山形県の庄内平野は西側を日本海に面し、残りの三方は山々に囲まれている。肥沃で海の幸にも恵まれた土地だが、それでも人の暮らしに災害や野生生物の影響が濃かったためか、自然神に対する信仰の強い土地でもある。平地の民は山々に安寧や豊穣を祈り、海に出る者は、山々を遠く見て、それをたよりに港に帰って来る。
出羽三山と言われる3つの聖なる山のうち、最高峰は標高1984メートルの月山。今回は雄大な風景の中を行く、志津の姥沢小屋裏から登った。早朝、原生林の森を抜け、標高1300メートルの森林限界を超えると、そこから山頂まで、低木と草、そして石の塊が続く急な登り道が続く。
命あふれる森の中を抜け、荒涼とした世界を延々と登っていると、この世から離れて行くような気持ちになる。ただ、それが寂しいかというとそうでもない。晴れていれば素晴らしい絶景が目前に広がるからだ。
山頂には月山神社本宮があり、その周りには無数の石碑、石標が立つ。林立する石碑が暮れなずむ空にシルエットとなる頃、大きな岩の間に座って月が出るのを見る。ここが地球ではないような気がしてくる。
出羽三山は、月山、湯殿山、羽黒山の総称で、古くは湯殿山は特別な奥の院ということで、その代わりに鳥海山とか村山葉山を入れて三山とした記録もあるが、今は前述の三山とされる。
庶民の山岳信仰としては、今回登った月山山頂は死者と交信する場所。湯殿山は命の再生の場所。現代になって、そんな古い信仰なんて……と言われるかもしれないが、今も多くの人が訪れている。
月山登頂に次いで、湯殿山の谷に入る。出羽三山神社の社務所にお願いして、神域の撮影を許可してもらった。御神体以外なら撮影してよいということだ。
今もなお、全国から多くの参拝客がここを訪れている
湯殿山神社は神殿などなく、山の名のとおり、山中に温泉が湧き出る不思議な場所そのものが神域だ。参拝者は履き物を脱ぎ裸足になって、まず人型の形代に身の汚れを移して水に流し、御神体を参拝する。地中から湧いた湯は大きな御神体の表面を伝い、その下の谷に滝となって落ちる。
この仙人沢と呼ばれる谷の奥深くで、何人もの修行僧が有名な木喰即身仏となった。月山で冥界の入り口を覗き、湯殿山で命の再生を願って修行する。この世とは思えない死の世界と、命あふれる谷の景色。この2つがすぐそばにある。これも日本の聖地の1つの特徴である。