。虚ろな目で首を通そうとする小杉を羽交い締めにし、ロープを引き剥がして遠くへと放った。

「小杉! どうしたっていうんだ!」

「はっ……、俺は……」

 小杉はようやく我に返ったようで、月島と彩雲を交互に見、遠くに放られたロープを見、「ひっ」と悲鳴をあげた。

「はー……、俺が忘れた鞄をとりに教室に戻ってきてよかったぜ。それに、こいつも……」

 彩雲は月島を見やる。

「……月島黒雨だよ」

「そうだった。悪い」

 彩雲は手を合わせてさらりと謝り、小杉に向き直った。

「月島がお前を見つけてよかった。マジでなんなん? 首吊りでもしそうな勢いだったじゃねーか」

「首吊りなんてしたくない!」

 小杉は顔を真っ青にして叫ぶ。

「でも、お前……」

「だけど、見たんだ。『傘をさす少女』を……!」

「は?」

「休み時間に『傘をさす少女』の話を聞いて、ヤバいと思って……。でも、どうしていいかわからなくて、気づいたら……」

「ロープを持って首を吊ろうとしていた……」

 月島の言葉に、小杉は項垂れるように頷く。血の気が引いているようで、唇は真っ青だ。

「マジか……。小杉が呪われたってわけか。どーすんだよ。お寺に相談すればいいのか?」

 彩雲は頭を抱え、真剣に悩んでいる。部活の途中だというのに、小杉のことで頭がいっぱいのようだ。

「あのさ……、一つ提案があるんだけど」

「なんだ、月島。実はお前、除霊の達人だったりする?」

「僕にそんな特殊能力はないよ……! でも、保健室の先生に相談してみない?」

「保健室の先生に?」

 彩雲と小杉の声が重なる。

「うん。保健室の先生、心霊に詳しいみたいだから……」

 眉唾物の情報だと、月島は思う。それでも、彩雲は決心したように頷き、小杉を連れて保健室へと向かった。

 

「心霊保健室の怪異解体」は全4回で連日公開予定