■ロシア ウラジオストク

 

西洋的な町並みの広がる観光地だが、かつての軍港都市としての面影も残っている。

 ロシアのウラジオストクを訪れたのは2019年の9月。「2時間半で行ける西洋」というふれこみで急速に高まる「ウラジオ人気」に乗じるべく、ガイドブックの創刊に携わることになった。

 誌面の花形はやはりタラバガニやカキなどの高級食材がメインになる。取材がてらごちそうになるのだが、毎日続くとさすがにつらい。そんなある日、なにやら活気のある飲食店の前を通りかかった。窓ガラス越しに見える店内の様子が気になる。

「どうかしましたか?」

 連日お世話になっている通訳のアンナさんが立ち止まる僕に声をかけた。

「これは何屋さんですか?」

「スタローヴァヤといいます。家庭料理を出す大衆食堂ですね。並んでいる料理を選んで盛ってもらうんです。私たちもよく利用しますよ」

 取材は順調に進み、いよいよ帰国の日となった。あの日からずっとスタローヴァヤが気になっていた。お昼前には空港に向かわないといけない。この朝食がラストチャンスだ。朝8時、宿から歩いて15分ほどのウラジオストク駅前に行ってみることにした。

 

スタローヴァヤの大衆めし

 

 無機質な店構えの入口から店内の様子はよく見えないが、なにやらいい匂いが漂ってくる。ドアを開け、おそるおそる奥に進むと、ショーケースには出来立ての料理がびっしりと並んでいる。ここもまさしくスタローヴァヤだ。指差しでスープとサラダ、それにハンバーグのような肉料理を盛ってもらった。トレイに載せて席につこうとすると、ワイングラスのイラストといっしょに上向きの矢印が描かれた紙が壁に貼ってある。もしや……階段を上がり、誰もいない2階席を見渡すと、なんと奥にはバーカウンターが。朝だけど、1杯だけなら……。

「ピーヴァ(ビール)?」

「ダー(はい)」

 すまし顔のおねえさんは流れるような手際でタップから生ビールを注ぎ始めた。

 

 

 席につき、「おつかれさん」と1人でグラスを上げ、ゴクリと喉を鳴らした。

 酸味のあるどっしりとしたビールだ。鶏肉で作ったハンバーグはしっとりとしていて、玉ねぎの風味がきいている。やさしい口当たりのあとで弾ける肉の旨みを、ビールの力強い苦味が包みこむ。付け添えのポテトは大地の恵みともいうべくジャガイモ本来の味が濃厚で、これもついついグラスに手が伸びる。

 駅前の大衆食堂で、素朴な家庭料理にビールを1杯。「これぞ旅のしめくくり」とつぶやきながら最後のひと口を飲み干し、バーカウンターへ向かった。