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十八 鎮漣


 柳川に戻った鎮漣は、思わず拳を石垣に叩きつけた。怒りが込み上げてきた。
「宗麟め。やってくれたな」
 城内に立ち昇る炊煙は、明らかに少ない。父である蒲池宗雪をはじめとして、城内にいるはずの兵の姿が見えなかった。
「統光。早馬を出して、父上をお止めしろ。すぐに私も駆ける」
「兵の用意は」
「三百騎。山下城の叔父御が邪魔をするかもしれぬ」
 すぐさま、苦々しげな表情で統光が駆けだしたのを見て、鎮漣は城内の大書院へ向かった。
 城主無き時は、正室の座にある者が家を束ねる。鎌倉以来の武家のしきたりだ。大書院の奥に端座する玉鶴姫は、緋色の綾衣を身に着け、両手を合わせていた。輿入れしてきてから、二十年余。理知に満ち、的確な指示をする玉鶴姫は、いつの頃からか家中の信頼を勝ち取っている。
 三十半ばとなったにもかかわらず、その容姿は衰えず、むしろ妖艶ささえ出てきたように思う。侮られていると感じることは無くなった。だが、いまだ、どこか見定められていると、常に感じる。
 鎮漣に気づいた玉鶴姫が、驚いたような表情をした。
「薩摩に向かわれたはずでは」
 その一言で、宗麟の企みが知れた。鎮漣を薩摩攻めの将とすることを伝え、鎮漣が戻る前に柳川蒲池兵の出陣を求めたのだろう。
「宗麟に謀られました」
 主である大友宗麟の名を吐き捨てたことに、玉鶴姫が息を呑んだ。鎮漣の心境の変化は、間違いなく伝わったはずだ。さすがに龍造寺隆信の娘だけはある。すぐに驚きをおさめ、まっすぐと鎮漣を見つめてきた。
「城下に戻って驚きました」
 鎮漣の言葉に、玉鶴姫が小さく頷いた。
「大友の御屋形様の書簡が届いたのは、ほんの四日前。即時の出陣を求められました」
「私が戻るまで動かぬようにと残したはずですが」
 悔しげに口にすると、玉鶴姫が首を横に振った。
「もちろん鎮久殿も大殿を止められました。されど、大友家からつけられた軍監に急き立てられ、鎮久殿もついには抗えず、二日前の夕刻に出陣なされました」
 頷くと、鎮漣は玉鶴姫の隣に胡坐をかいた。すぐに冷たい茶が用意された。一息で飲み干したが、腹の中の怒りは鎮まりそうになかった。
「私が柳川に戻れば、蒲池が裏切ると思ったのでしょう。ゆえに、その前に柳川兵を日向へと出立させた」
 宗麟の手立ては正しい。事実、鎮漣は大友家を裏切ることを決めていたのだ。宗麟に、一歩先んじられた。
 このままいけば、蒲池家は、島津家との戦の矢面に立たされる。戸次道雪がいない以上、大友家が勝つとは思えない。見知らぬ地で敗れれば、真っ先に切り捨てられるのは外様の将兵だった。
 何度か息を深く吸い、吐きだした。
「なんとしてでも父上を止めねばなりませぬ」
「すでに肥後路に入っておられましょうが」
「すぐに出立します。姫。頼みがあります」
 居住まいをただした鎮漣に、玉鶴姫が口を開いた。
「龍造寺に降るならば、私が使者として赴きましょう」
「予期していたのですか?」
「何年、連れ添っているとお思いですか」
 妖しく微笑む玉鶴姫が、古びた巻物を広げた。西海道の地図。鎮漣自身が書き出し、柳川の採るべき道を書き記してきたものだ。
 この瞳だ。まっすぐとこちらを見つめる玉鶴姫のやや灰色がかった瞳に、鎮漣は気後れするような気持ちになった。輿入れしてきた時から、玉鶴姫の目は、鎮漣と誰かを比べていた。
