一、坂田金柑
金太郎城の「金太郎の広間」に客人がそろったのは、五月半ばのある日のことであった。
「はぁーっ、すごいお部屋ですねえ」
城主、坂田金柑の見守る前で、花柄の新しい着物を着た女児がきょろきょろとしている。
「これ、なえ。あまり他国の城できょろきょろするものではない」
たしなめる魚井戸もまた、金魚のような目をぎょろつかせていた。無理もない。魚井戸のような貧乏な殿様には、このような豪奢な部屋は珍しいのだろう。
金太郎城は、周りを広い堀に囲まれている。城から四方の岸まではゆうに十町(約一・一キロメートル)はあり、橋などは架けられていない。客人たちはみな、家来の操舵する小舟に乗ってこの城へやってきた。その後、家来たちは城を去った。謎解きが終わるまで、明日より三日のあいだ何人たりとも城へ入ることは許さぬと、金柑は厳しく言い渡してある。うるさい家来どもから離れ、客人たちが悩む姿をじっくりと楽しみたいからであった。
城は、石垣の上に三層、石垣の中に一層あるので全部で四階建てである。
ここは二階の金太郎の広間。天井と床に金箔を張り、中央の太い柱も金ぴかである。その柱を中心に円卓があり、赤い毛氈を張った南蛮渡来のひじ掛け椅子がいくつも並んでいる。
金柑から見て右側には魚井戸信照となえ、そして小次郎という若い付き人が座っている。小次郎の肩には一羽の白い鳩がとまって、人間たちをきょろきょろ見回している。
魚井戸が謎解きの助っ人として白羽の矢を立てたのは、なえでも小次郎でもなく、なえと仲の良い太郎という若者だそうだが、その若者は山の中の小屋から一歩も出ないという変わり者。魚井戸は苦肉の策として、ここで出された謎を書いた文を鳩の足に結び付けて飛ばし、謎を解いてもらって鳩を戻す、という回りくどいやり方をとるそうだ。その鳩を飼っているのが小次郎というわけだった。
魚井戸たちと対峙するように左側に座しているのは、九本松康高と、その領民のみすぼらしい親子連れだ。タネ作という名の息子のほうは二十八、九だろうか。泥のように顔色が悪く、腰に何が入っているのかわからぬ竹筒を五本もぶら下げ、円卓の上の一点をじっと見つめている。その隣にちょこんと座っているのはイチという名の小柄な老婆であった。顔中しわだらけで、目を閉じて眠っているようにも見える。足腰が弱く、何かにつかまってようやくよたよたと歩けるくらいだそうだ。「我が所領が誇る知恵袋じゃ」と九本松は言っていたが、はたしてどんなものか……
「すっごい、大きい熊ですねえ」
なえがぴょこんと椅子から下りる。
金の柱をはさんで向かい合うように、東と西に一頭ずつ、熊の剥製があるのだ。身の丈六尺(約一・八メートル)はあろうかという大熊であった。
「わが先祖、坂田金時はそれくらいの大熊を相撲で投げ飛ばしたのじゃ」
金柑はなえに言った。
「坂田金時って、金太郎さんですよね」
「いかにも、力持ちの金太郎じゃ。もっとも、わしも力はあるから、熊くらいは投げ飛ばせよう」
金柑が力こぶを見せると、「はぁーっ」となえは感心した。
「あ、そういえば、この床、土俵みたいな模様が描かれていますねえ。熊さんたち、相撲をしているんですか。まわしをつけて。でもどうして胸の前でこう、前脚を輪っかみたいにしてるんですか。あと、足から三尺(約九十センチ)ばかり先の床にくっついてるこの竹の輪はなんですか」
この女児、無邪気なのか鋭いのか。答えに窮していると、
「あれ、熊ってあんな角、生えてましたか? 鹿の角みたいですねえ」
すぐに違うところに気を引かれたようだった。金柑は安心した。
「青物郷の奉行所から贈られたものだ。もうしばらく前には雨落山という山に鬼がおったそうじゃ。動物の体の一部をもいでは別の動物にくっつけるという妙な力を持っておった」
「へぇー。その鬼が、鹿の頭から角をもいで、熊の頭にくっつけたんですか。変なことをしますねえ」
ちっ、ちっ、と舌打ちのような音がする。
「そんな話はどうでもよいわ」九本松が甲高い声で、つまらなそうに言った。「早う、謎を出すのじゃ、金柑」
骸骨に皮を張り付けたような細い顔。まだ四十手前だろうに、五十を過ぎたようにも見える。金柑は昔から、この高慢ちきな男が嫌いだった。「姥捨て令」などというおかしな触れを出したところにも、わがままな性質が現れている。謎かけでへこませてやるわい……
「金柑殿、申し訳ありません」
階段を、三人の女が上ってきた。
「つばき丸がもたもたしておりましたので」「違います、ゆり丸が怖くて一人で厠に行けぬというので付き合っていたのです」「私は、私は……」
「そこへ並ぶのじゃ」
金柑の命に、三人は並んだ。
「紹介しよう。年はみな二十歳ばかりで、しばらく前に城下より募って働いてもらっている。白いのがゆり丸、赤いのがつばき丸、紫色がききょう丸じゃ。この城にいるあいだは、この三人になんでも申し付けよ」
三人はそろって頭を下げた。みなくノ一のような恰好をしているが、このほうが目立っていいという金柑の趣味であり、本当のくノ一ではない。ゆり丸は小さい音にも驚く臆病者で、つばき丸はまるまる太っておっとりしている。この二人を姉御肌のききょう丸がまとめている。実際、二人はききょう丸を「姉さん」と呼んで慕っているようだ。
「さて、今、城にいる十名がそろったところで―」
たっぷりともったいつけたあとで、金柑は胸を張った。
「青鬼の右腕の話をはじめよう」
「ちぇっ、いいのじゃ、知っておる」
九本松が顔をしかめるが、
「あっ、私、知らないんで、詳しく聞きたいです」「拙者もでござる」
なえと小次郎が言った。金柑はうなずく。
こうして始まった謎解き合戦。鬼の腕はどこにあり、どんな意味があったのか……思いもよらぬ大スペクタクルな展開が待つ続きは本書でお楽しみください!