「沖縄にも湧き水はあるんですか」と訊かれたことがある。沖縄に限らず、南の島では、川の水は微生物も多く、綺麗な湧き水は生活の必需品だった。だからこそ、人は古代から湧き水のあるところに集落を作った。今回はそんな湧き水の話。これも人々にとっては大切な聖地といえる場所だろう。
沖縄本島南東部、聖地、斎場御嶽にほど近いところに、垣花ヒージャーと呼ばれる湧き水がある。ヒージャーは「樋川」の沖縄読みだという。
湧き水は岩陰の不便な場所にあるので、そこから樋や溝を通して上水路とし、使いやすいところに綺麗な水を引っぱっている。そういった場所は沖縄本島に多くあるが、筆者はこの垣花ヒージャーが大変好きだ。
夏の暑い日にここを訪れると、まさに桃源郷とはこんなところだと思う。日の盛りには緑の木々や地表の草花が映え、その向こうに太平洋が見える。水の道に苔が美しく生える。足元には冷たい清らかな水が流れ、足をつければ滲んだ汗が消えて行く。
水の流れの一番下は池になっていて、そこから水は、畑や海へと流れて行くが、一番上には「樋」からほとばしる水を受ける水槽がある。ここで集落の人たちは、飲料水を汲み、洗い物をする。男はこの水路の右側を使い、女は左側を使うのだという。
そんな話を聞くと、はるか昔、ここで若い男女が恋を語らったのではないかと想像が膨らむ。夏の沖縄の遅い日没、集落から長い石段を降りた薄暮の桃源郷で、美しい物語があったのかもしれない。
聖地であり、人々の暮らしに欠かせない「命の水」でもある
もう一か所、垣花から少し西の内陸部。亜熱帯の鬱蒼とした森の中にある巨大な洞窟、ガンガラーの谷。この谷は海底の珊瑚礁からできた鍾乳洞で、観光スポットとして洞窟内を見て歩けるようになっている。ここも夏の暑い日には涼しい時を過ごせる桃源郷だ。
この谷の下流、港川の近くで、日本列島で一番古いとされる、約2万年以上も前の港川人の骨が出ているが、このガンガラーの洞窟でもそれと関係するとされる数々の遺物が出ていて、今でも発掘作業が行われている。
思えば、旧石器時代の人にとっても、綺麗な水の流れる涼しい洞窟は、暮らしやすい、やはり桃源郷だったのだろう。
垣花ヒージャーが陽の場所とすれば、ガンガラーの谷は、陰の場所とも言える。いずれも桃源郷として古くから崇敬を集める聖地なのだろう。