 自ら馬を乗りこなし、刀槍の技も並の兵とは比べ物にならない姫だ。龍造寺隆信から継いだ見識があり、頭の冴えは鍋島孫四郎が認める程のもの。姫の瞳に映る誰かは、鎮漣の妄執であったかもしれないが、夜を経るほどに巨大なものになっていった。
 不意に、玉鶴姫が口を結び、表情を消した。
「殿は思い違いをされております」
「思い違い?」
「私の瞳にいる誰かを越えようと、殿はあがいてこられたことを存じております」
 いざ言葉にされると、思わず頬が熱くなった。
「かような時に、なにを」
「かような時だからこそです。もしかすると、殿は二度と柳川にお戻りになられぬかもしれません」
 淡々と言葉を発する玉鶴姫が、やや俯いた。
「殿。正念場にございましょう。柳川の民を護るために、いかなる道を進まれるのか。龍造寺、島津、大友。三つの嵐の狭間を、いかに生き延びるのか」
 艶のある黒髪が零れ落ち、玉鶴姫の表情は見えない。
「大友でもなく、龍造寺でも、まして島津などではない。殿は、自ら柳川の民を護ると決められた。そのお気持ちを、私は十年前から知っております。ずっと見ておりました」
 喉に絡みついた言葉を、どう口にすればいいのか。愚かしいもので、蒲池家を罠にかけた宗麟への怒りが薄まり、どこか浮ついた思いが溢れ始めた。
 人は、愚かだな。玉鶴姫が俯いてくれていてよかった。苦笑を見られずに済む。
 慌てて背を向け、鎮漣は拳を握った。
「隆信殿には、筑後はこの鎮漣が切り従えるとお伝えしてくれ」
「一つ、約してください」
 玉鶴姫が顔を上げた。口元を結び、唇はかすかに震えている。
「殿は、殿を信じられてください。決して、誰かを信じるのではなく、民のために戦ってこられた殿ご自身を、信じてください」
 隆信を疑っているのだろう。この十年余、鎮漣は龍造寺隆信の道を遮り続けてきたように傍目には見える。だが、その時があったからこそ、隆信は三州にまたがる所領を手にして、独力で大友家と対峙できるまでになった。
 隆信にも、鎮漣の真意は伝わっている。汲み取るだけの器が、隆信にはある。そう鎮漣は信じていた。
「わかりました」
 頷き、鎮漣は玉鶴姫を強く抱きしめた。
 望む道の先は、遥か遠い。だが、朧気ではあるが、今は見える。大友に仕え、増えていく柳川崇久寺の卒塔婆を眺めることしかできなかった二十年前には見えなかった道が、ようやく見えた。

 白地に黒で染められた左三つ巴紋が見えてきたのは、肥後南関を越え、山鹿まで至った時だった。想定よりも進んでいない。おそらく兄の鎮久が、上手く留めているのだろう。
 円陣を組み、野営の備えをする三千の兵を見、鎮漣は父への怒りが込み上げてきた。
 この戦いは必ず負ける。己が忠義を満たすためだけに、三千もの民を散らせようというのか。
 馬の勢いを緩めることはせず、陣の中に駆け込んだ。全ての兵が、鎮漣の姿を目にしたはずだ。馬上から左右を見回し、鎮漣は胸を衝かれた。
 童の頃から見知った顔ばかりだ。二十年以上、ともに戦ってきた兵たち。その親兄弟が、どの戦場で散っていったのかも、全て覚えている。崇久寺の卒塔婆の場所さえも、鎮漣は覚えていた。慕われるほどの器はない。せめて、忘れない。それが、彼らを死地へ追い立てなければならない己の務めだと思っていた。
 不安げな視線の束を、全身で受け止めた。
 幔幕までは百歩の場所で、老いた兵が一人、鎮漣の前に立ちはだかった。もどかしげな顔だ。その左に老兵が一人増え、右にまた一人増える。宗雪の傍で本陣を護ってきた精鋭たちだ。その数が二十を超えた時、幔幕が左右に開いた。
 篝火の灯りが、白髪の老将を照らしていた。
