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 植村さんは広島県出身の四十代の男性である。子どもの頃、くれ上蒲刈島かみかまがりじまの祖父母の家によく遊びに行ったが、ここでの体験がいくつかあると話してくれた。
 まだ幼稚園児のとき、夕方、泊まっていた二階の部屋の窓から外を眺めていた。祖父の家は高台にあり、五十メートルほど見下ろしたところに地域の広場があった。ちょうどお盆の時期で、組まれた櫓の上では太鼓が叩かれ、周りで大人たちが盆踊りをしている。
 そのやぐらの上の中空に、白い光がたくさん集まり、ひとつの塊のようになっていた。
 どこかからすっと集まってきた白い光は、ひとつひとつがオタマジャクシのような形をしており、ぐるぐると塊の中を回っていたかと思うと、ひゅっ、ひゅっ、とひとつずつ、ばらばらの方向へ向かって飛んでいく。そのあいだもどこかから新しいオタマジャクシがやってくるので回っている塊が小さくなることはない。
「お前、何を見とるんじゃ?」
 背後に現れた祖父が訊ねた。
「あの、踊っている人たちの上でぐるぐる回ってる白い光、なに?」
 祖父は首をかしげる。
「お前の言っとることがわからん」
 一生懸命見えているものを説明しても、祖父はわからんわからんと言うばかりだった。
 そのあと、父母に連れられて盆踊りの会場まで行った。踊れないのでベンチに腰掛けてトウモロコシを食べながら、櫓の上を眺めた。近くに来てもやっぱり同じ無数の白いオタマジャクシが塊となってうごめいている光景が展開されていた。

 それが人魂というもので、普通の人には見えないものだと知ったのは、小学校に上がって世に怪奇ブームが訪れてからのことだった。
「大人になってから振り返ると、あれはやっぱり、その島の先祖霊たちが帰ってきていたんだろうなあと思いますよね」
 植村さんはそう語った。
「向こうからこっちに帰ってくるときってきっと、暗いんですよ。だからにぎやかで明るいところを目印に一度飛んでくる。それでぐるぐる回りながら自分の帰るべき家の方向を見極め、そっちのほうへぴゅっと飛んでいくんだと思います」
 なかなかに面白い説だと思った。
 その後、地図を見ていて僕はさらに踏み込んだ想像をしてみた。
 上蒲刈島の周囲には、他にも小さな有人島がたくさんある。これらの島では同時に、盆踊りが開かれるのではないだろうか。黄泉よみの国から帰ってきた魂は島々の明るい光を目指して飛んでくる。とりあえず見つけた櫓の上の塊に「お邪魔しますよ」と入っていき、他の魂たちと回りながら、存命者の中に知った顔を探す。「あれ、ここ俺の島じゃねえや」と思ったら違う島へ飛んでいき、それを繰り返して最終的に自分の島の自分の集落を見つけて家へ戻っていく──盆踊りは瀬戸内の夏の道しるべなのかもしれない。

 

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