「じゃあ、肝心の白糸から話を聞こうかい」
来合の意向を受けて、楼主が先に立って案内しようとする。
先に出た室町に続こうとした来合は、ふと思い立ったように足を止め、同行しようとした善次を振り返った。
「ああ、お前さんはそこの伊助と一緒に、この部屋へ余計な者が近づかねえように張り番しててくれるか」
死人の横たわる部屋に岡っ引きと二人で残されることへ抵抗を覚えなかったわけではないだろうが、お役人からの命である。
楼主に目で問うても、見世の者がこの場に残ることで避けられる騒ぎもあろうことから異論は口にされなかったし、善次は気が進まないながらも来合の指示に従うことにした。
そうして廊下をしばらく歩いた来合は、今度は先に立つ楼主を呼び止めた。
「そういや、白糸は死人さんを見て腰ぃ抜かしたって言ってたなぁ──じゃあお前さん、先に行って白糸が落ち着いたかどうか見てきちゃくれねえか。おいらたちゃあここいらで待ってるから、大丈夫そうなら呼びにきてくんねえ」
来合から示されたのはありがたい配慮ではある。楼主は承諾して、白糸を休ませている内証(遊郭などでは楼主の居間や帳場のこと)のほうへ独り先行することにした。
二人だけで女郎屋の廊下に残る格好になった室町は、近くに聞き耳を立てる者がいないことを確かめてから来合に語り掛けた。
「お前さんも、段々とそれらしくなってきたようだねえ」
「え、何のこってす。急にどうしました」
気を張る現場で関わりのなさそうなことを突然言われた来合は戸惑った。
「以前のとおりの猪武者だったお前さんなら、訊きてえことにどこまでも真っ直ぐ突っ込んでったろうに、今度ゃあ二度まで我慢できたからよ」
室町が言っているのは、殺しのあった部屋に入ってすぐ、「三哲のことをよく知っているのか」との問いへの善次の答えが一拍空いたときと、振られた翌日も三哲が居続けをするという妙な行動を取ったことへの楼主の返答が不審を覚えさせるようなものだったことの二度、すぐに追及せずにいったん流した聞き取りのやり方についてだった。
覚えた不審に脇目も振らず真っ直ぐ突っ込んでいったなら、言を左右にして誤魔化されていたかもしれない。来合は素知らぬふりをして別な問いを発しながら徐々に言質を取り、言い逃れができぬようにしてから核心へ迫っていったのだ。
「先達の教えがよろしいもんで」
珍しく真っ直ぐ褒められたことに照れた来合がそう返した。
「で、どう見た」
口調を改めて真面目に問うてきた室町へ、来合も表情を引き締めながら己の考えを口にする。
「三哲は夜具ん中で横になったまんま刺されたように見えました。掻巻が体から半分撥ね除けられてたなぁ、刺されたことで苦しがって自分でやったように見えねえこともねえですけど、それじゃあ刺したほうはどう犯ったかってことになります」
「つまりゃあ、夜具の外からじゃなくって同衾してた相手が三哲を刺したから死人さんはあんな格好だったし、刺した者が急いで抜け出そうとしたんで掻巻は半分捲れるようんなったと」
「はい──そんで、死人さんの格好からして横向きに、刺したほうと向かい合って寝てたんだろうと思えますし、着物があんまり乱れてねえことなんぞからしても、二人して横んなってほどなく刺されちまったんじゃねえでしょうかね」
来合の推測に室町は頷いた。
「その辺りの見立てはおいらもおんなしだ」
先達の考えと違っていなかったことに、来合はほっとする。
「じゃあ、やはり殺ったなぁ白糸」
「ちょいと妙だと思えちまうとこも残ってるがな──夕刻に二度目の顔出しをして騒ぎんなったときゃあ、もう死人さんは冷たくなってたようだから、殺ったなあそんときじゃねえ」
室町の判断の根拠が、白糸が二度目に向かってから悲鳴が上がるまでときがなかったという以外に、もう一つあるということだ。
来合とともに到着したときには三哲の屍体がすでにかなり強張っていた(死後硬直)のである。いくら真冬で寒さが厳しいとはいえ、夕刻に白糸が刺し殺したにしては強張りが出るのが早すぎた。
室町が続ける。
「そうだとして、三哲の昼飯後に詫びのため顔ぉ出したってえ一度目のときかってことんなると、善次が襖一枚隔てたそばで中の様子を窺ってたのにそんなことができたかってえのは、首ぃ拈らせられるとこだな。善次が嘘ぉついてるのか、あるいはその二回の間に、見世の者に気づかれねえように白糸が三哲の座敷に忍び入ったのか……」
「そいつも、これから当人に訊きゃあ判るでしょうよ」
「まあ、そうだな。当人とご対面もしねえうちに決めつけんなぁ確かに早計だな」
来合の意見を室町があっさり認めたところで、楼主が二人を呼びにきた。
楼主に応じて表情を変えることなく再び足を進め始めた二人は、こたびの一件で一番の勘どころとなりそうな尋問を前にして、密かに気合いを入れ直していた。