最初から読む

 

「お客さん、起きてください。東京駅、終点ですよ。この車両は、このあと車庫に入ります」

 肩をゆすられて、重いまぶたを開けると、さも呆れた顔の車掌と目が合った。

「いや、これは失敬。大変申しわけない」

 そこで和樹は膝にボストンバッグを抱えていることに気づいた。博多駅で乗車した際、網棚にあげたはずだ。

 瑤子さんは?

 そう思いながら立ちあがった和樹は追い立てられるようにホームに降りた。

 どうしてこんなことになったのか?

 ジャケットの内ポケットのスマホを見てみると、瑤子さんからメールが届いていた。

《品川駅まで一緒に帰るのはツライので京都駅で降ります。それに、やっぱり悔しかったから、トイレに行っている隙に、あまおう苺のリキュールをほんの少しサイダーに入れました。呼吸と脈拍が乱れていないこと、蕁麻疹が出ていないことを確認しながら京都駅まで隣に座っていました。ご無事でしたら、「〇」とだけ返信してください》

 それに続き、両親の散骨に同行してくれたことのお礼が言葉少なに綴られていた。

 二度三度と読み返し、和樹は瑤子さんの求めどおりに《〇》とだけ返信した。そして、東京駅前からタクシーに乗り、渋谷区神宮前の官舎に帰宅した。義弟の小林亘が心配しているにちがいなかったが、連絡がないのは元気な証拠ということにしておいた。

 五日後、七月二十八日月曜日の昼過ぎ、和樹は湘南新宿ラインで鎌倉に向かった。季実子さんから、入院の前日に食事をしたいと言われたのだ。当初の予定では、二十九日の入院に付き添い、翌三十日の手術に立ち会うことになっていたが、入院時の付き添いは不要だという。

「わがままで、まことに申しわけないのですが、お願いできますか?」

 スマホを通して聞こえる季実子さんの声が小さくて、体調が悪いのではないかと、和樹は心配になった。もしくは、この期に及んで気おくれして、手術を延期もしくは回避しようと考えているのではないだろうか。

 その懸念は外れで、かつての教え子の母親と後輩の女性教員がどうしても和樹に会いたいのだという。

「ええ、それはかまいません。お二人のことも、ご本人たちから詳しく教えていただくのでけっこうです」

 季実子さんから電話があったのは、唐津行きから戻った翌日の午後六時過ぎで、和樹はまだ瑤子さんがすぐそばにいるような気がしていた。そのため、季実子さんとの電話を早く終えたかったし、こうした件では女性に逆らうべきでないのもよくわかっていた。

 若宮大路を東に百メートルほど入った諏訪家には午後二時前に着いたが、季実子さんと二人きりになれたのは日が暮れてからだった。

「申しわけありませんでした。おばさんたちのおしゃべりに付き合わせてしまって」

「現役時代の母を思いだしましたよ。土曜日の午後や日曜日には、誰かしら訪ねてくるか、電話で相談にのっていましたからね」

 先ほど帰っていったまた奈穂美なほみさんは保護者代表、だち真梨子まりこさんは後輩教員代表として、和樹の人物を見きわめに来たのだった。職務に熱心なあまり独身を貫いてきた我らの諏訪校長が、万が一にもダメ男にダマされてはたまらない。東大法卒の裁判長という抜群の肩書であっても、自分たちの目でたしかめるまでは信用できない。

 お二人の眼鏡にかなったのはありがたかったが、和樹は小俣さんと安達さんから質問攻めにあった。また、季実子さんの活躍も山のように聞かされた。明日の入院も、別の方が、車で大船の総合病院に送ってくださるそうだ。

 独り身の季実子さんを気にかけて、小俣さんたちはちょくちょく連絡をくれる。今回は季実子さんから小俣さんに電話をして、手術のことを伝えると、真夏でもあり、退院後の生活を心配された。交代でお世話にうかがいますというありがたい話だったのが、気がつけば、お相手の品定めをさせていただきますという話になっていたという。

