浜辺美波出演の映画化でも話題の『六人の嘘つきな大学生』の著者・朝倉秋成の話題作がついに文庫化! SNS社会の恐怖を描き、第13回山田風太郎賞、第36回山本周五郎賞にもノミネートされた『俺ではない炎上』の読みどころを「小説推理」2022年7月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューでご紹介します。
■『俺ではない炎上』浅倉秋成 /細谷正充 [評]
平凡な会社員の山縣泰介が、SNSで女子大生殺害犯に仕立てられた。ネットの炎上。暴走するユーチューバー。浅倉秋成が描く、現代の冤罪はリアルだ。
“冤罪の恐怖”という言葉を耳にしたとき、多くの人は警察のミスや裁判での不当判決を連想するだろう。しかし現代の冤罪は、別の場所でも発生する。SNSを中心としたインターネット上でも、根拠不明な噂を発端にして、冤罪事件が起こることがあるのだ。浅倉秋成の新刊は、そうした現代の冤罪の恐怖を描いた意欲作である。
大帝ハウス大善支社営業部長の山縣泰介は、外回りの仕事中、会社に呼び戻される。女性を殺したらしき、犯人のツイートが拡散。そのアカウントが泰介のものだと誤解され、実名と写真付きでネットに素性が晒されていたのだ。当初はすぐに誤解が解けると楽観視していた泰介だが、ネットの炎上により状況が悪化。調子に乗ったユーチューバが、泰介を捕まえようとし、間違って別人に重傷を負わせる事件まで発生した。命の危険すら感じた泰介は、訳も分からないまま逃亡する。そして、自身の手で真犯人を捕まえようとするのだった。
五十代の泰介は、ネットのことなどよく分からない、いささか古臭い人間だ。生真面目で、四角四面な性格。妻と娘がおり、社会的には成功している方である。だが、ネットの炎上により、一瞬にして日常が崩壊する。現代では誰にでも起こり得る冤罪であり、それだけに追い詰められていく泰介の姿に強い恐怖を感じた。
また、真犯人を捜そうとする泰介の行動が、結果的に自分探しになる点も面白い。善良に生きてきたつもりの泰介だが、周囲の人には、どのように思われていたのか。普通ならば問題にならない主人公の歪みが、非日常の中で露わになっていくのである。
さらに、泰介の妻や娘、炎上の切っかけとなったツイートの拡散をした大学生、事件を担当する刑事などのパートが挿入され、ストーリーが進行。最初から泰介を犯人と決めつけ、相棒の疑問を封じる刑事の姿などから、ネットの炎上が現実に与える影響の大きさが伝わってきた。事件に対するSNSの書き込みも、いかにもそれらしく、物語を盛り上げている。
そして夢中になって読んでいたら、終盤で予想外の仕掛けが炸裂。それか、その手を使うのか! 完全にやられた。あわててポイントとなる部分を読み返すと、注意深く書きながら、伏線を張っていることが分かった。だから意外な犯人の正体にも説得力がある。現代的なテーマと、ミステリーのサプライズを融合させた秀作なのだ。