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「それでは、まいりましょう」

 法廷の一番奥にある両開きの扉の裏側で、井野判事が小声で言った。

「うん」と和樹は頷き、職員によって押し開かれた扉を、左右の陪席裁判官と共に通った。東京高等裁判所四一〇号法廷の傍聴席はほぼ満員で、マスコミも数社が取材に来ていた。ただし、開廷前の撮影はないので、その点は気が楽だ。

 そう言い聞かせながら歩を進めて、法壇の中央に座した和樹は視界の左側に被告人・大山怜の姿をとらえていた。ぱっと見、やせていて、肌つやも良くない。ただし、頭髪は刈りそろえられており、白いワイシャツとベージュのズボンも洗い立てのように見える。今日のために、誰かが差し入れてくれたのだろう。

 男性の受刑者はいわゆる丸刈りだが、それ以外の被収容者は、申し出があれば、二ヵ月に一度、調髪とひげ剃りをしてもらえると、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律によって規定されている。

「それでは開廷します。被告人は証言台の前に立ってください」

 裁判長である和樹の指示に従い、大山が立ちあがった。身長は百七十センチくらい、ひょろりとしていて、脚が長い。ただし、負けん気が強そうな、きりりとした顔つきをしている。

 人定質問のとき、和樹は被告人や証人となるべく視線を合わせないようにしていた。ただでさえ緊張している相手を、例の目力で萎縮させてしまいかねないからだ。そうかと言って、笑顔を向けるわけにいかない。そこで、目や顔に焦点を当てず、相手の全身を視界におさめるように心がける。新米の判事補だったとき、右陪席の大隅豊彦判事からもらったアドバイスだ。

「名前は何と言いますか」

「大山怜です」と答えた声はか細かった。

 生年月日、本籍、住所を順に聞いたのに続き、「仕事はなにをしていますか」と和樹は聞いた。

「無職です。そうなる前は、コンビニエンスストアの店員をしていました。おもに深夜から早朝にかけてです」

 大山が唇を噛み、悔しさをにじませた。第一審の被告人質問においても、大山は時給の高い時間帯に働いていたと答えている。レジと接客以外にも、次々に届けられる商品の仕分けや、棚に並べる品出しなどもあっていそがしい。繁華街にある店だったため、酔っ払いが店内で暴れたことが一度ならずあった。万引き犯を捕まえたこともあった。腹立たしいことも多かったが、やりがいはあったと、第一審の公判記録に記されていた。

「それでは、被告人はもとの席に戻ってください」

 大山が腰をおろすのを待って、和樹は背後に並んで座る弁護人に目を向けた。控訴趣意書には四名の弁護士が弁護人として名前を連ねていたが、今日は二名のみの出廷だ。

「弁護人から控訴趣意書が提出されていますが、弁護人はこの趣意書を記載のとおり陳述しますか」

「はい、陳述します」

 手前に座った原圭太主任弁護人が張り切った声で答えた。ただし、弁護人が控訴審の法廷でじっさいに趣意書を読みあげることはほとんどない。あえて読みあげて、傍聴人やマスコミにアピールしたところで、検察官には鼻白まれて、裁判官の心証も害することにしかならないからだ。

「これは、事実誤認の主張ということでよろしいですね」

 和樹が確認すると、「はい」と原主任弁護人も簡略に応じた。

「では、検察官の意見をうかがいます」

 和樹は法廷の右側に座す田中昌弘検察官に聞いた。

「弁護人の控訴趣意には理由がなく、本件控訴は棄却されるべきと思料いたします」

 起立した田中検察官は型どおりの答弁を無機質な声で述べて、無表情のまま着席した。

「弁護人から、事実取り調べ請求書が提出されています。このとおり請求されるということでよろしいですか」

 原主任弁護人の左隣に座る鈴森ゆう美弁護人に向けて和樹が聞いたのは、この間の彼女の奮闘を井野判事から伝え聞いていたためだ。通常、控訴審の進行協議は一度だが、本件では弁護団の強い求めにより、再度の進行協議がおこなわれていた。そのため、審議日程はさらに延びて、第一回公判期日は本日七月十七日木曜日、午後一時の開廷となったのである。

「はい、請求します」

 鈴森弁護人は今日も肝が据わっていた。

「弁一号証が松浦元子さんの証人尋問。二号証が被告人質問、この二点ですね」

「はい」

 その返事を受けて、和樹は視線を右に転じた。

「これらの請求について、検察官の意見をうかがいます」

「弁一号証、弁二号証とも不同意です。いずれも必要性がありません」

 そう抗弁しながらも、二度の進行協議で裁判体の意向をおおよそ把握している田中検察官は達観した表情だった。有能な検察官なら、本件の控訴審を担当することになった時点で、原判決の維持は難しいとわかっているはずだ。なにより、大局が読める検察官であれば、自白に過度な比重のかかった重大事件において、求刑を大幅に上回る懲役刑が確定するのはけっして望ましいことではないと考えているだろう。つまり、この不同意は、組織としての検察の体面を保つためのものにすぎない。

