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第二章 民

 梅雨明けした翌日、民はクラスメイトのミロクから告白された。

「おれ、高永のことが好きだから、付き合ってほしいんだけど」

「そうなんだ。うん、いいよ。わたしはまだそういう“好き”じゃないけど」

 民はその場でOKした。

「マジで? やったあ!」

 LINEとかインスタのメッセージではなく、廊下にある手洗い場で雑巾をしぼっているときに声をかけられた。ミロクの仲のいい友達も背後で見守っていて、民が返事をしたら二人でハイタッチをしていた。

「ミロクと付き合うことになったよ」

 親友の萌香もかに伝えると、マジで? と顔をしかめた。

「ミロクのことなんて、ぜんぜん興味なかったじゃん」

「名前がかっこいいし」

 弥勒だなんてすてきだ。漢字は違うけど、読みは一緒。箕六友也。

「ばかみたい。軽い女」

 萌香の言葉に、民はうきうきした。軽い女、という響きがクールだと思った。

 ミロクの告白劇はあっという間に広がって、二人は瞬く間に学年の公認カップルとなった。

「民、おめでとう」

 と何人かに声をかけられ、おめでとう、というのは、ちょっと違うなと思った。両想いが叶ったというわけではない。だから民は、

「まだモラトリアムだから」

 と、いちいち返した。

「モラトリアムってなに?」

「猶予期間。これから本物の恋に発展していくかどうかを見極めるの」

 民が答えると、友人たちは困ったような顔で小さく笑った。

 

 三者面談の日は午前授業だったけれど、民の番は十四時三十分からだったので、お母さんが持たせてくれた梅干しおにぎりを食べて、学校で待つことにした。

 ママが来るまでの間、ひさしぶりに図書室へ行って本を読んだ。中学生向けの哲学の本だ。哲学ってなんだろうと気になって、手に取った。

 言葉について書いてあった。言葉ってなに? 言葉と現実はどっちが先? 言葉と思考とは? とか、そういう小難しいやつだ。

 言葉なんて当たり前にあるものすぎて、考えたこともなかった。でも確かに、言葉がなかったら、ものすごく困るだろうなと思った。自分の気持ちを誰かに伝えることも、頭のなかで考えることもできない。

 それ以前に、言葉がないってことは、物に名前がないってことだ。この本だって、「本」という言葉がなかったら、なんて呼べばいいんだろう。字がたくさん書かれた紙をまとめたもの? ううん、違う。だって、言葉がなかったら、「字がたくさん書かれた紙をまとめたもの」っていう言葉もない。そもそも、「本」自体が存在しない。だって、本は言葉を集めたものだから。

 哲学って、考え出したらキリがないんだ。どこまでもどこまでも考えるってことが、哲学なんだ。むさ兄が好きそうな学問だなと民は思った。

 集中して、四分の一ほど読んだ。三者面談の時間が近づいてきたので、きりのいいところで棚に戻す。

 教室前の廊下で待っていると、ママがやって来た。

「民、お待たせ」

 普段はTシャツにジーンズだけど、今日は襟のついたブラウスと、てろっとした質感のパンツだ。三者面談用らしい。

 今日の三者面談。ママが来たがっていることを玲子ちゃんに伝えると、いいよ、と快く了解してくれた。

 担任の先生にもママが来ることを事前に伝えておいたので、もうとっくに離婚して、今は玲子ちゃんが学校関連のことを一手に引き受けてくれて、お父さんと玲子ちゃんが結婚する前までは祖母であるお母さんが子どもたちのことはぜんぶやってくれて、だからママは民の日常のことをほとんど知らないけれど、腹を痛めて産んだことだけは間違いないので、問題はないらしい。

「ひさしぶりの中学校の匂い~」

 と、ママは鼻を引くつかせ、あごを引いた上目遣いで、扇子で顔をあおいだ。五十代になっても前髪は気になるらしい。汗が引いたところで、廊下に貼り出してある風景画をくまなく見はじめた。

