三
小姓たちが、江戸城本丸奥御殿の庭で虫捕りをしている。国松が、連れ出したのだ。
鈴虫や蟋蟀など、季節の音色を楽しめる虫を捕らえては、籠に入れていく。その国松と小姓たちの姿を、竹千代は、簀子縁に座して、眺めていた。先ほどまで、忠俊と馬術の稽古をしていた竹千代は、すっかり疲れきって、はしゃぐ国松と小姓たちの姿をぼんやりと見ている。
竹千代の肩を、乳母の福が「お稽古、お疲れ様でございました」と揉んでいる。
「まあ、こんなに肩がこわばって。さぞ、手綱を持つ力を込めたのでしょうね」
竹千代は「うん」と頷くと、傍らに控える忠俊をちらと見やって、気まずそうに言う。
「大きな馬だったから。今までは、おとなしくて小さな馬だったのに、忠俊が〈荒馬をも乗りこなせるようにならねば〉と言って」
その言葉に、福は眉間に皺を寄せた。
「なんということでしょう。万一にも落馬してお怪我をなさったら、一大事にございましょうに。今度から、私も馬場に付き従いましょう」
それを聞いて、忠俊は、咳払いをして言った。
「乳母が馬場まで付き従うなど、聞いたことがないのだが」
「乳母が馬場に同行してはいけない掟でも?」
睨み合う福と忠俊に、竹千代は、話をそらそうと、国松たちのことを指して言った。
「ああ、あんなにたくさん捕らえては、可哀そうだな。虫の音を楽しみたいのなら、一匹か二匹、捕らえれば十分であろうに」
すると、福は「まあ」と微笑んだ。
「竹千代様は、お優しい心をお持ちですね。素晴らしいことにございますよ」
福の言葉を聞きながら、忠俊は、馬場での竹千代の様子も思い出して、深い嘆息をしてしまった。竹千代と福の耳にも届いたであろうが、構うものかと思った。
竹千代は、大きな馬を怖がって、近づくことすらできなかったのだ。なんとか担ぎ上げるようにして馬に跨らせたものの、結局は、忠俊が轡を持っていないと、前進できなかった。
(これで、将軍がつとまるとは、とても思えん)
戦場では、騎乗したまま槍や太刀を振るい、敵と戦うのだ。弓を扱う時は、両手を手綱から離して足の力だけで跨って駆け抜ける。それが、武士に求められる能力だというのに。
同じく馬場で稽古していた国松の方は、一人で颯爽と馬を駆って、稽古に付き合う小姓たちの賞賛を浴びていた。そうして今も、疲れを微塵も見せることなく、虫捕りを楽しんでいる。
多くの家臣が、竹千代ではなく国松を将軍後嗣に、と望んでいる。諸大名の頂に立ち、天下を統べる将軍だ。戦となれば、徳川家臣団はむろんのこと、諸大名たちを従えて、戦場で采配を振る立場だ。兄弟の年功序列ではなく、実力のある者が将軍の座につくべきなのは、明らかだろう。
福とて、そのことを認識していないとは思えないのだが、将軍後嗣にふさわしきは竹千代様、という姿勢を崩さない。
(これだから、戦場に出たことのない女子は……)
苦々しく福を見てしまう。竹千代が後嗣にふさわしいなどと言っていられるのは、戦の厳しさを知らぬゆえであろう。歴戦を経た家臣たちならば、将軍には勇敢な者がなるべきだと思うはずだ。
「竹千代様も、こちらにおいでくださいませ!」
小姓の稲葉正勝が、竹千代を手招きした。茂みの向こうに、何かを見つけたのだろうか、国松と小姓たちが、寄り集まって、楽しげにのぞき込んでいる。
竹千代が、福を見上げる。
「福が一緒なら、行く」
竹千代の言葉に、傍らで聞いていた忠俊は、頭を抱えたくなる。福は、微笑した。
「かしこまりました、福も参りましょう」
福は竹千代とともに、正勝の方へ近寄った。忠俊も黙したまま付き従った。
「いったい何ですか?」