「合議の結果、弁護人からの事実取り調べ請求は、どちらも認めます」

 和樹が宣告すると、わずかの間をおいて、傍聴席がざわめいた。新聞記者たちもあわててペンを走らせている。控訴審において、新たな証人尋問と被告人質問が共に認められるということは、原判決の破棄、それもいわゆる逆転無罪判決が言い渡される可能性が高いからだ。

「それでは、証人尋問に移ります。証人を入廷させてください」

 和樹はコップの水でのどを湿らせた。名古屋高裁の右陪席裁判官としても一度、第一審判決を破棄し、逆転無罪に処しているが、裁判長となると、やはり重圧が違う。また、このあとの証人尋問と被告人質問が弁護側のおもわくどおりに進むという保証はなかった。裁判長としても、被告人に対する心証はまだ確定していない。

 やがて、法廷職員に手を引かれて、小柄な高齢の女性が入廷した。この松浦元子さんを探しだすために鈴森弁護人は奔走し、最後は和樹の命令により、検察が所持していた捜査情報が開示されて、現住所が判明したのだ。

 松浦さんは緑内障をわずらっており、左目は失明している。右目も、よほど近づけないと文字の判読やひとの判別ができないそうだ。四年前、左目がほとんど見えなくなったのを機に生まれ故郷である北海道やま郡江差町に帰り、二年前からは同町内の老人介護施設に入所している。このたび、被告人のたっての要望により、弁護側の証人として出廷することになったのである。

 証人に対する人定質問と、偽りを述べない旨の宣誓に続き、弁護人による証人尋問が始まった。

「松浦さん、あなたと被告人の関係をお聞かせ願えますか」

 証言台の近くまで歩みでた鈴森弁護人が明るく、はっきりした声で聞いた。

「わたしは三十五歳のとき、長距離トラックの運転手をしていた夫を交通事故で亡くしました。こどもがいなかったこともあり、その当時暮らしていた神奈川県川崎市の児童養護施設で、住み込みで働き始めました。夫の出身地は北海道の夕張ですが、やはり児童養護施設で育っていたからです。怜君のことは、彼が児童養護施設で暮らすようになった四歳のときから知っています。やさしくて、利発で、年下の子たちの面倒をよくみていて、とてもこんな事件をおこす子ではありません」

 松浦さんの明瞭な話しぶりに、和樹は感心した。弁護人と証言の練習を重ねたにしても、よほどの確信がなければ、法廷でこれほど堂々とふるまえるものではない。

「被告人が逮捕されたと知ったのは、いつでしょう?」

「先月の終わりに、あなたが江差を訪ねてくれたときです。もう、ビックリしてしまって。だって、怜君が、そんな事件をおこすなんてありえない。もっと早くに知っていたら、その第一審のときだって、わたしは証人になっていましたよ。でも、誰からも、なんの連絡もなかったから」

「裁判長」

 鈴森弁護人に呼びかけられて、「はい」と和樹は応じた。

「わたしは、この控訴審の場で、検察が捜査段階で松浦さんの存在を把握していたことについて追及をしようとは思いません。第一審の弁護人は国選の一名で、被告人との意思疎通も十分でなかったため、被告人も証人の候補として松浦さんをあげていなかったのですから」

 鈴森弁護人は田中検察官を見ることなく、和樹たち裁判官に向けて語った。

「ただ、ひとつだけ、裁判長にお願いがあります」

「なんでしょう?」

「松浦さんは、とても目がお悪いし、ご高齢でもありますので、たいへん失礼ですが、本件の被告人を視認できていないかもしれません。そこで、証人に被告人をたしかめてもらうことは可能でしょうか?」

「それは、つまり、二人をごく近い距離で対面させようということでしょうか?」

 和樹が聞くと、「はい。そのとおりです」と鈴森弁護人が笑顔で大きく頷いた。

「検察官は、いかがですか?」

 和樹に聞かれた田中検察官が机に手をついて起立した。

「弁護人の要請に、それほどの必要性があるとは思えませんが、不同意と言いつのるつもりもありません」

 それは、これまでの無機質な声ではなかった。

「ありがとうございます」

 鈴森弁護人がお辞儀をして、田中検察官も会釈を返した。

「よかったですね」

 和樹の右隣に座る柳田判事がささやいた。

「ぼくは初めて見ます。法廷で、弁護人と検察官が互いの非をあげつらわずに意思を通じ合わせるところを」

 左隣の井野判事も感激している。

「わたしが介助をしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 裁判長の許可を受けて、鈴森弁護人が証言台に歩み寄った。そして、松浦さんの右手を引き、被告人席に連れていった。