「何をしておる。散らぬか。鎮漣が通れぬであろう」
 宗雪の声は、驚くほど小さい。ここ五年ほど、戦場には立っていない。かつて見た偉丈夫とはかけ離れた、父の老いた姿に、鎮漣は手綱を強く握りしめた。
 老兵たちと、睨みあうような格好になった。
 みな、大友家に忠誠を誓う宗雪と、それを愚かと言い切る鎮漣の仲の悪さを知っている。鎮漣が龍造寺家に通じているという噂は、柳川にも流れている。もしかすると、鎮漣が宗雪を討ちに来たとでも思っているのかもしれない。
「話し合いに来ただけだ」
 それでも動かぬ老兵に、鎮漣は腰の太刀を抜き、放った。
「落とすなよ」
 そう言うと、鎮漣は下馬し、老兵に向かって歩き出した。歴戦の兵たちが、気圧されるように左右に分かれた。
「父上」
 宗雪の正面に立った。左右には、煌々と焚かれる篝火が二つ。ぱちりと弾ける音が、夕暮れの静寂を乱している。
「このまま、柳川に帰還されますよう」
 鎮漣が何を言うかは予想していたのだろう。慌てることもなく、宗雪が口を開く。
「愚かなことを言うではない」
 右手に持った扇は閉じられたままだ。
「御屋形様の命は、柳川全軍をもって日向に押し出ることじゃ。大友家を主といただく我らは、その命に従わねばならぬ」
「今、柳川蒲池家の当主は私です」
 宗雪が眉間に皺を寄せた。
「だとすればいかにする」
「たった今より、我ら柳川蒲池は大友と手切れいたします」
 周りの兵に聞こえるように言い放った。動揺が広がり、束の間でどよめきに変わった。大友家の軍監だろう。血相を変えて飛び出してこようとした者たちが、統光率いる兵たちに押しとどめられた。
 その様子を見まわした宗雪が、白髪を掻いた。
「鎮漣。何を言っておるのか分かっておろうな」
 こちらの腹の底を震えさせるような声だ。老いたとはいえ、筑後筆頭と謳われる宗雪の声には、聞くものをひれ伏させる威厳がある。己を叱咤し、鎮漣はまっすぐに宗雪を見つめた。
「この戦、大友は敗れます」
「戯言を申すな」
「戯言ではございませぬ。伴天連の国を夢見る大友宗麟を、多くの将兵が見放しています。日向の寺社も敵に回ります。田北殿や佐伯殿ら歴戦の将が揃っているとはいえ、指揮を執るのは大戦の経験の無い田原殿。島津は家久や義弘といった戦巧者を、当主義久が率いています。天の時、地の利、人の和の全てが敵にある。勝負は、始まる前についています」
 軍を率いる者は、兵を不安にさせてはならない。初陣の時に父に教えられたことだ。辺りを見回すと、不安そうな顔をする蒲池兵がいた。
 兵たちの喧騒が静寂に変わり、鎮漣の言葉を聞こうと耳を立てている。
「蒲池は外様です。戦場では死地に立たされましょう。三千の兵のうち、どれほど生き延びられましょうか」
 愚かな戦に巻き込み、死なせるわけにはいかない。歯を食いしばった鎮漣に、宗雪が刀を抜いた。
「お主が、これほど愚かだとは思わなんだ」
 吐き捨てるような言葉が、篝火の弾ける音をかき消した。
「我ら蒲池家は、大友家の厚恩により財をなし、筑後の旗頭と認められるまでになった。たとえ形勢の劣った戦であろうと、命を惜しむことなど許されぬ。義を失えば、武士は人にあらず。ただの浮雲のように消えてなくなろう」
 老いてから、久しく聞いていない大音声だった。三千の兵たちも唖然として、大友家の軍監たちも呆然と宗雪を見ている。
 扇が開く音が聞こえた。
「鎮漣。儂は、儂の義を通さねばならぬ。それが大友のもとで蒲池家を守る術じゃ」