「民のがいちばんうまいね」

「親の欲目すぎない?」

「まあね」

 ママはうれしそうだ。

 担任の先生は、数学担当のゆう子ちゃん。きらきら星の住人で、生徒からも人気がある。

「高永さんはいつも明るくて、クラスの人気者です」

「わかります」

 ゆう子ちゃんの言葉に、満面の笑みでママがうなずく。ここで「ちょっとママってば」と挟んでもよかったけれど、民は先生の目を見てにっこりと微笑んでおくに留めた。一緒に住んでいないママの発言を、大きな心で受け止めている娘という役どころに徹する。

「こちらが前期の成績です。一年生のときに比べてどう?」

 3と4が並んでいる。4のほうが少し多い。民は塾に行ってないし、家でもほとんど勉強したことはないので、それを考えると上出来な成績だ。

「あまり変わらないです。まあ、このくらいでちょうどいいです」

「ちょうどいい? おもしろいこと言うのね」

 ゆう子ちゃんがくすっと笑った。

「民なら、もっとがんばれるわよ。オール5目指しなさいよ」

 ママが、民の肩に自分の肩を当ててくる。

「ハイハイ」

「でも、成績よりなにより、学校でたのしく過ごしてくれるのがいちばんですよね」

 ゆう子ちゃんに同意を求めるみたいにママが言い、ゆう子ちゃんはうなずきながら、

「高永さん、なにか気になることや困ったことがあったら、いつでも声かけてね。どんなに些細なことでもいいから」

 と、真面目な顔で民を見た。

「ハイ」

 と、民は優等生ふうにうなずき、その後も当たり障りのない会話が続き、三者面談は終了となった。

 帰りにママが、ちか兄のバイト先のファミレスでパフェをごちそうしてくれた。彼氏ができたことを伝えると、いいなあ、と返ってきた。ママは恋人と別れてからヒマらしい。

「ねえ、ママはさ、自分の時間が欲しくて家を出ていったんでしょ? パパと別れて、わたしたちを置いて」

「そう言われると身も蓋もないけど」

「なのに、どうして一人でいられないの? ぜんぶ自分だけの時間で最高じゃん?」

 ママにはあけすけになんでも聞ける。ママは、うーんとうなって、

「ないものねだりなんだよね」

 と、素直に白状した。ママは、パパと離婚後、すぐに他の人と結婚したけれど三年後に別れた。それから、籍は動かしていない。

 パフェはおいしかったけど、ちか兄がいなくてママはつまらなそうだった。

 

 夏休みの十日前から、民はスカートではなくズボンで登校することにした。新学期の九月一日からにしようかなと思ったけれど、それだと気合が入りすぎている気がしたから、休み前の中途半端な時期に試すことにしたのだ。ズボンが出来上がってきたのが、昨日だったこともある。

 今年度から制服は選択制になって、女子はスカートとズボンのどちらでもよくなった。

入学時から選択制だった一年生には、何人かズボンの女子生徒がいる。二年生は今のところ、民一人だ。三年生にもいない。学年の途中からわざわざ制服屋さんに行って、時間とお金をかけてズボンを作る人はいないのかもしれない。

「また、そういうことして」

 萌香がズボンを引っぱる。

「ほんっと、目立ちたがりだよね、民って」

「えー、そういうこと言うんだ」

 と返すと、白い目で見られた。

「意外とスカートより涼しいかも」

「あっ、そっ」

 萌香は民をにらんだ。

 民のすぐ上の兄である武蔵は、ゴールデンウィーク明けからスカートで登校しはじめた。理由は知らないけれど、きっと性別を超えたなにかを目指しているんだろうなと思う。ズボン登校にしたのは、むさ兄を応援するためという理由もあったりする。

「ねえ、女子はズボンとスカートの選択できるけど、男子はズボン一択のままだよね。それっておかしくない? スカートをはきたい男子だっているよね」

 萌香は民の言葉を無視して、

「夏休みの自由研究どうする?」

 と聞いてきた。

「一緒にやる?」

「やるやる」

 民はうなずいた。

 

 夏休みがはじまって、まずやったことはミロクとのデートだ。映画に行こうと誘われた。こんな、タヒチの絵ハガキみたいな青空の日に映画に行くんだ、と民は驚いた。民が映画に行くときは、曇天か雨の日。それが映画館にふさわしい天気だと思っている。

