■インド ガヤー

 

伝統衣裳の色鮮やかなサリーを着た女性達が闊歩する。

 僕の知る限り、インドの列車事情はアジアで最も劣悪である。

 2018年6月、パキスタンから陸路国境を越えてインドに入り、首都デリーから北東部のガヤー(ブッダガヤ)へ、列車で向かった。ピークを過ぎたとはいえ、6月の北インドの気候は侮れない。この日の「最低気温」は33度。車内に空調はなく、日が暮れても暑さで意識は朦朧とし、汗が吹き出してくる。長距離列車旅の最大の楽しみは食事だが、インドに限っては例外である。駅の売店、車内販売、どういうわけか美味しかったためしがない。

 そして、毎度のことながら運行スケジュールは無茶苦茶で、この列車は7時間遅れてガヤー駅に到着した。パキスタンからの移動続きで疲労も空腹もピークである。冷たいビールでもあれば生き返るのだが、ガヤーのあるビハール州は法律で全面禁酒が定められている。宿に荷物を置き、一息ついて町に出た。

 ガヤーはゴータマ・ブッダが悟りをひらいたとされる仏教の聖地で、宿の主人がやたらと町の見どころを力説してくるが、今の僕には馬の耳に念仏である。まずは、メシだ。

 メインストリートから脇道に入り、袋小路になったところに良い感じの食堂を発見し、漂うスパイスの香りにいざなわれドアを押した。

 賑やかな大家族のとなりのテーブルに座り、メニューを広げる。

 Mutter Mushroom……「Mutter」?

 店員さんを呼び止めて尋ねた。

「Mutterはグリンピースです。おすすめですよ」

「じゃあそれと、Tawa Rotiを」

 

マッシュルームとグリンピースのカレー

 

 全粒粉で作ったロティーというパンの生地をTawa(フライパン)で焼いたもので、日本でおなじみのナンに比べると食感がパリッとしていて香ばしい。

 ほどなくして出てきたカレーは、野菜のコクと、スパイスが絶妙に溶け込んでいて、まさに複雑玄妙。一気に目が覚め、疲れた身体に英気がみなぎってくる。力強いスパイスのあとから、マッシュルームの素朴な風味と、グリンピースのほのかな甘味が口の中にふわりと広がっていく。小さな食堂の何気ないカレーだが、実に豊かで繊細な逸品に、脱帽のひと言である。

 

 

 そのときだった。

 耳をつんざくような破裂音に店内を見渡すと、さっきまで天井で回っていたファンが床に落ちて転がっているではないか。

 しかし、 僕が驚いたのは、真横にファンが落ちてきたにもかかわらず、何事もなかったように笑顔で食べ続けるインド人たちの神経である。

 やはりインドは、奥が深い。