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第一話 道徳の時間(承前)

 

 事件がおきたのは、二学期も終わろうかというひどく寒い夜だった。

 その日は、ぼくもお母さんも一日中そわそわしていた。お父さんが家をでるときには、励ましの言葉をかけたらお父さんにとって逆効果じゃないのかとしどろもどろになったり、クラスメイトに連絡しようかしまいかとふたり口論になったりした。

 お父さんが数年ぶりにテレビに出演する日だった。夜の三十分のバラエティ、生放送。十年前、お父さんがいっしゅんブレイクしたときにADだったひとがディレクターになり、「ひさしぶりに仕事したいっす」と連絡をくれたのだとお父さんは言っていた。

 ぼくとお母さんは放送の一時間前からテレビの前に座っていた。月のない夜だった。クラスメイトはもう寝ているだろうか。関助の家にだけは、連絡をしておいた。これでいじめが収まるんじゃないかって、あわい期待をいだいて。

 番組がはじまると、ぼくらはずっとヒヤヒヤさせられた。若手芸人に挟まれて「あの人はいま」的ポジションででていたお父さんは、「『あの人はいま』に過去十回でてる芸人の『いま』って既知すぎて、もはや過去ですよね」とか「えっ、ぼくはなぜ乳首をだしてはいけないんですか?」とか言って、若手にひたすら気をつかわせていたからだ。お父さんはその日、乳首のでないTシャツで出演していた。局の意向、らしい。「お父さんのわるい癖がでてる……」とつぶやいたのは、お母さんだったか、ぼくだったか。

 そして、放送終盤。「むかし共演した有名人で印象に残ってる人は?」と若手芸人がフると、お父さんは「まつもとひとやな」と無表情で答えた。イヤな予感がした。

「ダウンタウンさんですかあ」と若手芸人が応じる。

「いや、松本人志です」

「えーと、松本さんですよね?」

「松本人志です」

「え、イノモトさん面識あるんでしょ? ふつう松本さんじゃないっすか」

「松本人志です」

「なんでかたくなに呼び捨てやねん!」

 表情がぬけ落ちた顔で受け答えしていたお父さんは、とつぜん怒って、「なんやその芸のないツッコミ! きみそれでも芸人か」と若手芸人に詰めよった。テレビに釘付けになっていたお母さんが、ぎゅ! とぼくの手をつかむ。ぼくもつかみかえした。マズイ流れだ。若手芸人がひるんだ顔をしたのを見て、お父さんはさらにヒートアップして、

「アホかきみは! きみはなあ、松本人志への尊敬の念が足りへんねん。松本人志に会ったこともないのに松本さんとか呼んでるやつら全員いね。おまえのぶながのことも織田さんって呼ぶんか。ブッダのことブッダさんって呼ぶんか! もっと尊敬せえ! 松本人志も松本さんって呼ばれて許してんちゃうぞ、テレビをお笑いのもんにしやがって! ん、テレ……? 逆や、お笑いをテレビのもんにしやがって!」

 とスタジオを駆け回りながら叫びちらかした。ぼくとお母さんはテレビの前で凍りついて、息もできなかった。「イノモトさん、ちょっと」と若手が止めにはいっても、お父さんは叫びつづけた。

「松本人志は二流やねん、あのひとは正解をつくってしまったやろ! 笑いをかっこええもんにしてしまったやろ。もっと笑いは低俗やって最初から言うべきやねん!」

 そして、静止の手をふり払って、お父さんが「ぼくはなぜ乳首をだしてはいけないんですか? ぼくはなぜ乳首をだしてはいけないんですか? Why, why!」とカメラに向かって咆哮し、Tシャツをめくりあげ乳首をだそうとしたところで、番組は終わった。

 ぼくとお母さんはぼうぜん自失で、こたつに座ったまましばらく動くこともしゃべることもしなかった。先週の大寒波とは裏腹に、今週は暖かい夜がつづいていた。それなのに、心臓の底のところだけは、しんと冷えきっていた。番組と番組のあいだの天気予報がおわったころ、ぼくはつぶやいた。

