■マレーシア クアラトレンガヌ
マレーシア東岸にクアラトレンガヌという小さな港町がある。
近海にはダイビング客が訪れる小さな島がいくつかあるものの、町中にはこれといった観光資源はない。
昭和初期、この町には有名な日本人がいた。実の妹が華僑の暴漢に惨殺されたことをきっかけに、中華社会に楯突いた谷豊という男だ。谷はマレー人と結託し、盗賊団を率いてマレーシア全土で華人を相手に暴れ回り、いまも「ハリマオ伝説」として語り継がれている。
八年前、「アジアの日本」という連載記事の取材を続けるなかで、谷豊の家族が眠る「日本人墓地」を探してみようということになり、シンガポールからLCCに乗った。
わずかな情報をたよりに、ただただ、歩く。市場を抜け、町を外れると建物はしだいに少なくなり、日差しを遮るものがなくなっていく。
「この道、あっているんだろうか……」
目的地が見えない不安に、猛烈な暑さが追い討ちをかける。立ち止まって地図をにらみ、あたりを見渡した時だった。
「ハーイ!」
三十メートルほど前方で赤いヒジャブを纏ったおばさんが手を振っている。
「涼んでいきなよ。冷たい水もあるわよ」
「ここ、食堂ですか?」
建物の中はフードコートのようになっていて、おばさんはその一角に店を出していた。ガラスケースを覗くと、料理のほとんどが魚介のようだ。
「うまそう」
「海がすぐそこだからね!」
スパイスで味付けした白身魚の素揚げ。丁寧に身を剥がし、ごはんと一緒に口に運んだ。ほのかな甘みと、ピリッと爽やかなチリの風味が淡白な魚の味をぐっと引き立てている。
つけあわせには貝の煮物をたっぷりよそってもらった。魚介料理は大好物だが、貝の類には特に目がない。
こちらもスパイスの加減、火の通し方ともに素晴らしい。小粒ながらふっくらと仕上がった肉厚の身をひと噛みすると、濃厚な旨みが弾けた。煮汁を吸ったごはんのうまさは言うまでもない。
「なにをしに、クアラトレンガヌヘ?」
「ええと、昔の日本人の……」
おばさんの問いかけにとっさの英語が出てこない。
「次の角を右だよ!」
まごついていると、厨房から青年がグイと身を乗り出して白い歯を見せた。
「息子よ。料理の腕はまだ半人前だけどね!」
疲れをふっとばす一膳めしと、人懐っこい笑顔。
この出会いこそがアジア旅だ。そう思いながら、ザックを背負った。