猪群山いのむれさんのストーンサークルの入り口、割れ目がある方が女石、もう一方が男石。それぞれ性器を表すと思われる。もちろん古代では、これはイヤラシイ事でも何でもなかった

 

 晴れている。昨日までと打って変わって雲ひとつない。汗が噴き出す。首に下げたカメラにポタポタ落ちる。カメラをリュックにしまって、また険しい斜面を登り始める。

 晴れてはいるが深い森の底に日射しは届かない。獣道のような踏み分け道をつづら折に曲がると、足元が真っ赤になった。椿の花が一面に散っている。ふと血の色を思って、あわててその考えを頭から振り払った。ここ数日、ただ山中を歩き回っている。言葉を発することがない。あたりは古代の空気に満ちている。なにか大きな鳥が鳴く声がすぐ後ろでしたので、おもわずこちらも、うぉうぁと古代語もどきで鳴き返しそうになった。

 古代人のように膝を曲げて、すこし前屈みになって小走りしてみる。山道にはなかなかいい。ちょっと猿っぽいが、段差をリズミカルに登れる。私は古代人だ。背中に背負っているのはカメラと三脚ではなく、さっき捕ったイノシシ。大物で持ちきれないので、両足と胸の辺りを切り取って蔦で縛って背負っている……などとイメージしてみる。

 森を抜け、急な斜面をよじ登ると山頂にでた。そこをまた向こう側に下って行くと視界が開け、辺りの山々や遠くの海がよく見える。そこは直径100メートルもある草原になっていて……。

 気付くと環状に石が並んだストーンサークルの前に立っていた。あまりの広さにサークルを一望できないほどだ。その中心に古代人たちが祭祀をおこなう神石がある。疲れてバラバラになりそうな体を神石の前に投げ出し、イノシシの肉を少し切って、祭壇にそなえる姿を想像しながら、リュックからカメラを取り出して写真を撮る。

 

古代人たちが祭祀を行った巨大かつ荘厳な巨石が鎮座する

ストーンサークルの真ん中にある神石。このてっぺんには窪みがあり、海の満ち引きに対応して水位が変わるといわれる。その中には、古事記や日本書紀で描かれる「海彦山彦」の神話に登場する釣り針が入っているという言い伝えや、その姿を見た者は失明する幻の金魚が棲むという言い伝えがある。

 

 どう考えても日本人は山岳民族だったのだ。山を駆け、山で狩り、山で採って山で祈った。国東くにさき半島にはいくつもの岩峰がそびえ、そこでは古代や中世のにおいが色濃く感じられる。

 この環状列石については、作家の松本清張氏と考古学者の斎藤忠氏が1983年に現地調査の結果として「猪群山─山頂巨石群の研究─」を発表し、これは完全なストーンサークルとは言えないと指摘している。しかし、何らかの意図を持ってこう配置したことは確かだろう。

 

猪群山山頂に向かう道の途中にある立石。鬼が運んだともイノシシが動かしたとも言われるが、急な斜面の上に危うく載ったところは、やはり神の気配を醸し出す。

 

 大分県国東半島は六郷満山と言って、平安時代以降、修降、修験道、仏教、神道の聖地だ。そのことについては、いずれまたご紹介したい写真がある。だが、今回はその由来についてはまだ謎とされる猪群山のストーンサークルを取り上げてみた。