福が尋ねると、正勝が白い歯を見せて笑った。
「立派な蟷螂が、狩りをしております!」
正勝が指し示した方を見た福は「まあ」と目を見開いた。と同時に、竹千代が、庭中に響くほどの悲鳴を上げた。
大蟷螂が雀を襲っていた。
今年巣立った雀なのだろう、羽もまだ柔らかい色をしている。その雀の体を、蟷螂は大きな二本の鎌でがしりと捕らえて離さない。憐れな雀は鎌から逃れようと羽をばたつかせているが、暴れるほどに鎌は食い込んでいく。
国松はむろんのこと、小姓たちも怯える者は誰もおらず、強きものが弱きものに喰らいつくさまを楽しんでいる。
ところが竹千代は、真っ青な顔で福にしがみついた。
「福っ! お願い、助けてあげて!」
竹千代が怯えていることに気づいた正勝が「竹千代様?」と困惑した。国松も周りの小姓たちも、あきれたような目を向ける。
懇願する竹千代に、福は微笑を崩すことなく「かしこまりました」と宜う。それを、忠俊は強く制した。
「待たれよ、お福殿!」
忠俊は一歩前に進み出ると、福と対峙した。
「お福殿が手を出して、雀を助けてやることは容易い。だが、思えばこれまで、竹千代様が無事に育つことだけを優先して、全てのことを甘やかしてきたがゆえに、竹千代様は気弱なままなのではないか」
「何を申されますか」
目をつり上げた福を、忠俊は無視して、竹千代の前に跪いた。
「あの雀が憐れだと思うのならば、竹千代様、どうぞ、自らの手でお救いなさいませ」
「私の手で……?」
竹千代は、怯えきった目で蟷螂を見やる。そうこうしている間にも、雀の声はだんだんと弱くなっていく。
「竹千代様、さあ! このままでは、雀は喰われて死にますぞ」
忠俊は、声を厳しくして言った。竹千代は、怯えつつも手を伸ばそうとするが、その手はすぐに引っ込められてしまう。
「できないよ、だって……代わりに私の指が蟷螂に喰われてしまいそうだもの」
忠俊は、ため息が出てしまった。竹千代の目にみるみる涙がたまった。
「忠俊は、どうしてそんなに厳しいの」
「どうして、と申されましても」
竹千代のためを思って厳しいことを言ったのに。これではなんだか、こちらがとてつもなく酷いことをしているようではないか。
すると、竹千代は、今度は正勝の方に助けを求めた。
「正勝、あの雀を……」
忠俊は、ならぬぞ、と目で制した。正勝は「はい……」と気まずそうに返す。周りの小姓たちは、竹千代がどうするのかと、窺うように見るばかり。
その時、国松の高い声がした。
「兄上! ならば、この国松が助けてあげましょう」
国松は少しも躊躇いを見せずに、蟷螂の体を掴んだ。国松に摘まみ上げられた蟷螂は、雀から引き離され、雀は命からがら羽をばたつかせて逃げ去った。
「ははは! お前のような大喰らいは、こうしてくれるわ!」
国松は笑って、蟷螂を思いっきり地面に叩きつけると、足で踏みつぶした。
あっけなく圧死した蟷螂の姿に、小姓たちも声を上げて笑った。だが、竹千代は「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、固く目を閉じ、福の打掛を握りしめたまま震えていた。
だんだん、国松と小姓たちの笑い声が、忠俊の耳には、竹千代に向けた嘲笑のように聞こえてくる。福は、震える竹千代の肩に手を置き、笑う小姓たちを睨みつけた。正勝だけが、笑うことをせず、うつむいていた。
そこに、凛とした声が響いた。
「天下を統べる将軍にふさわしきは、一目瞭然であるな」
「母上!」
国松は、満面の笑みを見せた。簀子縁に、鮮やかな菊模様の打掛姿の江が、侍女を従えて立っていた。