 宗雪の言う義とは、ただ綺麗な夢に過ぎない。絵巻物に出てくる英傑の輝きのようなものだ。義心、鉄の如し。誰もが、宗雪をそう称賛する。だが、その称賛の陰に流れた夥しい血の量は、誰も口にしない。
 槍で腹を裂かれ、零れ落ちた臓物で転ぶ兵がいる。泣きながら、自らの父や子ほども歳の離れた敵を突き殺す。戦場となる地では、女子供は勝者に連れ去られ、異郷で死ぬまで働かせられる。戦働きの称賛とは、まさに無惨な現実を糊塗するものでしかないのだ。
 宗雪への称賛は、そうすることが都合の良い者によるものでしかない。権勢ある者に踊らされているだけだ。
「義心鉄の如し。弱者を救い、どこまでも一途な忠誠を尽くす。父上に畏敬を抱く者も多い」
 周りを囲む老兵を見やり、鎮漣は声を落とした。
「彼らはここに残るでしょう。共に死のうと。だが父上、貴方はその事実を肝に銘じるべきだ。貴方に従う者を死なせるのは、貴方自身であると。父上の生き方は、多くの民の死に様でしかない」
 蒲池宗雪の誇りを汚すような言葉だ。父の顔がひび割れたような気がした。だが、それも束の間でその顔からは、表情が消えた。
「それが儂の義じゃ」
「ゆえに、大友宗麟を助けると?」
 聞き返した言葉に、宗雪が目を閉じた。どこか寂しげに感じたのは、なぜなのだろうか。不意に、宗雪が諦観を滲ませて笑った。
「兵に聞くがよい」
 そう呟くと、宗雪が背を向けた。
「来るな」
 追いかけようとした鎮漣を遮るように、宗雪の鋭い声が響いた。
 翌、払暁。柔らかな光の中で、宗雪が騎乗した。
 老兵に支えられ、一人では馬に上ることもできない。その背に、鎮漣は強く拳を握った。殴ってでも止めるべきではないのか。だが、それをしてしまえば、宗雪の生涯全てを否定することになる。宗雪に賭け、死んでいった者たちをも否定することになる。
 たった一人の父だとしても、ここで見捨てなければならない。
 老いた父が、出立を命じた。小さな、背中だった。
 拳から血が滲んでいた。
 宗雪についてゆくことを決めたのは、八百の古兵だった。傍には、統光の父もいる。若い頃から、宗雪とともに戦場を駆け、生き延びてきた者たち。無数の友の死を見てきた者たちだ。二千二百の兵は、鎮漣に従うことを選んだ。
 父上、これが答えでありましょう。
 言葉にすることはせず、鎮漣は朝陽の中に消えてゆく父を見送った。
 兄の鎮久が口を開いたのは、柳川領に戻った時だった。新しくなった城下の御二橋を渡った時、不意に兵が崩れ落ちるように泣きだした。
「殿」
 怪訝に思った鎮漣に声をかけたのは、鎮久だった。
 空を見上げる兄の横顔には、悔しげな表情が映っていた。
「父上を止められなんだ」
「兄上が気に病むことではありません」
「違うのだ」
 苦しげに鎮久がこぼした。
「兵を柳川へと戻したのは、父上だ」
 思わず、鎮久へ身体を向けた。
「殿の想いを、父上は分かっていた。柳川に戻ってきた隊は、殿が来る前に父上に言い含められておったのだ。殿と共に柳川に戻るようにと」
 ならばなぜ、父は戦場に向かったのだ。
 鎮漣の思いを見抜いたように、鎮久が息を吐きだした。
「人身御供がいる。父上はそう笑っておられた。殿が行く道に、味方はおらぬ。もしもこの先、柳川蒲池が大友の大樹の陰に戻らねばならなくなった時、蒲池宗雪の死は、大友が柳川を許す由となる」
 鎮久の言葉に、絶句した。
 身体の芯から熱くなってきた。鼓動が速くなる。愚かだ。父も、その心を見抜けず罵倒した自分も。すんでのところで洩れかけた言葉を、鎮漣は飲み込んだ。
 幔幕の前で、鎮漣を遮った老兵の顔が浮かんだ。