 お二人のような応援団が四、五十人いて、みなさん報告を待っている。グループLINEにツーショット写真をあげたいとのことだったが、職業柄それは困る。ただし、こうしたかたちでみなさんにお会いするのはいっこうにかまわないと和樹は答えた。

 ようやく二人きりになれた和樹と季実子さんの前には店屋物の鰻重と肝吸いがあった。お茶は季実子さんが淹れてくれた。

 築七十年近い日本家屋は風通しがよく、食後に小一時間くつろいでから、和樹は帰路に着いた。そして、一日空けた水曜日、今度は大船駅で降りて、季実子さんが入院している総合病院に向かった。

 個室の病室がある四階の通路で、車椅子に乗って地階の手術室に向かう季実子さんを励ますと、和樹は待合室のソファに座った。予定どおり午後一時に始まった手術は、目安の三時間である午後四時を過ぎても終わらなかった。まんじりともせずに待っていると、午後四時半にようやく看護師が来て、処置に手間がかかっているものの、手術自体は順調だと教えてくれた。

 家族LINEで母と妹に伝えたあとも、和樹は気が気でなかった。嬉野温泉の宿で、わずかのあいだとはいえ、瑤子さんと結ばれてもいいと思ったことが悔やまれた。

 季実子さんが四階に戻ってきたのは午後五時過ぎだった。麻酔から醒めていないとのことで、先に医師の説明を受けた。当初は左心房だけを処置するつもりだったが、左心房と左心室をつないでいる僧房弁付近からも不整脈をおこすパルスが出ていることがわかった。さらに、右心房と右心室をつないでいる三尖弁さんせんべん付近からもパルスが出ていたため、計三ヵ所に電気で焼却する処置=アブレーションをおこなったという。

 四時間を超える執刀だったのに、四十代半ばに見える男性医師はエネルギッシュだった。ホワイトボードに心臓の断面図を描きながらの説明は二十分に及び、和樹のほうがまいってきた。

「医療に百パーセントはありませんが、必要な処置は致しました」

 謙遜しつつも、自負心を垣間見せる医師は頼もしかった。

「諏訪さんが目を覚まされました」

 告げに来た看護師に伴われて、和樹は病室に向かった。

「ごめんなさい。まさか、こんなに長い時間かかるとは思わなくて。それに、鏡を見たら、こんなにひどい顔で」

 季実子さんの枕元には手鏡があった。

「仕方ないさ。全身麻酔での手術のあとなんだから」

 和樹はしまったと思ったが、うまい取り繕い方を思いつかなかった。

「今のは、小俣さんと安達さんに言いつけます。でも、誰も肩を持ってくれないだろうな。みなさん、玉の輿にもほどがあるって、大騒ぎしているんですって」

 そこで看護師が入室し、和樹に退出を促した。季実子さんが伸ばした右手を、和樹は両手で握った。

 手術の前日を含めて四泊五日の入院で、あさっての午前中に退院する。退院にも小俣さんたちの仲間が付き添い、帰宅後の世話も応援団の方々がしてくれる。

 和樹は、自分のことはなんでもするが、女性の看護となると自信がなかった。

 入院中の季実子さんからは朝と夕方にLINEが来た。回復は順調で、不整脈から解放された心臓はパワーが増した感じだという。カテーテルアブレーション手術はからだの負担が少なく、退院の翌日に仕事を再開した患者もいると医師に言われていたが、それが嘘でないことがわかった。ただし、カテーテルを差し込むために切開した脚の付け根と首筋が痛むそうだ。

 退院から三日後、季実子さんは早くも校長を務める鎌倉中学校に出勤した。しかも愛用の電動自転車で往復したという。和樹は無茶をするにもほどがあると思ったが、前日に小俣さんたちの見ている前で自転車に乗り、OKをもらったうえでのことだったそうだ。

