前回は、真実の日光に出逢う旅の前編として、二荒山(男体山)山頂の、まるで死後の世界のような荒涼たる風景を紹介したが、今回は緑に包まれた、谷あいの聖地としての日光を紹介したいと思う。
二荒山登頂のあと、勝道上人は今の神橋のかかる大谷川の支流、稲荷川沿いをさかのぼり、谷に分け入った場所に修行の場を求めた。現在の瀧尾神社がある場所だ。
観光客で賑わう東照宮の裏手からここへの道を辿ると、十分ほどの道中で、明らかに空気が変わって行くのを感じる。あたりは凜とした特別な場所の風格を湛えていくのだ。
清涼な水が音を立てて落ちていく……
白糸の滝は涼やかで静謐な空気が溢れていた
勝道上人をはじめとする聖地日光の初期の修行者たちが選んだのは、清らかな水が育む命の楽園だったのである。
清涼な水が幾多の命の元となる。この谷には命が溢れている。勝道上人はここで長い年月を暮らし、瞑想を深めた。山ふところの緑の谷は二荒山頂の荒々しさとまた違った、優しい空気が溢れる場所だ。
日光とは、もともと死の世界と生の世界がすぐそばにある場所だったのだ。だからこそ勝道上人は、この場所を修行の地としたのであろう。
観光地だけではなく、勝道上人が歩いた道をひとつずつ辿ってみると、死と生は近接していることを実感できる。それこそが日光が聖地となり、優れた修行の場になった理由なのではないか。
のちに勝道上人は、この地のよさをひろめるため、空海(弘法大師=真言宗開祖)に碑文を依頼している。その当時のスーパースターである空海の推薦により、日光は全国に知られる聖地となった。
その碑文で空海は勝道上人の偉業について詳述している。空海のおかげで、いま私たちは上人の存在を詳しく知ることができる。そして空海もまた、ここ瀧尾あたりに長く滞在し、修行もしたという(伝承)。
実際に、いくつもの伝説が残っている。滝に打たれて修行を重ねたこと、森の中の大岩に女神が降臨したこと。それらの伝説は、彼等がこの地に特別なものを感じたからこそ、後世の人々に語り継がれ、今でも広く知られているのだろう。
勝道上人は日光で生涯を閉じた。その墓はこの地の開山堂にある。