(江様、いつの間に……)
忠俊は、すぐさま江の方に体を向けて低頭した。福も、その場に跪いた。周りにいた小姓たちも、敬意を示して次々と跪く。
「滅びるものは全て、弱きゆえ」
江は、跪く者たちを前に、朗々と言った。
「諸大名を臣下に従える将軍は、強く勇ましくなければ。弱き者を戴けば、滅びるのみ。のう、そうであろう?」
同意を促す江に、小姓たちは「仰せの通りにございます」と声をそろえる。江の誇りに満ちた言動に、忠俊も思わず感嘆の息を漏らした。
(さすがは、織田信長様の姪姫よ)
そう思わずにはいられない。誇り高き戦国の姫君の血が、江の立ち姿や言葉には満ち溢れている。
「強きものが弱きものを制す、それがこの世の常なのです。それは虫けらとて同じこと」
「はい!」
国松が明るく返事をする傍らで、竹千代は福の背に隠れるようにしてうつむいていた。江は、ちらとそれを見やって言った。
「竹千代、今、ここで跪く小姓たちは、そなたが元服した後は側近の家臣として仕える者たちぞ。その者らを前に、虫けら一匹殺せぬとは、情けない。恥を知りなさい」
竹千代はうつむいたまま、何も言えない。それを庇うように福が口を開く。
「江様、竹千代様は……」
「お黙り!」
ぴしゃりと江は言った。二人はそのまま睨み合い、場が張りつめる。
不意に、国松が、虫籠を掲げて、明るい声を上げた。
「ご覧ください、母上に楽しんでいただきたくて、こんなに捕らえました! 今宵は、虫の音がお部屋中に響きましょう」
途端、江の表情がやわらぐ。
「まあ、嬉しいことを」
機転をきかせて場の雰囲気を変えた国松に、周りの者たちも安堵と賞賛の目を向けた。
「いらっしゃい、国松」
江は両腕を広げる。国松は「母上!」と駆け寄った。江は国松を抱きしめる。その腕の中で、国松が勝ち誇ったような視線を竹千代に向けた。
そうして、江と国松は手を取り合って居室へと去っていく。竹千代の方を、振り返ることもなかった。小姓たちも、一人、また一人と、国松の後に従ってその場を離れていく。
やがて、福と竹千代、忠俊と正勝だけがその場に残った。
竹千代は、潰れた蟷螂を見て、ぽつりと言った。
「私もいつか、国松に潰されるのだろうか」
「何をおっしゃいますか!」
福が驚いて声を上げる。忠俊は黙したままだったが、この場にいる小姓が正勝だけになっていることが、情けなくてならない。
福は、竹千代と向き合うと、言い諭した。
「よいですか、国松様がどんなに優れていようと、弟にございます。竹千代様は、国松様の兄。弟が兄を制するなど、あってはなりません」
「だって、母上が、言っていたではないか。強い者が弱い者を制すると」
「江様は、世の常を言ったまで。竹千代様と国松様のことを言ったわけではありません」
「だけど、それがこの世の常ならば……私は、生まれて来る世を間違えたのではないか」
福が言葉を失う。竹千代は、福から顔をそむけるようにして、江と国松が去っていった方を見やった。
「だから、母上は、国松のことばかりを褒めるのだ」
「それは、国松様を自らのお乳でお育てになったがゆえ」
「ならば、なぜ、母上は私のことも育ててくださらなかったの? なぜ、私は福が育てて、国松は母上がお育てになったの?」
福は、それに対する答えが出なかったのか、竹千代を抱き寄せた。
「竹千代様は、ただ繊細な御子なのでございます。周りが何と言おうと、竹千代様ほど将軍にふさわしき御方はいないと、この福は信じております」
「でも……」
「この福に全てをお任せくださいませ。竹千代様に不利なきよう、万事、お取り計らいいたしましょうぞ」