《なんだか生まれ変わったみたいです。これなら、お盆に山村家のみなさまとお会いする前に、一度そちらにうかがえると思います》

 季実子さんがそう書いてきたとき、夏物のスーツを着た和樹はJR新宿駅で中央線快速電車を待っていた。八月七日木曜日の午後五時で、小一時間前に、大山怜を被告人とする控訴審の判決文が仕上がり、思い立って出てきたのだ。週明け十一日月曜日には、裁判体を構成する三名の裁判官がそれぞれ書きあげた判決起案を持ち寄り、合議で検討することになっていた。

 ただし、和樹は事件現場の最寄りである立川駅で降りようというのではなかった。裁判員を含む裁判官が勝手に事件現場やその周辺を歩き、現場検証をすることは、刑事訴訟法によって禁止されている。

 三百十七条【証拠裁判主義】事実の認定は、証拠による。

 ここで言う「証拠」は、裁判で取り調べられたものに限られており、裁判官が独自に事件現場やその周辺に赴くことは、証拠以外によって心証を形づくることになる。

 しかしながら、その線引きは実際には難しい。たとえば、新宿駅や渋谷駅といった、誰もが知っていて、多くのひとが日常的に利用する場所でおきた刑事事件を担当することになった場合、その縛りに従うのは非常に困難だからだ。また、事後審である控訴審ということもあり、和樹は中央線快速電車で立川駅まで行ってみようと思ったのだ。

 立川駅の近くには、大山が勤めていたコンビニエンスストアがある。事件がおきたマンションも駅から徒歩十分とのことだが、車窓やホームから店舗や住居を特定するつもりもなかった。ただ、十数年ぶりに、立川方面に行ってみたいと思ったのである。

 学校の夏休み中でもあり、新宿駅から乗った下り電車はぎゅうぎゅう詰めではなかった。立川駅で降りた和樹はホームやコンコースを歩き、数分後に入線してきた上りに乗り換えた。

 厳密に言えば、刑事訴訟法に抵触しかねない行為をしているあいだ、和樹はやましさを覚えていたが、判決に影響を与えるような新たな心証は得なかった。その確信があったから、立川駅まで行ってみたのだが、そうするのを押しとどめられなかった自分が不可解でもあった。

 新宿駅に戻った和樹はひと息吐きたい気分だった。季実子さんのLINEにも返信したかったが、この時間、新宿駅近くの飲食店はどこも混んでいるだろう。

「失礼ですが、山村和樹さん、ですよね」

 自分の前にあらわれた女性に呼ばれて、和樹はびくっとなった。

「弁護士の鈴森です」

 黒のパンツスーツを着た小柄な女性がこちらを見あげている。

「鈴森ゆう美です。偶然、お見かけしたものですから」

 今度はフルネームを名乗り、和樹のほうでも相手を認めた。しかし、反射的にそっぽを向き、和樹は早足でその場を離れた。

 裁判官と弁護士が私的に会うことを一律に禁止する法律はない。しかしながら、進行中の事件で弁護人をつとめる弁護士と裁判官が個人的に面談することは、裁判の公平性への疑念を招き、倫理的にも厳に慎むべき行為とされている。ましてや、判決が言い渡される第二回公判期日を控えているのだから、偶然とはいえ、鈴森弁護士の行為は非常識というほかなかった。それとも、立川駅のホームで和樹に気づき、あとをつけてきたのだろうか。

「申しわけありませんでした」

 追いかけてきた鈴森弁護人があやまったが、和樹は無視して足を進めた。エスカレーターでホームに降り、ちょうど入ってきた渋谷方面の山手線に乗った。

 午後六時過ぎの車内はぎゅうぎゅう詰めだったが、それよりも熱意溢れる仕事ぶりを評価していた若手弁護士のわきまえを欠いたふるまいが腹立たしかった。

 ――立川になんて行くんじゃなかった。

 無言で怒鳴ると、吊り革を持つ手に力がこもった。その一方で、和樹は合点した。

 ――そうか。大山がかわせなかった危機を、おれは紙一重でかわした。ただし、それはおれの力ではなく、瑤子さんが良心を手放さなかったからだ。そのことに対する引け目が、おれを事件がおきた立川に向かわせたのだ。

