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 及川の表情を見たのか、七星が「よろしければ、こちらのお荷物に関して、説明させていただきます」と言いだすので、「ちょっと待ってて」と外で待たせておいて、玄関の布団を丸めて隅に突っ込んだ。踏み台用の丸椅子と脚立を持ってきて、玄関に置く。及川は脚立に腰掛けた。
「どうぞ」と言っても、まあ玄関にしかスペースは無いのだが、七星はかなり驚いたようだった。それはそうだ。この部屋には家具もなければ、生活空間は、ほとんど転売用の商品で埋めつくされている。荷物の種類はその時々のトレンドで大きく変わる。今月は、限定品のプラモデルと新発売のゲーム機の箱がみっしりと積んである。
 荷物は奥からトイレと風呂をつなぐ通路だけけて、それ以外は玄関のすぐ脇までうずたかく積んである。巷では品薄で有名な、話題のゲーム機の箱が、天井まで届きそうに積んであるのに目を留めたのか、七星がまじまじと見ようとするので、あわてて「商品だ触るなよ!」と言う。
 七星はしゅんとなって、「すみません……」と小さくなっている。及川は仕入れた商品を高く売るため、外箱にもいたみがないように、いかに自分が気を遣っているかを、とうとうと七星に説明した。
「――というわけで、俺の所は、欲しい人間に希望のものを届けるという、小さな商社なんだから、そのつもりでいるように」と仕事の説明をして締めくくったら、七星は、「はい」と頷いた。人の欲望をいち早く嗅ぎ付けて、一気に買い占めるのが俺の商い。砂金が出る川の、ゴールドラッシュもこんな風だったのかもしれない。当時のアメリカにいたら、絶対砂金を掘っていた。砂金を掘って何が悪い。現代の砂金は物流の川の中にあんだよ、と及川は思っている。
「で、何だっけ。そうだ、荷物だ。俺の所に、荷物が来てるっていう……遺品だって? 何、尾崎さん死んだの?」
「ええ。お亡くなりになりました。趣味仲間である、及川さまに、お譲りしたいものがあるということで、伺っています」
 趣味仲間ねえ? 
 尾崎一義は、及川がカモだと思っていた相手だった。
 一時、カメラ転売がアツいと聞いて、ちょっとだけ手を出したことがある。たまたま尾崎とオークションサイトでカメラを取引したあとに、及川は丁寧なお礼メールを送った。それは文例の中に適当に言葉をあてはめただけの、言ってみればテンプレートのお礼だったのだが、及川は、こういうことにかけては、まめな性格だった。お礼メールくらいで人に取り入ったりできるならお安いものだ。そんなわけで、律儀で信用がおける、人が良さそうに見えて、かつ賢げな文例だけはたくさん準備していた。そのときも、取引されたカメラがいかに憧れのカメラであったか、昔、父親が使っていたなどの嘘八百の思い出を長々と綴り、この憧れのカメラが手に入れられて本当に嬉しいです。ずっと大事に使わせていただきます、と文を締めくくった。
 その尾崎からまた返信が来た。どうやら気に入られたらしい。それからは、オークションサイトを介さずに、メールアドレスで直接やりとりした。カメラはどれも状態が良く、人気もあるものだった。最初に軽く、値段の交渉こそあるものの、どれも相場から言うと破格だった。よくよく考えると、二十台以上、カメラを格安の値段で購入していたことになる。そのたびに、嘘の思い出をいろいろひねり出しては、丁寧なお礼を書いて送った。
 ちなみにカメラは、荷物が来たその日のうちに、別のフリマアプリで値段を二十倍や三十倍にして売り払ったので、手元にはもう一台もない。
 そういや爺さんのカメラ、最近来ねえなと思っていたところだったのだ。