 売店で、特大サイズのキャラメルポップコーンを買った。

「それって、もしかして二人で一緒に食べるの?」

「ううん、一人で食べるよ」

 ミロクに聞かれて、そう答えた。民はこのキャラメルポップコーンを食べるために、映画館で映画を観るといってもいい。ミロクは、Sサイズのポップコーン塩味だった。

 映画はマーベルの宇宙戦争モノでなかなかおもしろかったけれど、二週間後に内容を覚えている自信はなかった。

 映画のあと、マクドナルドでチーズバーガーセットを食べた。ミロクは緊張しているのか、ポテトを三回も床に落とした。

「せ、制服、ズボンにしたんだ?」

「うん」

「あのさ、高永はどんな人がタイプ?」

「好きな人のタイプってこと?」

 うん、とミロクがうなずく。

「そうだなあ。うーんとね。生理用のナプキンを研究しているような男の人がいいな。女性にとっての使いやすさとか形とか吸収性の良さとかエコとか」

 民の返答に、ミロクはしばし固まったあとで、

「そ、そうなんだ! わかった!」

 と、大きな声で返事をした。それだけだった。生理用のナプキンについて、もっと話したかったのに拍子抜けだった。

 そのまま解散して、初デートは終了となった。全体的にイマイチだった。

「ねえ、デートってなにするの?」

 帰宅後、ちか兄に聞くと、好きな人ができたの? と目を丸くした。

「好きじゃないけど、付き合うことにしたの。これから好きになっていけばいいと思って。中二の夏だから、そろそろ恋愛のフェーズに入ろうと思って」

「ポジティブだな」

「デートのこと、聞いてるんだけど」

「二人で一緒にいれば、なんでもデートじゃない?」

「テキトーだなあ」

 と民は頬をふくらませてみせたが、でもまあ、それも一理あるかと思った。

 

「暑いー。死ぬー」

 首にタオルをかけた菜穂なほが、うちわ片手に顔を天井に向ける。三年生が部活動を引退して、民たち二年生と一年生での活動だ。民はじよバスの副部長になった。

「こういうところが、日本の教育のダメなところだよね。体育館に冷房がついてないのに、ハードな運動させるんだからね。殺人的っていうか、本当の殺人かも」

 民が返すと、ミチャポンがやって来て、

「士気が下がるようなこと言わないでー」

 と言った。新部長になったミチャポンは張りきっている。顧問は、英語の教師でバスケにはまったく詳しくないから、女バスの未来はミチャポンにかかってるといっていい。

「はい、一年生。いつものルーチンね。二年生もよろしく」

 ミチャポンが手を叩き、みんなが腰を上げた。

 体育館のなかはすさまじい湿気だ。巨大な扇風機が回っているけれど、そんなんじゃぜんぜん足りない。汗のせいで、みんなお風呂上がりみたいな前髪になってるし、体操着も真空状態になったみたいに身体にぴたりと張り付いている。

 民は巨大扇風機の近くに行って、全身に風を当てた。

「……あ」

 下半身にぬるっとした感触が走った。トイレに行くと、見事はじまっていた。まだ少し早いから油断していた。汚れた下着をトレぺで拭いて、ポーチからナプキンを取り出して当てた。

「あれ、民、どうしたの? シュート練習のメニューだよ」

 ミチャポンだ。

「わたし、ちょっと休む。地球の日になっちゃって」

「地球の日?」

「もとい、子宮の日」

 民は、生理のことを子宮の日と呼んでいるが、「しきゅう」と「ちきゅう」のおんが似ていることに気付いてからは、地球の日と呼ぶようになった。だって、子宮がなければ、地球に哺乳類は存在できないから。だから、どちらでも合ってるのだけど、他の人にはもちろん通じない。