抱きしめ合う二人の姿を、忠俊は黙したまま見下ろしていた。忠俊の目には、二人が互いに依存しあう間柄にしか見えなかった。
蟷螂の一件があってから数日後、忠俊は、福を呼び止めた。
「お福殿」
その呼び声に、廊を歩いていた福が立ち止まり振り返る。忠俊は目礼して、歩み寄った。
「蟷螂の件、小姓の口から家臣たちに広がっている。皆が囁き合っておる。このままでは、竹千代様は……廃嫡か、と」
「廃嫡? まさか、そのような」
福はありえない、とばかりに首を振る。忠俊は「こちらに」と、人気のない納戸部屋の前に促した。
向き直ると、竹千代の傅役となってからずっと感じてきたことを、正直に告げた。
「家臣たちが、廃嫡を囁く気持ちが、私にはわからなくはない」
福は「青山様まで……」と眉を顰めて言い返した。
「江様が、竹千代様よりも国松様をご寵愛なさっているのは確かです。ですが、竹千代様も国松様も、秀忠様と江様の御子。廃嫡などありえませぬ。江様が竹千代様よりも国松様を可愛いと思うのは、自らの乳で育てた愛情ゆえ」
忠俊は「いいや」と首を振った。
「これは、親の偏愛が云々という話ではない」
「どういうことですか」
「竹千代様も国松様も、元服された後は、数千、いや数万の兵を率いる総大将となられるお立場。戦場で、総大将に命を預ける家臣の身にもなってみよ」
「戦場で……」
徳川家臣として歴戦を経た忠俊の言葉は、真実を衝いていた。
「竹千代様は、何をするにも自信がなく、予期せぬことが起きればひどく取り乱される。そんな総大将に、誰が従おうか。戦場など、予期せぬことの連続であるというのに」
「それは……」
「秀忠様とて、もとは、三男だった御方だ。家康様の長男であられた信康様がお亡くなりになり、次男の秀康様が他家にご養子に出され、三男の秀忠様が家康様の後嗣となったのだ。ご自身の経験を踏まえれば、年齢の順に家督を継ぐのが当たり前とは、微塵も思っておられぬであろう」
「つまり、将軍の名を継ぐにふさわしき方を、秀忠様はお選びになると」
忠俊は頷いた。
「兄弟の力量を鑑みて竹千代様を廃嫡に、という家臣たちの進言にも、否定するご様子はない」
「そんな……」
「廃嫡されるならばされるで、ありだと、私は思う」
「ありですって?」
福は声を尖らせると、忠俊に詰め寄った。
「国松様に踏み潰された蟷螂が、その後どうなったかは存じておられますか?」
「蟷螂が? 知らぬが」
いきなり、死んだ蟷螂の話を持ち出して何だというのだ、と戸惑う忠俊に、福は、真剣に言った。
「竹千代様に頼まれて、私が庭木の根元に埋めてやりました。〈憐れな蟷螂を、弔ってほしい〉と」
「虫けらの命にすら、同情なさる心をお持ちなのであれば、なおさら廃嫡され、どこぞの寺の高僧にでもなられた方が幸せなのでは?」
ため息まじりに言った忠俊に対して、福は即答した。
「それは、違います」
「なぜだ」
「確かに、竹千代様は争うことよりも、花鳥や美しきものを愛でる方が向いているのでしょう。そうであるならば、将軍になることは、竹千代様のためにはならない。だけど、この世のためにはなる」
「竹千代様のためにはならないが、この世のためにはなる、だと?」
忠俊は、首を振った。
「言っている意味が、さっぱりわからぬ。廃嫡を囁かれるほど虚弱な将軍を戴けば、徳川の治世は強き者に破られ、再び乱世となる。それのどこが、この世のため、なのだ」
「虚弱? いいえ、そうではありません。竹千代様はお心が優しすぎるだけなのです」
福の反論に、忠俊は、話にならんと思った。どこまで竹千代を甘やかせば、気が済むというのか。乳母の立場に固執する福への批判も込めて言い返した。