 及川は、七星から荷物を受け取ってみる。
 荷物の段ボール箱自体は、そう大きくないが、ずっしりとしている。開けたら几帳面に、緩衝材で何重にも巻かれたものが出てきた。そうだ。いつだって尾崎は梱包をきっちりしていて、いかにそのカメラを大事にしてきたかが伝わってくるようだった。輸送中、何があっても傷など付くことのないようにと。
 一枚一枚、緩衝材を剥がして行くにつれ、心拍数が上がる。
 真っ黒で、重みがあり、堅いもの。
 それは予想通り、一台のカメラだった。
 しかも――カメラと言えば誰でも知っているであろう、かの名機、ライカだ。
「ちょっと待って! これもう俺のものなの? 俺の? 所有権は俺のもの? 後から返せとか言われない? 絶対?」
 ライカを抱えながら声がうわずる。
「ええ、これは及川さま宛の贈り物で――」
「マジで! もうこれ俺のなの? ちょっと待って」と何か言いたそうな七星を制止して、そのライカを売ったらいくらくらいになるものなのか、大手カメラショップでの買い取り価格を、スマートフォンで急ぎ調べ始めた。調べ終わったら今度はレンズだ。
 手が震える。
 これ、ライカはライカでも、ただのライカじゃない。レアもので、めちゃくちゃ高いやつだ……。
 とりあえず、ボディは百万以上で販売されている。レンズも入れると二百万近い。いや、もっとか?
 俺にも運が向いてきた。
 知らないうちに笑っていたらしい。怪訝な顔でこちらを見ている七星に「いや、これね。ちょっと調べることがあって」と、ごまかす。「で、何だっけ」
「お荷物は、カメラの他に手紙もあります。あと、他にも一点」
 七星の顔を見ていて、ふと気になった。「ところで天国宅配便って、こういう遺品ばっかり届けている宅配便なの? 他の宅配はなし?」
 七星は、「はい、そうです」と言う。
「でもさ、そんなんで採算取れてるの。宣伝出してるの? どこに?」と質問攻めにすると、七星は困ったような顔をしながら、曖昧に受け流す。
「その仕事、面白いの?」言外に、そんな仕事より、転売の方がよっぽど儲かるけどな、という含みを持たせる。
 七星は、静かな笑みを浮かべてこちらを見た。
「ええ。わたしの大事な仕事です。お客様の最後の荷物を運ぶことで、その方の、人生最後のお供ができるような気がします」
 ふうん。及川は思う。人生最後のお供ねえ?
 七星が帰ってから、このカメラは、どこで買い取ってもらったら一番買取額が高いか、もしくはオークションサイトでは、どのくらい落札価格が上がるかをさんざん調査して、ある程度の目星を付ける。そうだ、手紙の他に、何かもう一点あったことを思い出した。
 一応読んどくかと、先に手紙を取りあげる。
 やはり、爺さんの字はきっちりしていたが、それでもどこか弱々しいような気がするのは、遺品に同封されていた手紙だと知ったからだろうか。

 ――及川様 突然の荷物に驚いたことでしょう。このカメラを及川さんにお渡ししたくて、天国宅配便なる宅配業者に頼むことにしました。及川さんと私とは、カメラの趣味も好みも、とても似ています。やりとりができて、とても楽しかった。同好の士がいるというのは、とても嬉しいことです。

 けっ、と及川は思う。嬉しいには違いない。こっちは爺さんのおかげで、ずいぶん懐が潤ったからな。

 ――あなたのもとに行ったカメラたちが、この空の下、どんな風景を撮っているかと思うと、病床でも愉快な気持ちになります。

 あいにく、もうカメラは全部売っぱらっちまった。いいものが多かったから、今ごろ値段をつり上げられながら、転売屋の間をぐるぐる回っているだろうよ。

 ――どれも思い入れのあるカメラばかりでした。最初の一台は、息子の剛史たけしが生まれたときに買ったものです。剛史は身体が弱く――

 そこまで読んで、ふと及川は思う。息子はどうなった? カメラの値段も値段だ、息子がいるなら、こういうカメラはまず息子に譲るものじゃないのか? と思ったのだ。
 その後も、妻が事故で亡くなったことが書かれていたり、息子の思い出がいろいろと綴られていたりしたが、気になるのは、なんでひとり息子にこの高価なカメラを譲らなかったのか、ということだ。