「子宮の日? ああ、生理のことか」

 表情をなくしてミチャポンがつぶやく。

「お腹痛いの? 体調悪い?」

 ううん、と民は首を振った。ありがたいことに、民は生理痛に悩まされたことはない。

「じゃあ、参加して。わたしも三日目だよ」

「やめとく」

 汗と血でパンツのなかが気持ち悪い。これで走り回るなんて無理。

「わたしは今、絶賛ハライタなんだけどね」

 ミチャポンはそう言ったあと小さくため息をついて、鋭くボールを跳ねさせた。

 ぼんやりと座って練習を見ていても無駄に暑いだけなので、民は帰ることにした。

 グラウンドでは野球部が暑苦しいユニフォーム姿で練習をしている。民は立ち止まって、誰も死にませんようにと手を合わせたが、なんだか不謹慎な気がして、今のナシね、とつぶやいて取り消した。

 帰宅すると、家のなかはすばらしく冷房が効いていて、とたんに生き返った。冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出して飲むと、身体の隅々まで水分が行き届いたみたいになって、背筋がしゃきっと伸びた。

 下着を換えてさっぱりしたところで、むさ兄が二階から降りてきた。お父さんは会社、玲子ちゃんはパート先のスーパー、よし兄は勤め先の学校、ちか兄はバイト。お母さんは買い物にでも行ったのか姿が見えない。在宅しているのは、むさ兄だけのようだ。

「おかえり、民。帰ってきた早々、悪いんだけど、編み込み教えてくれる?」

「オッケー、いいよー。わたしの髪でやる? それともむさ兄で?」

 むさ兄の髪は、肩の下あたりまで伸びている。民と同じくらいの長さだけど、民は前髪が短いので、全体的にむさ兄のほうが長く見える。

「まずは民の髪で練習したい。そのあと、自分の髪でやってみる」

 民はうなずいて、鏡と櫛を用意してダイニングの椅子に座り、髪を結んでいたゴムをはずした。

「まずは、編み込みを作りたいところの髪をとって、三等分ね。うんうん、サイドでいいよ。そうそう、そしたら、最初は三つ編みやって。三つ編みわかるよね? そう、合ってる。で、次からは、三つ編みにするときに毛を少し足していくの。うん、そう。それを繰り返していく」

「どんどん毛束が増えていくけど、それでいいわけ?」

「いいの、それで正解」

「民の髪はサラサラしすぎててやりにくいな」

 つぶやきながらも、むさ兄はきちっと丁寧に編んでいく。

「むさ兄、ちゃんとできてるよ。次は自分の髪でやってみて」

 むさ兄の髪はゆるいウエーブがあるくせっ毛だから、編み込みしやすいかもしれない。民の髪は直毛で、指の間からするりと逃げていくからやりづらい。

「そうそう。いいよ、その調子。もしかして、これまでも練習してた?」

 鏡越しにたずねると、うん、と小さく返ってきた。むさ兄は不器用だ。よし兄とむさ兄が不器用チームで、ちか兄と民は器用チーム。

「しっぽのところは三つ編みにして、ゴムで結んでOK。そうそう、なかなかいいじゃん。あとさ、編み込みしたところをつまんで少しだけ引き出すと、ゆるっぽくなってかわいいよ」

「ほんとだ、かわいい」

「ねえ、むさ兄って、前髪を伸ばしてるの?」

 両サイドを編み込んでかわいいけれど、前髪が長すぎる。

「ラウンド型にするといいよ。切ってあげようか」

「うん」

 うれしそうに返事をされ、かわいいなあと思う。むさ兄と民の関係は、兄と妹というより、妹と姉という感じ。民が姉で、むさ兄が妹だ。

「ほら、どう?」

「すごくかわいい」

 むさ兄が、正面や横顔を何度も鏡に映す。むさ兄はジェラピケのショートパンツと、「おにまい」のニートTシャツを着ている。ショーパンから出ている足は、すね毛をそりすぎたのか抜きすぎたのか、肌荒れがひどい。