 自分の行動に納得がいくと、せっかくの挨拶を無下にした鈴森さんに対する申しわけなさがつのった。そうは言っても、進行中の公判を担当している弁護士と裁判官が懇意にするのは褒められたことではない。

 内回りの山手線は代々木駅に停車し、つぎの原宿駅で降りる和樹は進行方向右側のドアの前に移動した。

 ――まあいい。十八日には顔を合わせるんだ。

 胸のうちで、和樹は自分をなだめた。

「痴漢です!」

 女性の声が響いたのは原宿駅に停車する直前だった。

「鈴森さんだ」

 そう思ったときには目の前のドアが開き、和樹はホームに押しだされた。

「黒い野球帽にマスクのひとが痴漢です」

 背後で鈴森さんの声がした。

「おい、おまえ、待てよ」

 誰かがそいつを呼び止めて、背中を強く押された和樹はよろめきながらも反転し、両腕を広げて立ちふさがった。

「どけっ」

 黒い野球帽にマスクをした男の右手にはスプレー缶が握られていた。つぎの瞬間、霧状の液体が大量に顔にかかり、和樹は昏倒した。

「裁判長、山村裁判長」

 鈴森さんの声がした。

「ばか。こんなところでそんなふうに呼ぶな」

 遠のく意識のなかで和樹は叱った。

 その後、和樹はいくつもの夢を見た。二、三十年も会っていないひとたちと語り合い、この世ではもう会えないひとたちともたくさんの話をしたが、誰となにを話したかをはっきり憶えていたのは、目覚める直前の会話だけだった。

 ――ほらね。だから、わたしが言ったでしょ。痴漢をするような危ないひとたちとはかかわらずに生きていくにこしたことはないのよ。

 それは矢島紗帆さんの声だった。

 ――あなたは本当に優秀なひとなんだから、弁護士になっていたって、絶対に成功できたのよ。そして、安全な場所で、わたしと幸せな家庭をつくって、裕福に暮らしながら、できる範囲で社会貢献をすればよかったじゃない。

 還暦の紗帆さんがどんなふうになっているのか、和樹は知りたかった。しかし、目が痛くて、まぶたが開けられなかった。

 ――きみの言いたいこともよくわかる。でもね、あえて危険に身を晒す必要はないけれど、ぼくはみんなが背負っているリスクは、できるだけ等分に負いながら、社会に働きかけていくべきだと思っている。とくに裁判官はそうであるべきだ。こどもの頃、医者、床屋、教師はあらゆるひとたちとかかわるという言い方があった。そして、裁判官もそうなんだ。上級国民なんて言い方は本当に頭にくるが、エリートと見なされる立場にあるものたちこそ、社会のなかで揉まれていかなくてはならないと思いながら、きみにフラれたあとも、ぼくはおごらず、たゆまず生きてきたつもりだ。

 ――そうね、それは認めるわ。わたしは付いていけなかったけれど、あなたはよくがんばってきたと思う。

 ――ありがとう。

 今度こそ、長年の胸のつかえがとれて、和樹はホッと息をついた。

「ああ、よかった」

 自分の声で目を覚ますと、「和樹さん」と呼んだのは季実子さんだった。

「和樹さん、和樹さん」

「やあ、季実子さん」

「今、お医者さんを呼んできます」

「うん。でも、少しだけ待ってくれないか」

 和樹の右腕には点滴の針がささり、鼻には酸素吸入のチューブが差し入れられていた。脳波や心電図も計測されているようで、亡き大隅判事と自分が重なった。

「ぼくはその、あれだ。山手線で痴漢をしたやつの催涙スプレーをまともにくらって気を失ったんだね。大方、自家製のスプレーで、よくあるやつだが、唐辛子エキスに加えて、度数の高い工業用アルコールでも混ぜていたんだろう。そのせいで、アルコールに弱いぼくはアナフィラキシーショックをおこした」