「中学受験したい」

 私立の難関中学校の名前をあげる。前々から考えていたことだった。「地元の中学、行きたくない」と打ち明けると、お母さんは眉間のしわを深くして、しばらく黙った。

「もう間に合わないんじゃない?」

「出願は来月だし、この中学は入試が遅いから。試験まであと二か月もないから、合格できるかはわからないけど……」

 語尾が萎んでいく。でも、挑戦してみたい。そう付け加えると、お母さんはぼくの目を見つめ返して「わかった。でもその中学、親子面接あるからね」とぼくの髪をなでてくれた。

 

 それから一週間のことは、もう思い出したくもない。お父さんの発言はネット上で炎上し、違法アップロードされた動画には「てめえは五流だろ」「乳首しか能がないクソ芸人」ってアンチコメントが並んだ。ぼくはクラスで「牛乳とってこいよ!」と典型的にパシられたり、音読であたるたびにとなりの席の男子から乳首をぐりぐりされたりした。

 関助たちのいやがらせを加速させる出来事がおこったのは、二学期最後の道徳の授業のときだった。その日のテキストはほしくんという、監督にバントを指示された打席で二塁打を打った男の子が「きまりを守らないものはティームに必要ない」と注意される物語だった。集団のちつじょを乱すわがままな人間はダメだっていう訓話。授業の終了が迫って、ぼくが「今日はあてられなくてよかった」とひそかに安堵したそのとき、教室のすみっこから、

「トカゲのおっさんのこと、トカゲやと思ってたんです」

 という声が聞こえてきた。ニイ森先生が困惑して聞き返す。

「えっ? なになに? きまりを破った経験……について、よね?」

「トカゲのおっさんは、おっさんやと思わなあかんのに。ぼく、トカゲのおっさんをトカゲやと思ってた。星野くんとはちがうかもしれんけど。あんもくの了解、を破ってしまったんです」

 彼は堂々と、意味のわからないことをもう一度言った。切実な声だ。朝陽くんだった。

 ニイ森先生の質問は「みんなにもきまりを破った経験はあるかな?」。星野くんがきまりを守らずに断罪されたところから発想された質問だった。クラスの全員が、ぽかんと朝陽くんを見た。見られている彼は、なにかをこうと決めてしまった人間とくゆうの、ふてぶてしささえ感じられる顔で立っていた。

 授業が終わると、朝陽くんは帰りの準備をしているぼくのところにまっすぐにやってきて、「ダウンタウンは神様なんだよ」と言った。「さっきの、『ごっつ』のネタ。ダウンタウンは、神様やねん」

 関助たちの視線を感じる。クラスの大半が、朝陽くんとぼくに注目していた。この受けこたえしだいでクラスでの立ち位置が決まる、そのことが肌でわかった。ぼくはあごをちょっとあげて、朝陽くんを正面から見た。

「お父さんの、アレ? 見たん?」

「うん。ヤホーニュースにもなってたで」

 ヤフーやろ、とツッコんでほしいんだろうな、と思ったけどツッコまなかった。

「なんでイノモトは、『松本人志は二流』なんて言ったん」

 朝陽くんは大きな声で聞いた。教室がいっしゅんで静まりかえる。みんなが聞き耳を立てていた。――やっぱりみんな、知ってるんだ。そう思うと、胸がぎゅっと痛んだ。ぼくにだって、お父さんがなんであんなことを言ったのかわからなかった。

「そんなん、知らんよ」と、ぼくは答えた。あっけらかんと言うつもりだったのに、のどの奥がひきつれてしまった。クラスでからかわれるのはつらい。つらいけど、お父さんの考えてることがわからないことのほうが、ずっと苦しい。

