六十歳になる文代さんは、二十代の頃、長野から東京へ嫁いできた。
実家をあとにする二日前、飼っていた猫が変死した。ネズミをのどに詰まらせて死んだのだった。
もともと、ネズミを捕るのが得意な猫で、殺したネズミを勝手口の外の決まった場所に置いておくのが普通だった。自分でネズミを食べることなどけしてなかったのに、どうして……と文代さんを含め、家人は気味悪がった。
きっと殺されたのだ、と兄が言い出した。
文代さんの結婚のタイミングだったので、ひょっとしたら悪意を持つ近所の人間の仕業じゃないのかと兄が言い出したが、そんなことをする近隣の人も思い浮かばなかった。
とにかく縁起が悪いので嫁ぎ先には秘密にしようということになり、文代さんは予定通り二日後に嫁いだ。
夫の両親との同居であったものの、特に意地悪をされることもなく、子宝にも恵まれ、文代さんは幸せな結婚生活を送った。実家のほうも別に不吉なことはなく、ご近所さんとのトラブルもなく、平穏な生活が続いていた。だが結局、猫の死の理由だけはわからなかった。
それから三十年が経った頃、姑が突然、「イタコの修行をする」と言い出し、練馬にあるイタコの師匠のところへ通いはじめた。
文代さん夫婦は心霊・オカルトには興味がない。急におかしなことをはじめたなと思ったが、法外な金額を要求されるわけでもなかったし、老いを迎えた姑に趣味らしきものがあるのはいいことだろうと、静観することにした。
ある日の夕方、夕食の支度をしていると、姑がイタコの修行から帰ってきた。
「ちょっと文代さん」
台所に入ってくるなり、姑は言った。
「今日、修行してたら、あんたが実家で飼っていた猫が降りてきたわよ」
「はい?」
「あんたに相当可愛がられていたんだってねえ」
「はあ……」
実家で猫を飼っていたことすら、姑には話していなかった。姑は続けた。
「だけどあんたが東京にお嫁に行くって知って、すっごく嫌だったんですって。でも、猫の自分は止めようにも止められなくって、腹立たしくって悔しくて、そして何より寂しくてねえ……それで、お嫁に行く直前に、自殺してやったって言ってたわ」
ネズミをのどに詰まらせて死んだ猫の姿がはっきり思い出され、文代さんはなんとも切ない気持ちになった。姑に勧められた文代さんはその後、猫をきちんと供養したという。
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