「心が優しいなど、なおさら、将軍にふさわしくあるまい。私は、傅役として、いや傅役だからこそ、家康様と秀忠様に進言しようと思う。竹千代様は将軍の器ではないと」
「それは断じてなりませぬ!」
「私はそなたとは違う」
「私とは違う?」
どういうことですか、と見やる福に、忠俊は言った。
「そなたは乳母という役職にしがみついて、竹千代様を庇い立てしているだけだ」
「なんですって!」
「私はたとえ、自分の立場が危うくなろうとも、正しいことを進言できる。強き者が弱き者を制する世において、竹千代様は将軍となるべき御方ではない」
すると、福は目をつり上げて、言いきった。
「強き者が弱き者を制す、それがこの世の常? 優しい者が追いつめられていく世など、そもそも過ちなのです!」
福の断言に、忠俊の理解はまるで追いつかなかった。
「どこまでも、乳母という立場を守りたいのだ」
忠俊は、自邸に帰ると、苛立ちを隠すことなく奈津にそう言った。近頃はつい、愚痴ばかりがこぼれてしまう。
今回の蟷螂の一件からの福との口論も語って聞かせると、奈津は穏やかに頷いて言う。
「それは、とてつもない乳母にございますね」
忠俊は奈津が共感してくれたと思い、「そうであろう!」と言った。すると奈津は、福に同情するような口調になった。
「夫と離縁して、女独り身で生きていくのに、必死なのでしょう」
「ふん、そう思うと少々憐れんでやってもいいか」
忠俊が鼻で笑うと、奈津の微笑が、ふっと消えた。
「ですが、私は、福殿の言いたいことが、わかります」
忠俊は、奈津を見やる。奈津は、言った。
「優しすぎるがゆえに廃嫡を囁かれる、その竹千代様が将軍に立つ日が来るということは、きっとこの世のためになる。福殿の言いたいことが、私には、わかります」
なんだか今までと、違う。〈強いとしたたかは、違います〉と言い返された時もそうだった。これまで、従順に忠俊の言うことに頷いてくれていたのに、近頃の奈津は、忠俊が思いもしないことを口にする。
「何がわかるというのだ」
忠俊の機嫌を損ねたことに気づいて、奈津はうつむいた。だが、すぐに顔を上げて言った。
「福殿は、以前、この世の常に謀反を起こす思いで乳母になったと申していたのでしょう?」
「そうだが?」
「徳川様の治世となり、泰平の世となることは、戦乱の世が終わるということ。つまり、この世の常も変わっていくのでは。福殿は、これからの泰平の世に求められる将軍の姿を……それにふさわしきは竹千代様だと、信じているのではないでしょうか」
奈津の理路整然とした言葉に、忠俊は返す言葉がすぐに出てこない。忠俊は、知らない人を見るような心地になった。
奈津の受け答えは、いつも的確で要領を得ていて、他の女子にはない聡明さがある。そうであるがゆえに、こうもはっきりと反論されると、何も言い返せないことに初めて気づかされた。
今まで、こんな正反対のことを言われたことなどなかった。そしてそのことに、どうにもしがたい苛立ちを覚える自分がいた。それは、従順で素直な奈津が好きだったからか、それとも忠俊の思考の方が誤っているかもしれないからか。
ここで黙り込んでしまうのもなんだか癪で、忠俊は、咄嗟に思いついたことを口にした。
「奈津の考えすぎだろう」
「考えすぎ、にございますか?」
これ以上、口論になるのがいやで、忠俊はしいて軽い口調で言った。
「いつもは、奈津が私にそう言うのに、今日は逆だな!」
忠俊は、笑ってやった。それなのに、奈津は少しも笑ってくれなかった。