「まだ、逮捕はされてないんだろうな」初羽馬は独り言のように呟いた。
「すぐ逮捕されるでしょ。これだけ証拠があがってるんだから」と友人が返す。
「……ちょっと酷すぎるよな」
「酷いよ」
 部室の扉が開かれ、[血の海地獄]の呟きを初羽馬の直前である二十六番目にリツイートした友人が入室してくる。簡単に挨拶を交わしてすぐ、そういえばお前はどうやってあの呟きを発見したんだと尋ねると、友人はかじかんだ手をエアコンの暖気で温めながら答えた。
「フォローしてた雑学botがリツイートしたんだよ。フォロワーは全然少ないんだけど、フォロバ百パーのアカウントだったから、たまたまヤバい呟きが目に入って手動でリツイートしたんじゃないかな、よくわかんないけど」
 なるほどと納得したとき、すでに部室には六人のメンバーが全員揃っていることに気づく。彼らがランチセッションと呼んでいる昼の会議をスタートすることができたが、予定していた議題である「若者を軽視する選挙制度の問題点」については、別の機会に譲るべきではないかという考えが初羽馬の頭を過る。どうだろう、せっかくだから今日は別のテーマについて語り合わないか。リーダーである初羽馬の呼びかけに反論するメンバーは、一人もいなかった。
 高齢化するネットを活用した犯罪行為、残虐行為について。
 ホワイトボードに議題を記しながら、地面に横たえられた女性の姿を思い出す。彼女が生前どんな人間だったのか、どんな顔をしていたのか、現状では調べる術はなく、朧気に想像することすら難しい。それでもあの写真が山縣泰介による創作ではない本物であるとするならば、一人の若い女性の命が強引に絶たれたことは紛れもない事実であった。縁もゆかりもないまったくの他人であるが、そこには確かな、重さのある喪失感があった。女性の青白い指先がフラッシュバックする。指は何かを掴み損ねたように、中途半端な形で固まっていた。彼女が土に汚れた指先で掴もうとしていたものは何だったのだろう。未来の可能性か、希望か、怒りか、命か。考えているうちに、初羽馬の胸の中にある怒りのコンロにぼっと炎がともる。
 せめて、ちゃんと罰を受けて欲しい。
 きちんと罪を償って欲しい。
 時計を見ると昼の十二時二十二分。今日は金曜日なので、多くの勤め人は仕事の真っ最中であるはずだった。山縣泰介は、いまどんな顔で働いているのだろう。新居を求める人々に笑顔で接客をしているのだろうか。自身の呟きが想像以上の広がりを見せてしまったことに対してさすがに動揺しているのだろうか。あるいはすでに警察に連行されているのだろうか。
 初羽馬はもう一度、スマートフォンで山縣泰介の顔を確認する。
 誠実そうな仮面の向こう側に潜む、凶暴さ、異常さ、残虐さが、ゆっくりと透けて見えてくる気がした。


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 12月16日12時23分 過去6時間で7112件のツイート



・【拡散希望】殺人をほのめかしているアカウントがあります。すでに身元も判明しているのですぐに捕まると思いますが近隣の人は注意してください。リンク先で顔も確認できるので、見かけたら通報推奨です。
 引用:【速報】死体写真投稿者の詳細判明! 本名山縣泰介、大帝ハウス勤務、大善市在住
みゆきママ☆育児奮闘中@miyumiyu_mom0615



・バレないとでも思ったんだろうか……。ネットの世界を舐めすぎててビビる。Twitterはバカな若者発見器だと思ってたけど、逆にある程度年食ってる人のほうがバカやらかす時代になったのか。
 引用:【速報】死体写真投稿者の詳細判明! 本名山縣泰介、大帝ハウス勤務、大善市在住
じっちゃー三世@jch_333



・今回はちょっとガチ臭いけど、賢いやつは静観。一応まとめだけ引用しておくけど、こういう問題には深く関わらないのが吉。
 引用:【速報】死体写真投稿者の詳細判明! 本名山縣泰介、大帝ハウス勤務、大善市在住
でじ@dejiiiin96



・ネット民「殺人事件です! 現場は万葉町第二公園です! 犯人は山縣泰介です! 大帝ハウスの社員です! 捕まえてください!」
 警察「……えーとね、ちょっと今から調べますねー」←無能
 つわみちゃんガチ恋丸@alalala_tsuwami