三
来合は、息を一つついて聞き取りに意識を向け直した。視線を善次へと移す。
「まあ、三哲がここいらでやってたことは判った──じゃあ、白糸がその三哲へ挨拶に行ったときに、隣の部屋にいたお前さんが耳にしたことぉ話してもらおうかい」
善次のほうもすでに隠し立てをするつもりはないようで、すらすらと話し出した。
「へい。詫びを言いに顔を出した白糸さんに、三哲さんは散々嫌味を並べ立てておりやした。白糸さんは何を言われても受け流しておりやしたが……」
「嫌味ってなぁ、どんな?」
「金で買われる身でとか、こんなまねをしてよく面を出せたなとか、そんな話で」
おそらくは感情を押し殺しているのであろう善次が淡々と答えたのに対し、来合は内心で顔を蹙めた。
「間夫になろうって言い寄ってる相手にそれかい」
へえ、とのみ応じた善次の態度を見ると、三哲はいつもそんな様子だったのかもしれない。あるいは──
「内心じゃ、もう白糸のこたぁ半分方諦めてたのかもしれねえな」
何気ない呟きに善次が反応した。
「そういやあ白糸さんの立ち去り際に三哲さん、どんな言い回しだったかまでははっきり憶えちゃいませんけど、『もうお前じゃなくったっていいんだ』みてえなことを吐き捨ててましたけど」
「そんで、白糸は相手にせずに座敷を出たか」
「へえ。構ってたって仕方がねえですから」
ふと思いついた来合が、別な問いを挟む。
「白糸に、ホントは別に間夫がいるなんてことは?」
「いえ、そんな野郎はいねえはずです」
「嘘じゃあるめえな」
睨みつけた来合に、善次も楼主もコクコクと頷いた。
女郎が間夫を作ることを、原則的に女郎屋は嫌う。女のほうが本気になれば他の客の扱いが雑になるし、噂が広まれば人気が落ちて売り上げが減るからだ。
間夫ができてしまったら別れさせようと説得はしても、聞き入れなければ商売に手を抜くことなどないよう気を配りながらも、やむをえずそのままにしておくだろう。しかしこたびのようなことが起きたら、水を向けてきた来合へ「これをきっかけに別れてくれれば好都合」とばかりに「こいつが怪しいかも」と告げ口してくるのが当然なのである。
見世が間夫を歓迎するとすれば、三哲がやろうとしたように「身請けする」と見世へも宣告して、金銭面で十二分の補償を約束する場合ぐらいであろう。まあ、どうやら三哲にそんな誠意はなかったようだが。
見世が庇い立てしたくなるほどのお大尽が白糸についているということもあり得なくはないが、来合に散々脅しつけられたばかりであるし、殺しが絡んでいるともなればさすがに町方の心証を悪くするような虚言は吐くまい。嘘がバレれば、庇おうとしたお大尽に却って大きな迷惑を掛けることになりかねないのであるから。
いちおう納得した来合は、とりあえず追及をやめた。
「それから、その後は」
三哲の屍体が見つかるまでのその後の経緯を促した来合に、今度は楼主が返事をした。
「三哲様は、ご自分でおっしゃっていたようにその後も部屋からはお出になりませんでした。で、夕刻になりましたのでさすがに放っておくわけにもいかず、もう一度白糸を向かわせましたので」
「今度はきちんと相手させるつもりでかい」
「当人は気の進まぬ様子でしたが、相手はお客でございますし」
「それで、こんなんなってる三哲を白糸が見つけたと」
「座敷へ向かってすぐに白糸の悲鳴が上がりましたので、駆けつけてみたところがこの有り様で」
「昼飯後に詫びぃ入れるときは先にこの善次を向かわせたってこったが、夕刻にゃあそれをしなかったのかね」
「詫びやお断りではございませんでしたので」
「それでも、詫びに行ったときのこともありましたんで、気ぃつけるようにゃあしてたんですけど。だから白糸さんの声が上がったとき、すぐに向かうことができました」
横から、善次が楼主の話に付け加えた。
まあ、相手を怒らせていることでもあるし、女郎が部屋へ入った後にやることを考えれば、直前にむさ苦しい野郎が顔を出しても興醒めさせるだけだろうという気遣いは得心できた。
「今日、白糸がこの部屋へ入った二度の間で、他に中へ入った者はいねえのかい」
「これから確かめてみますが、白糸が詫びに行く前、中食の膳を下げに入った者が三哲様より『白糸以外の余計な者はよこすな』と言われておりましたので。手前どもから部屋へやった者はおりません」
「お前さん方が駆けつけたときにゃあ、部屋ん中はこの有り様だったと」
「入り口で白糸さんが腰を抜かしてた以外は、そのとおりで。三哲さんに声を掛けて息があるかどうか確かめはしましたけど、それ以外は何も動かしちゃおりやせん」
善次の言葉へ楼主が何も言わないのは、同意しているということだ。
来合は連れの室町をちらりと見たが、こちらも口を開かなかった。つまりは、今のところもう二人に訊くべき疑点は残っていないということになる。
なら、次にやるべきことは決まっている。