「永遠くんはお父さんと松本人志、どっちがおもろいと思ってるの」

「えっ、そんなん松本人志に決まってるやん」

 ぼくは答えてから、急にお父さんを裏切っているような恐ろしさが湧いてきて、

「いや、お父さんにもいいところあるけど。一発屋って、一発でも当ててないと言えへんわけやし」

 と早口でつけ加えてしまった。朝陽くんが顔を赤くする。

「永遠くん、お父さんをヨウゴするんや。松本人志より、イノモトの味方なんや」

「味方って、だってそれは……」

 言葉に詰まるぼくを置いて、朝陽くんは「ぼく、永遠くんとは組めへんわ」ときびすを返して、席にもどっていった。道徳の教科書を机のうえに立てて、その陰にかくれるようにしてつっ伏し、ずっと、顔をあげなかった。『みんなの道徳』というタイトルだけが、ぼくのほうを向いていた。

 世間はクリスマスが近づいているからか、うかれ気分だった。終業式がおわると、さびしい冬休みがやってきた。だれからも遊びのさそいはなかったし、年が明けても年賀状はこなかった。中学受験の日が、ひと月後に迫っていた。

 ぼくは英語だけじゃなく、社会も算数も、手あたり次第に勉強した。中学受験の算数は文章題が多かった。「花子くんの体重は32・5キロで、お父さんの体重は48・5キロです。お父さんの体重は花子さんの体重の何倍ですか」と聞かれると、つい「お父さんは過度なダイエットをしていますか」って書きたくなる。そういうときは深呼吸をして、模範解答を熟読した。勉強しているあいだは、いろんなことを忘れられた。いつのまにか勉強は、ぼくを守ってくれる核シェルターみたいになっていた。

 お父さんは、あれ以来、すっかり仕事がなくなった。松本人志の取りまき芸人たちがSNSで「【例の発言について】イノモト聞け【松本さん】」という動画を配信したことが火種となり、炎上は一向に鎮火せず、劇場にも営業にも呼ばれなくなってしまったのだ。お父さんははじめ、落ちこんだようすもなく昼間から近所の飲み屋で酒を飲んでいたけれど、その飲み屋で「乳首だせよ、だしたかったんだろ、見てやるよ」とただの酔っ払いなのかアンチなのかよくわからないひとに絡まれてからは外に出かけることも減り、シャレを言うことも少なくなっていた。

 新学期がはじまっても、ぼくの状況はかわらなかった。関助たちは毎日教室のうしろでぼくをからかい、朝陽くんはもうぼくのブロッコリーを食べてはくれない。彼はブロッコリーが苦手だってことを、ぼくは六年生の三学期になって知った。

 一月中旬の放課後、中学受験する児童が校長室に集められた。ピッ! とできそうなバーコードハゲの校長は「これから、面接の、練習を、します」とおだやかに言った。親子面接のある中学を受験する子は親もきていて、それはぼくも同様だった。お父さんは乳首のところがあいてない半袖のポロシャツを着てきて、ぶきみなくらい「保護者」らしい顔をしていた。

「永遠くんの、お父さん。今日は、シャレは、なしですよ」

 はじまるまえ、やっぱりおだやかに、校長が釘を刺した。みんな笑ったけれど、ぼくだけ笑えなかった。だってそんなの、熱湯風呂を前にして「押すなよ! 押すなよ!」って言うようなものだ。

 集まったのは児童が三人と保護者が二人。どの子も、いつもクラスの隅で本を読んでいるような、あまり話したことがない子たちだった。ぼくらは校長室にならべられた椅子に座り、面接官役の校長先生と対峙した。

 では左はしの方から、と校長が面接練習をはじめる。ぼくはどきりとした。左はしって、お父さんからってことだ。ぼくの頭を覆ういやな予感は、

「いままでで、一番、感動した、ことは、なんですか?」

 というひとつめの質問が読みあげられたとき、ピークに達した。そんな、道徳の教科書にでてくるような質問をお父さんにぶつけるなんて!