 すらすら言葉が口を衝き、脳には影響を受けていないらしいと、和樹は安堵した。季実子さんも喜んでくれたが、四日間も意識不明だったのには驚いた。今は八月十日の午前十一時過ぎだという。

 医師の診察を受けると、鼻のチューブは外してもらえた。意識不明に陥っているものの、脳に損傷はなく、容体が安定すれば遠からず意識は回復すると見立てていた。ただし、相当なショックを受けたのだから油断は禁物と諭された。

 医師と看護師が退出し、再び季実子さんと二人になった和樹はリクライニングのベッドを少し起こしてもらった。いろいろなことが気になっていたが、まずは東京高等裁判所の山本剛やまもとたけ長官に電話をかけた。すると、回復を喜んでくれて、このあとこちらに向かうという。

「季実子さん、そこの椅子にかけてください」

 そうすすめてから和樹は言った。

「医師の名札を見てわかったんだが、ここは東京大学附属病院なんですね」

「十四階の個室ですが、大隅豊彦前最高裁判事が入院されていた部屋とは別です」

 椅子にかけた季実子さんと目が合い、このひとはなにもかもを知っているのだと和樹は思った。そのうえでこうして付き添ってくれているのだから、こちらからよけいなことを言う必要はない。

「季実子さんの体調は、その後いかがですか?」

「おかげさまで、とても元気です。あの、泉子先生に連絡をしたいのですが、ここで電話をかけてもかまいませんか?」

「お願いします。母のことだから、きっと、さぞかし怒っているんでしょう。犯人にではなく、災難を避けられなかった息子に」

 秘書官と共にあらわれた山本長官によると、東京高等裁判所の裁判長が、痴漢をはたらいた容疑者を捕まえようとして意識不明になった事件は大きく報道されたという。裁判官は特別国家公務員であり、国会議員などと同じく、プライバシーの扱いが一般国民と異なる。ましてや勇敢な行為ということで、最高裁事務総局はマスコミの報道を黙認している。犯人は現行犯逮捕されて、現在も取り調べを受けている。また、危険を顧みないたぐいまれな人物として、山村和樹判事は時の人になっているそうだ。

「それは弱りましたね」

「うん。ほかにも弱ったことがある」

 ひとつは鈴森ゆう美弁護士で、自分の行動がきっかけで和樹が意識不明になったことに大きなショックを受けている。裁判官であることが知られたのも、原宿駅のホームで倒れた和樹に鈴森弁護士が裁判長と呼んだからだ。ただ、鈴森弁護士が弁護人をつとめる控訴審の裁判長が和樹だということはマスコミに知られておらず、原圭太主任弁護人からは鈴森弁護士を本件の弁護人から外す旨の連絡があったという。

 もうひとつは、大山怜を被告人とする事件の控訴審で、第二回公判期日を当初の十八日に開廷するかどうかを相談したい、とのことだった。予定どおりに開廷しても、変更しても、マスコミが大挙するだろうし、傍聴券を求めて長蛇の列ができるだろう。

「申しわけありません」

「きみが謝ることではないが、われわれ裁判官は、基本的に、ひとつの事件に過度な注目が集まることを好まないからね。どんな事件であっても、その事件にかかわったひとたちの人生を大きく左右するものであることに変わりはない。世間の耳目を集める事件を振り当てられたことでやる気を増すなんていう判事は、二流以下だよ。きみには言うまでもないことだがね」

 山本長官も小野寺判事や大隅判事の薫陶を受けていることを和樹は思いだした。

「そう言えば、大隅さんは亡くなられたそうだね」

 和樹のことがあったので、数年ぶりに電話をかけると、娘さんが出て、先輩判事の死去を知らされた。死後三ヵ月は公表しないようにと遺言されていて、八月三日で三ヵ月になったのだが、どうしたらいいのかがわからずにいると相談されたという。

「きみは、この病院に入院していた大隅さんを見舞っているんだってね。娘さんはずいぶん心配していたよ。ぼくは、大隅さんのことだから、あとを追うなんて十年早いと、三途の川の手前で山村君を追い返すはずだと言っておいた」

