■パキスタン ペシャワール

 

東西の文化圏を結ぶカイバル峠を越えて、昔から多くの人々が行き来した。

 

コロナ騒動の少し前、パキスタン北西部のペシャワールという町に滞在した。市街地から西へ50キロ付近のカイバル峠を上り、アフガニスタン国境にどこまで近づけるか、というのがこの旅の主たる目的だった。

 ペシャワール駅からまっすぐに延びる緩やかな下り坂の大通りには宿や食堂が軒を連ね、まるで街道のような活気に満ちていた。カメラを構えると、前方から歩いてくる男たちが立ち止まって目を輝かせ、「さぁ、撮れ!」と言わんばかりにキリッとポーズをとってくる。どうやらパキスタン男子は大の写真好きのようだ。

 

 

 大通りから外れた路地の先に建つモスクに入ってみると、中はひんやりとしていて、伝統衣装の白いサルワール・カミーズを纏った男たちが気持ちよさそうに昼寝をしていた。冷たい大理石の床にあぐらをかいてひと息ついていると、どこからか、香ばしい匂いが漂ってきた。近くで羊肉を焼いているようだ。

 モスクの2軒隣りの食堂の店頭で、巨大な鉄板がジュージューと食欲をそそる音をたてている。ちょうど真っ黒いハンバーグのようなものが焼き上がったところだった。

「これはたしか……」

 アフガニスタンに多く居住するパシュトゥーン人の文化圏であるペシャワールには、ひき肉を使ったパシュトゥーン風のケバブがあると聞いたことがある。

「チャプリ・ケバブ……」

 たしかそんな料理名だったか。それが聞こえたのか、店の中央に座る初老の店主がニコリと微笑んだ。

 

チャプリン・ケバブ

 

 ひと口嚙めば、大好物である羊肉独特のどっしりとした旨みが弾け、すかさずクミンとコリアンダーの風味が鼻を抜けた。香草が絶妙に作用し、肉の旨みを倍増させている。焼き方は大雑把に見える真っ黒の肉塊だが、実に奥が深い。焼きたてのチャパティーで挟めば、極上ケバブバーガーの出来上がりである。

 腹も満たされ、さっきのモスクで昼寝でもするかと腰を上げたところで、店主は「まぁ待て」といわんばかりに僕を制し、若い店員になにやら指示をし始めた。財布をとりだしてごそごそする僕に、その若い店員が差し出した翻訳アプリの画面には日本語でこう書かれてあった。

「我々は大切なゲストからお金は受け取りません」

 パシュトゥーン人は旅人を大切にする民族だと聞いたことがある。

 カイバル峠から見下ろす景色は格別だったが、この旅のハイライトは、紛れもなくペシャワールの路地の記憶である。