「はい。わたしがいままでで一番感動したのは、やはり……息子が生まれたとき、だと思います」お父さんがすこしはにかんで答える。きれいな東京弁だった。「世の中に名を残せなくても、だれか彼の大切なひとの記憶にずっと残りつづけるひとに育ってほしい。そんな思いで、永遠と名づけました。息子との記憶は、ほんとうに……感動の連続です」

 校長がまんぞくげにうなずく。それを見て、お父さんのこめかみがぴくぴくと動いているのが見えた。まずい、とぼくは思う。

「いろんな記憶があります。三歳のときには旧生駒いこまトンネルに、六歳で奈良のしらたかおおかみに行きました。大切な家族の思い出です、そして去年、貝塚の廃病院……ああ、ご存じですか。有名な心霊スポットですもんね。そこに行って。息子には才能があるって、感激したなあ」

 貧乏ゆすりまではじまった。あ、くる、と身構える。

「息子には、才能があるんです。神に選ばれた子どもなんです。十三歳になったら異世界転生のための積立をはじめようと思っています。積立といっても、お金じゃない。現世への怨念オンネを貯めるんです」

「やめてよ、お父さん」

「怨念と書いてオンネなんですが、もっと自己発生的な解脱を求めることがオンネにつながるわけで……」

「お父さん!」

 ぼくはお父さんの言葉をさえぎって、立ちあがった。椅子が床とこすれる音が、いつもより大きく聞こえた。

「ええ加減にしてよ。そんなんシャレでもなんでもない、ただのうそつきやんか」

「なにを言ってるんです」

 とお父さんが真顔で聞く。ボケているときの真顔だった。

「東京弁やめて。サムいねん。ぜんぶサムい。なんで真面目にできひんの」

「わたしは真面目にオンネを……」

「なんでぼくのこと、考えてくれへんの」

「それがあなたのオンネですか」

「子どものこと愛してるなら、ちゃんとするのが親ってもんちゃうの。ぼくが中学受験すんの、そんな気にいらん? 参観日でもテレビでもめちゃくちゃやって、ぼくがい、いじめられるかもとか、なんで考えられへんの? なんでぼくに……芸人になるんちゃうのとか、言うん……」ぼくは声がブレるのを必死でがまんした。お父さんはもう、なにも言わなかった。「ちゃんとした親じゃなくてもええよ。もう、ダキョウしたる。でも、でもさ、いまのお父さんかっこわるいねん。お父さんおもんない。ほんまに、一ミリも、おもんない。松本人志のがひゃく倍おもろい。……なんなん、お父さん……なんなんよ」

 きゅうげきに、ぼくの胸に大きななにかがふくらんできて、それがほかの一切をなぎたおしていった。ズキンとからだの芯が痛んだと思ったら、ぼくはつぎの瞬間には、泣きだしてしまっていた。となりの椅子に座るお父さんと、立っているぼくは目の高さが同じくらいだった。お父さんはぼくの目をまっすぐに見た。

「イノモトやけど……」

「は?」

 お父さんは心なしかはずかしそうに首をすくめた。

「お父さんなんなんって聞くから……」

「そういう意味ちゃうやん」

「あ、でも、中学のとき親の離婚で一回名字変わって」

「そういうこと聞いてんちゃうねん!」

「じゃあなに? イノモトやんか。おまえもイノモトやけどさ。うん、基本的にはイノモトやと思う。九十九パーはイノモトやな、子どものころ、親が離婚していっしゅんエトウやってんけど、ほんま一パーセントくらいやし。誤差。四捨五入でイノモトやわ」

 お父さんがうなずく。ぼくはこいつなんやねんって思いと、六年生にもなって泣いてしまったことのはずかしさをごまかしたくて、「お父さんのバカ!」と叫んだ。「バカって言うな、アホって言え!」とお父さんが応戦する。「バーカバーカ!」「おい、せめてくだらねえって言え!」「お、お、お父さんの、うんこ! うんこ!」「うんこはちょっとほめ言葉やないか!」と最後にはつかみあいになった。

 ぼくらの親子喧嘩は、ニイ森先生が「永遠くん! お父さん! となりの応接室、来客中だから!」と止めにきて、終わらされた。ぼくはたまらなくなって、校長室から逃げだした。いつもぼくは逃げてばっかりだ、とふたたび泣き出す寸前、思った。

 

(つづく)