「そうでしたか」

「うん。しかし、後遺症もないようで本当によかった。迷惑だろうが、あす、もう一度、見舞いがてら打ち合わせに来るよ。そうだ、第六刑事部の陪席裁判官や書記官、事務官たちが、きみが意識をとり戻したことを知って大喜びしていたよ。経過を随時知らせてくれと言われていてね。ここに向かう車内で、彼が伝えたんだ」

 山本長官の背後に立つ男性秘書官に、和樹は目礼した。ベッドの脇に立つ季実子さんもお辞儀をした。入籍前だが、和樹との関係を伝えると、当然のように同席を認められた。

 山本長官たちが退出したのに続き、季実子さんも鎌倉に帰ってゆき、和樹は平らに直してもらったベッドで目をつむった。

 退院には季実子さんが付き添ってくれた。意識を回復してから一週間が経ち、和樹はすっかりもとどおりだった。明日十八日には予定どおり大山怜を被告人とする控訴審の第二回公判期日が開かれる。諸々の検査で心身に異常がないことが確認されて、山本長官の許可が下りたのだ。第六刑事部の合議も特別に個室病室でおこなわれて、柳田判事と井野判事が書いた判決起案とのすり合わせもすでに済んでいた。結局、裁判長である和樹が記した起案がそのまま判決になるのだが、二人の起案にも教えられるところが多々あった。

「あの日の午後四時に出たきりだから、室内が乱雑で、先にあやまっておきます」

 東大附属病院からタクシーに乗ったところで和樹は頭をさげた。

「お役に立てることがあって、うれしいわ」

 隣に座る季実子さんは今日も溌剌としていた。

 十日ぶりに神宮前の官舎に戻ると和樹は室内を案内し、窓を開けて、空気を入れ替えた。午前十一時過ぎで、お昼はサンドイッチ、夜は季実子さんがすき焼きをつくってくれることになっていた。料理は大の苦手なのだが、おむすびとすき焼きだけは自信があるという。和樹の部屋にも炊飯器はあるので、本郷から渋谷までの途中にスーパーに寄ってもらい、二人は仲睦まじく買い物をした。

 今夜、季実子さんは官舎に泊まることになっていた。寝具はひとつしかないが、和樹のベッドはダブルサイズだった。

 季実子さんも明日は出勤なので、渋谷駅から湘南新宿ラインで鎌倉駅に向かう。そのあとはまた別々の生活になるが、来年四月一日からはこの官舎で一緒に暮らしてくれる。鎌倉の家も手放さず、週末や夏休みはそちらで一緒に過ごす。贅沢極まりない暮らし方で、和樹は入院中から気が引けていた。

 季実子さんが掃除機をかけてくれているあいだに、和樹はコーヒーミルで豆を挽いた。注ぎ口の細長いヤカンでお湯を沸かし、鍋島焼のペアカップをスポンジで洗った。

 瑤子さんのことはずっと気になっていたが、季実子さんがなにも聞いてこないので、和樹のほうからうちあけるわけにもいかなかった。

 近々の瑤子さんの動向を和樹に話してくれたのは小林だった。山村和樹判事がアナフィラキシーショックで意識不明に陥ったことを報道で知った瑤子さんは、重症化したのは自分のせいだと思い込んだ。マムシやスズメバチがそうであるように、一度目に噛まれた・刺された際、強力な毒素を中和するために体内で形成された抗体が二度目に激しく反応し、ショック死に至る場合がある。以前読んだ小説でそのことを知っていた瑤子さんは罪の意識に苛まれて、和樹の家族と医師に伝えなければと思い、和樹のスマホに電話をかけた。

 そのとき、病室にいたのは季実子さんと小林だった。仕事帰りに見舞いに寄ったところでスマホが鳴り、「大隅瑤子」と表示されたのを見て、小林はまずいと思った。しかも季実子さんと目が合ってしまい、もはやこれまでと覚悟を決めて、小林は電話に出た。