「むさ兄、ムダ毛の自己処理は終わりがないから、永久脱毛したほうがよくない?」

「だって、お金かかるでしょ」

「貯金をおろせばいいじゃん。わたしのもあるし。出世払いで貸してあげるよ」

 お年玉はほとんど貯金しているし、入学祝いや卒業祝いに関しても、お父さんとお母さんがぜんぶ貯金しておいてくれたから、通帳にはけっこう貯まっている。

「そうしようかな」

「そのほうがいいよ。顔もやればいいし」

 むさ兄は、毎日、朝と夜に毛抜きでヒゲを抜いている。ちか兄は体毛が薄いのに、むさ兄はヒゲも体毛も濃い。体格もちか兄はひょろりと細くて色白、むさ兄は骨太で筋肉質の、がっしり体型だ。逆だったらいいのにと思うけれど、それはむさ兄が誰よりも思っていることだろうから、誰も口にしない。

「むさ兄、部活は?」

 むさ兄は高校でもバスケ部に入った。去年までは同じ中学だったから、むさ兄の活躍はうれしかった。むさ兄のおかげで、男バスは去年、県大会出場までこぎつけた。今の男バスは奮わないけれど、むさ兄がいた頃はめっぽう強かった。

「辞めた」

「えっ、そうなの?」

「鍋にカレーあるから」

 キッチンを指さして、むさ兄は二階へあがっていった。民の制服のズボンについては、なにも言われなかった。なにか言ってくれるかなあと期待していたけど、残念だ。

 カレーを食べたらお腹いっぱいになって眠くなり、民は二時間も寝てしまった。目が覚めたとき外はまだ明るくて、まだまだ今日がいっぱい残っていて、やっぱり夏は最高だなと思った。

 

 萌香の部屋はロックだ。なんとかというアイルランド出身の四人組バンドのポスターが貼られていて、白黒ツートンカラーのギターまで置いてあるけど、萌香は弾けない。覚える気はないと言う。推しのイライジャが、ギター演奏しているところを想像するためだけに買ったそうだ。

「自由研究ほどばかばかしい課題って、この世になくない? 本当にやりたい人だけがやるべきだよね。ネットからパクったレポート出しても、なんの意味もないじゃん。先生もわかってるくせに、一体どういうつもりで出してるんだろ」

 萌香のベッドに腰かけながら、民は言った。寝心地のよさそうな弾力のマットレスだ。

「今はそういうのいいから。さっさとテーマを決めるよ」

 萌香がネット検索をはじめる。

「シュワシュワ炭酸水のお風呂を作ろう。葉っぱの光合成が見える実験をしてみよう。十円玉の汚れを落としてきれいにしよう」

「そんなの、小学生でしょ?」

「小一から中三用だから範囲内。学年とかどうでもいいよ。早く終わらせたい」

 まじめなのか適当なのかわからない。萌香はすでに、数学と漢字のワークは終わらせたというから驚きだ。民はどんな課題が出ているのかすら、きちんと把握していない。

「そういえば、ミロクとのデートどうだった?」

「可もなく不可もなく。どちらかというと不可寄り」

「だめじゃん」

「今後に期待」

「それより、自由研究。十円玉をきれいにするやつでいいね、決まり」

 民はなんでもよかったので、いいよ、とうなずいた。

 使用する材料の候補をノートに書いていく。食塩、砂糖、レモン、お酢、クエン酸、重曹、洗濯洗剤、食器洗剤、漂白剤、一〇〇パーセントオレンジジュース、コカ・コーラ、マヨネーズ、ソース、しょうゆ……。

「永遠に出てくるね」

 半分呆れて、つぶやいた。

「やることが簡単なんだから、サンプルは多くするに決まってる」

「内容の薄さを、量でカバーか」

「それよか、民は今日、部活じゃないの? 菜穂たち行ってるよ。インスタにあがってる」

「生理だし、暑いし、やめた」

「副部長でしょ」

 うーん、とあいまいに返事をする。副部長は、先生が勝手に決めたことだ。

「サボってばかりいると、そのうちハブられるからね」

 萌香に鋭い口調で言われ、民は、ひーっ、とムンクの叫び顔で返した。

「民って、ふざけてばっかり。そういうのムカつく。知らないから」

 萌香が、あごを持ち上げて民を見る。へらへら笑っていた民だったが、まさか萌香の言葉が現実になるなんて、このときは思ってもみなかった。

 

 

(つづく)