■中国 柳園
4年前の10月、パキスタンのクンジュラブ峠から中国の新疆ウイグル自治区へ国境を越えた。目的地は西安。タクラマカン砂漠の南側をたどる、西域南道を進むことにした。かつて、玄奘三蔵が天竺(インド)から長安(現在の西安)に帰国したときのルートでもある。
カシュガルからホータン、チャルチャン、チャルクリク……オアシスをつなぐようにひたすら東へバスを乗り継ぐ。数日かけて新疆から青海省を抜け、甘粛省の柳園にたどり着いた。
柳園駅(旧敦煌駅)前は閑散としていて、人通りも少ない。たしか15年ほど前までは世界文化遺産・莫高窟の最寄駅で、当時は観光客で賑わっていたと聞いたことがある。
駅前に手頃そうな宿が見えた。
「部屋は?」「あります」
ホッとしてパスポートを見せた瞬間にフロント係の顔色が曇った。またか……と、天を仰ぐ。中国の地方では外国人の泊まれる宿がぐっと少なくなるのだ。最悪は外国人向けの高級ホテル泊も覚悟するところだが、幸い柳園では何軒かに断られながらも、安宿を見つけることができた。
ロビーに客の気配はなく、フロントにはおねえさんふたりがヒマそうに立っている。外国人客が珍しいのか、宿帳を書く僕にやたらと話しかけてくる。適当に相槌をうちながら、近くに朝ごはんのいい店はないかと訊いてみた。
「すぐ裏の牛肉麺屋さん! あんたの部屋から見えるはず」
翌早朝、部屋の窓を開けると、向かいの店からガチャガチャと忙しなく仕込みをする音が聞こえてきた。朝靄のなか、出勤前のはらごしらえに来た男たちの姿につられて、部屋を出た。
「おすすめは加肉(肉増し)牛肉麺! 茶蛋(お茶で煮たゆで玉子)もいいよ!」
店のおばさんは朝から威勢がいい。
運ばれてきた牛肉麺の澄んだスープにはしっかりとコクがある。脂っぽくなく朝ごはんには良い塩梅で、つるりとした細麺との相性も素晴らしい。薄い醤油味で煮込まれている牛肉は、噛むほどに肉の旨みが滲み出し、たっぷりのネギも良い脇役をつとめている。自家製の辣椒醤を加えると、鮮烈な辛味が加わり、味に一層深みが増した。これで1杯13元(約200円)。田舎とはいえお値打ちである。宿に戻って、おねえさんたちにお礼を言い、ルームキーを渡した。
「これから莫高窟ね?」
「西安行きの列車に乗ります」
ふたりは顔を見合わせてキョトンとしている。
「なになに? 柳園では牛肉麺を食べただけ?」
「そういう旅が好きなんです」
ふたりの甲高い笑い声に見送られながら、駅へ向かって歩き出した。