■モンゴル アルタンブラク
5年前、ユーラシア大陸を縦断するという本の企画を受け、シンガポールから東南アジアを抜けて中国に入り、北京へ辿り着いた。次なる目的地、モンゴルを目指して北京駅を出発したのは3月上旬。真っ青の空が広がる、寒い朝だった。
車中1泊の中蒙国境鉄道に乗るのは19年ぶりである。中国側最後の停車駅、エレンホト駅は当時と変わりなく、モンゴル仕様の車輪への流れるような交換作業の様子を、飽きることなく眺めていた。
翌朝、首都のウランバートル駅に到着。夜行明けでひとっ風呂浴びたかったが、駅前の安宿のシャワーからはお湯が出なかった。極寒のなか、店を探す気力も失せ、近くの食堂でとった夕食はなぜか西洋もどきの味気ないものだった。
さらに380キロ北の町、スフバートルの宿には、お湯はおろか、シャワーそのものがなかった。周囲は真っ暗で、夕食は宿に併設された食堂でとるしかなく、ゴムのような牛肉の炒め物をビールで流し込んだ。
風呂にも入れず、ごはんはハズレばかり……モンゴルでいい思い出を作れないままロシアへ入国することになるのか……。
早朝、雪の残る大草原の一本道を車で30分ほど走ると、ロシア国境の町、アルタンブラクに着いた。遠くに国境らしきゲートが見える。白い息を吐きながら国境に近づいていくと、一軒の食堂があり、煙突から白煙が昇っている。
薄暗い店内はがらんとしていて、店員の姿はない。腰を下ろすと、厨房から男が顔を出した。にこりと笑い、「まぁ茶でも飲めよ」と言わんばかりにミルクティーをたっぷりと注いでくれた。甘くて温かいお茶が胃袋にしみわたる。そういえば、久しぶりに他人の笑顔を見た気がした。
厨房から出てきた男は何も注文していない僕の前に料理を置き、笑って厨房へ引き返した。どうやら料理はこれだけということらしい。
「マントンポーズ」。モンゴルの肉まんである。割ってみると、湯気といっしょに鼻をくすぐる羊肉独特の香りが食欲に火をつけた。溢れる肉の旨みと玉ねぎの甘味を厚めの生地が包み込んでいる。ほんのり甘く、ふっくらと仕上がっているこの生地はもはや主役だ。
「やっとモンゴルに出会えたわ」
思わずそう呟き、大ぶり3個を数分で完食した。
2時間後、無事国境を越えた。まっすぐのびる道路の先に、旧ソ連の略称「CCCP」の文字が刻まれたアーチが立っている。この道こそが、かつて中国から茶葉を運ぶ商人たちが通った「最後のシルクロード」に違いない。彼らも同じように国境で腹ごしらえをし、長い旅路に備えたのだろうか。
マントンポーズの余韻に浸りながら、町に向かって歩き出した。