■日本 小豆島

 

高松港から高速船で35分ほどで到着。穏やかな島時間が流れる。

 

 コロナ禍になって以来、海外に行けない状況が続いている。その代わりというわけではないが、国内のあちこちへ出かける機会が多くなった。地方の知らなかった見どころ、名物料理。国内の魅力を再発見する2年になった。

 先月、何年かぶりに瀬戸内海の小豆島へ渡った。高台から望む穏やかな海の景色や、オリーブに囲まれたアート作品の写真を撮りながら島内を巡る旅。ゆったりと流れる島の時間は、実に心地が良い。

 最終日の朝、レンタカーの助手席に座る旅行ライターのTさんがつぶやいた。

「たしか、小豆島にしかないうどんがあるんですよね」

 小豆島は香川県。さぬきうどん文化圏のはずである。小豆島にしか……Tさんの言葉がひっかかり、たまらず役所に電話した。

「こびきうどん、ですね」

 観光課の職員の方が即答した。

「素麺の製法で作るうどんです。ただ、島内でも食べられる店はほとんどありません」

 小豆島は播州、三輪に肩を並べる素麺の名産地である。伝統的な素麺作りの技法から生まれるうどん。食べずしてこの島から出られようか。 かつて四国遍路を歩いて結願し、著書も出されたTさんも、俄然乗り気の様子だ。島でただ一軒の「こびきうどん」店は港の近くにポツンと建っていた。

 

こびきうどん


「カレーうどんが人気みたいですけど……まずはお出汁でしょうよ」

 Tさんと並んで壁のメニューを睨む。うどん以外にも惣菜やいなり寿司があるあたり、馴染みある四国のうどん屋然としていて懐かしい。

「はーい、ぶっかけの肉うどんねー」

 運ばれてきた麺にはさぬきうどんのような断面の角ばりがない。包丁で切らず、素麺の手延べの技法で作られたからだろう。すすると、独特のつるつるとしたのど越しが心地よく、しっかりとコシもある。甘めのつゆもこの麺によく合う味に仕上がっている。

 まさに素麺のようなうどん。さぬきうどんとは似て非なる逸品である。

 つゆを飲み干し、外へ出ると、ちょうどご主人が暖簾を片付けるところだった。

「こびきうどん、うまかったです」

「素麺のほかにも、という発想から生まれた昔ながらのうどんなのです。素麺作りで麺を細く延ばす『こびき』という工程からうどんに仕上げた、いわば先人の知恵ですね。でも、いま島でこびきの店を構えているのは私だけです」

 甘辛い牛肉の味付けの決め手には小豆島産の醤油が欠かせないとのこと。そう、島には醤油蔵が十八箇所もあるのだ。

「またぜひ小豆島にいらしてください」うれしそうに話すご主人の力強い笑顔に、この島の豊かさを見た気がした。