「そのときの緊張ったらありませんよ。お義兄さんが大隅瑤子さんと泊まりがけで唐津に散骨に行くと、ぼくだけには知らされていたことを、諏訪先生の前で話さなくちゃいけなかったんですからね」

 しかし、小林がもっと驚いたのは、季実子さんも病室にいると知った瑤子さんが、「今からそちらにうかがいます」と言いだしたときだ。そして、季実子さんと瑤子さんは、この個室で一時間以上も話した。小林は外していたので、二人がなにをどんなふうに話し合ったのかはわからない。小林のスマホに季実子さんから連絡があったときには瑤子さんは退出していて、季実子さんもなにも教えてくれなかった。

 アナフィラキシーショックについて言えば、犯人が噴射した自家製の催涙スプレーがあまりにも強力だったので、瑤子さんの心配していたようなことではないというのが医師の見立てで、これには和樹も胸をなでおろした。

 瑤子さんのことを、小林は清美にも母にも話していない。とくに清美にバレたら、どんな目にあうかわからないと、事前に見舞客がいないことを確認してから病室を訪れた小林は終始小声で語り、その困り果てた様子がおかしくて、和樹は声を立てて笑った。

「ひどいなあ。ぼくは間違いなく寿命が縮みましたよ」

「うん。ぼくも死にかけた。つくづく、悪いことはできないものだと思った」

「だって、……してないんですよね」

「してない」

「でも、そうですね。大隅瑤子さんと諏訪季実子先生、あんなに素敵な女性たちから同時に好かれるなんて、罪以外のなにものでもありませんよ」

「日本は罪刑法定主義で、該当する犯罪は刑法に記載されていないけどね」

 われながらしょっていると照れくさかったことなどを思い返しながら、和樹はコーヒーを淹れた。

 和樹が意識をとり戻し、後遺症もないことは、季実子さんか小林が瑤子さんに伝えたにちがいない。鈴森ゆう美さんのことも気になってはいたが、裁判官と弁護士の個人的な連絡はあらぬ誤解を招きかねない。

 掃除機の音が止まり、居間に戻ってきた季実子さんが皿にサンドイッチを並べた。

「素晴らしい香りですね。サンドイッチと一緒じゃ、もったいないくらい」

「どうぞ、そちらにかけてください」

 季実子さんが窓を向くように椅子をすすめて、和樹はコーヒーをそそいだ。

「桃と橘、いつかこのカップで一緒にコーヒーを飲む女性にめぐり逢いたいと思ってきたんです」

「ありがとうございます」と応じた季実子さんが、思いきったように話しだした。

「わたしは教員という仕事が大好きで、そのことばかりを考えて生きてきたので、こうして男性と暮らしていく自分を想像したことがありませんでした。だから、小俣さんたちも、とてもビックリしていて、大半のひとたちは祝福してくれているんですけれど、同じように独り者でやってきた女性たちにはけっこうなショックを与えてしまったみたいです」

 そこで季実子さんが口をつぐみ、和樹は不安になった。

「だから、和樹さんが意識不明になったときには、わたしが相応しくなかったからだ。分不相応な望みを抱いたからだって、もの凄く落ち込んでしまって、あやうく不整脈がぶり返すところでした」

 どう応じるべきかわからずにいると、季実子さんが桃の描かれたカップを口に運んだ。

「おいしい。コーヒーは大好きで、よく飲むんです。でも、こんなにおいしいのは初めてです。このカップも、とても素敵ですね」

 そう言われたのがうれしくて、和樹も橘のカップでコーヒーを飲んだ。

「十二月五日の誕生日で、わたしも還暦です。六十歳どうしからですけれど、幸せになりましょうね。和樹さんも、わたしも、せっかく危機を乗り越えたんですから、お互い、まだまだ仕事をしながら、うんと幸せになりましょう」

「ありがとう」

「そうなるべきだって、励まされたんです」

「うん」

 誰にとは聞かず、和樹は手を伸ばしたサンドイッチを頬張った。

 

(了)