 童の頃、鎮漣にこまを教えた者がいた。鎮漣を背に乗せ、畳の上を駆けてくれた者がいた。みな、宗雪の想いを知り、鎮漣のためになるならばと、父とともに死ぬことを覚悟していたというのか。
 鎮久が頭を下げ、鎮漣の前に出た。
「風邪を、ひくな」
 唐突な言葉だった。
「父の遺言だ」
 そう言って鎮久が歩き出した。
 一人で道を行くことなどできない。気づかぬ陰で、誰かの支えがある。歯を食いしばり、涙が零れぬよう、鎮漣は冷たい空気を呑み込んだ。
 凶報が届いたのは、それから一月後のことだった。
 筑後には珍しく、雪の降りしきる日だった。
 大友家の大敗は、天が崩れ落ちたがごときものだった。
 十一月十一日──。
 朝焼けとともに、戦は始まったという。高城川を押し渡ったのは、大友軍の先鋒田北鎮周。総大将田原紹忍の指示を無視した突撃だったという。
 田北勢に後れを取るまいと、佐伯、斎藤、臼杵、角隈ら諸将が凍るような川に、水飛沫をあげて突貫した。大友軍四万による突撃は、鬼神も避ける勢いだった。島津軍の前衛を粉砕し、中央に構えていた島津義久はたまらず後退していった。
 だが、それこそ義久の策だったのだろう。
 大友全軍を巧みに誘い出し、陣列が伸びきったところで、左右に埋伏していた島津軍が襲い掛かった。三方から攻められた大友軍は、田北、佐伯は雑兵の槍に斃れ、大将格の武士は十一人まで討ち取られた。数千の大友兵の骸によって、川は堰き止められたという。
 大友軍が総崩れとなり、薩摩兵が悪鬼修羅のごとき顔で追撃する中、二万余の島津軍を止めたのは、わずか八百の軍だった。
 白髪に兜を戴いた老将は、河水を一文字にうち渡り、島津義久めがけて進んだという。火の玉のような凄まじさであり、百が死に、二百が死に、ついに手勢が八十を数えるほどまでに減ってなお、その老将は島津義久を睨み、その死まで島津勢を食い止めた。
 見事な死に様であった──。
 島津家から届いた書簡には、父の生き方が記されていた。
 その書簡を火にくべ、その傍で鎮漣は檀風と呼ばれる猿楽を舞った。殺された父の仇を討つ男の物語だ。壁際では、五歳になった徳姫が玉鶴姫に抱かれて、鎮漣を見つめている。
 ふっくらとした頬は、玉鶴姫によく似ている。
「私は、逃げぬ」
 父の仇は、戦の世そのものだ。であるならば、この世のどこにも逃げ場などない。
「徳よ。私の姿を見よ」
 成長した先で、鎮漣を恨むことになるかもしれない。普通の父らしいこともしてやれないだろう。それでも父の姿を、その瞳に映しておきたかった。ずっと先の世で、鎮漣の姿を思い出し、許してくれるかもしれない。不意に思い出したのは、己の才を憾む戸次ぎん千代の姿だった。
 十一月十九日──。
 兜の緒を締め、鎮久は玉鶴姫から太刀を受け取った。柳川の城下をまっすぐと北へ進み、鎮漣は馬上の人となった。筑後川まで、半刻ほど。
 銀色の煌めく槍の穂先は、万余を数える。
 日足紋の旗指物が延々と連なり、悠然と川を押し渡ってくる。
 名高き四人の将が左右の軍を率い、中軍には、龍の御者と謳われる鍋島孫四郎の姿が見える。その武者姿を見たのは、久方ぶりだ。かつて麒麟児と呼ばれ、童だった鎮漣に、憧れさえ抱かせた男だ。鎧姿が似合っている。
 戦場を住処とする者たちの中央に、日輪を抱く龍がいた。
 肩衣を片肌脱ぎにして、粉雪の中に笑っている。曇天から差し込む一筋の光が、ただ男一人を照らしているようにも見えた。
 天が、龍造寺隆信に微笑んでいる。
 鎮漣の瞳に映ったのは、天下を切り従えようとする龍造寺隆信の大軍勢だった。

 

(第15回につづく)