「被告人は、起立してください」

 和樹に指示された大山が立ちあがり、身をかがめた。その顔に、松浦さんが右目をくっつけるようにしている。

「ああ、怜君だ。怜君、大きくなったねえ。でも、ずいぶんやせているじゃない。ちゃんと食べているの?」

「それは、留置場でも、拘置所でも、一日三食、しっかり出してもらえるからね。ただ、気持ちが晴れないから、太りはしないよ」

 ぶっきら棒に答えたあと、「松浦のおばちゃん。会いたかった」と言って、被告人が泣き崩れた。

「どうした、怜君。そりゃあ、かなしいよねえ。かなしい、かなしい」

 祖母が孫を慈しんでいるようで、涙をさそわれた和樹は平静を保つのに苦労した。

「裁判長、そろそろよろしいのではないでしょうか?」

 田中検察官がタイミングよく声をかけてくれて、「そうですね」と和樹は応じた。

「弁護人は、証人を証言台に戻してください」

「はい、ありがとうございました」

 その後の鈴森弁護人による証人尋問では、児童養護施設での被告人の献身的なふるまいが明らかにされた。ただし、献身的なあまり、指導員や職員の配慮を欠いた言動に怒りをあらわにすることがあった。小学校や中学校でも、児童養護施設の仲間たちを守るために教員や生徒たちと悶着をおこしたことがある。

 第一審の証人尋問においては、そうしたマイナスの面ばかりが印象づけられて、被告人は短気で攻撃的な人物との心証が形成される結果になったことを、鈴森弁護人は筋道を立てて論証した。

「終わります」

 裁判官にお辞儀をした鈴森弁護人は、対峙している田中検察官にも丁寧なお辞儀をした。

「検察官、反対尋問を」

「はい」と応じて、田中検察官が起立した。

「一点だけ、証人にお尋ねします。被告人は、逮捕から三日後に、取り調べにおいて、傷害の意思を持って、故意に、つまりわざと生後四ヶ月の乳児を床に落としたのだと、犯行を自白しています。のちに、初公判の法廷において自白を撤回し、睡眠不足と疲労から足を滑らせて、乳児を抱いたまま転倒したと述べたわけですが、このことについて、証人はどのようにお考えでしょうか」

 田中検察官の口ぶりは意外なほどおだやかだった。反対尋問を一点に絞ったのも適切だと和樹は思った。第一審であれば、弁護人と検察官は、互いの証人に対して、証人尋問と反対尋問を延々と繰り広げることがあるが、事後審である控訴審は基本的に事実関係を争う場ではないからだ。

 数々の冤罪事件や強引な捜査手法により、検察=悪のイメージが社会に定着しようとしている。しかしながら、多くの検察官は、社会にはびこる諸悪を根絶するために日々奮闘している。警察官も日夜、社会の安全を保つために献身している。ただし、あまりのいそがしさと功名心から、被疑者に対して威圧的にふるまってしまうことがある。

 どうすれば、その芽を摘むことができるのか。また、どうすれば、おこしてしまったあやまちを隠蔽せず、組織を不断に刷新し続けてゆけるのかは、あらゆる組織にとって、まさに永遠の課題というほかない。それは裁判所においても然りだ。

「裁判長」

 鈴森弁護人に呼ばれて、和樹は視線を左に向けた。

「どうぞ」

「証人には、被告人の逮捕から本日に至る経緯を説明してあります。すでにおわかりのように、言語は明瞭で、記憶力もたしかです」

「わかりました」

 弁護側の態度も一貫してフェアで、無用な法廷戦術によって検察官を牽制・挑発することはなかった。だからこそ、田中検察官も対立的な言動を控えているのだろう。

「では、証人。検察官の質問に答えてください」

 和樹がうながすと、松浦さんはじっと考え込み、意を決したように話しだした。

「怜君は、お世話を任されていた赤ちゃんにケガをさせてしまって、死なせてしまって、自分を激しく責めたのだと思います。わざとしたことではないと言い張って自分をかばうよりも、自分の失敗でかわいい赤ちゃんを死なせてしまったことがショックだったのだと思います。それで、自分がしたと言ってしまったのではないでしょうか」

 そこで松浦さんは視線を落とし、息をととのえた。

「亡くなった夫もそうだったから、よくわかるのですが、児童養護施設で育ったということは、家庭に恵まれなかったということですよね。わたしは二親がそろっていましたが、父親が酒乱、アルコール依存症でしたから、それはもう大変でした」

 松浦さんがまた考え込んだ。

「そういう育ちだと、良くないことがおきたときに思ってしまうんです。ほら、まただって。やっぱり、自分にはろくなことがおきないと思って、うちひしがれてしまうんです。『禍福はあざなえる縄の如し』という諺を大人になってから知りましたが、悪いことはそう続くものじゃない、我慢していれば、そのうちにいいことがあるさなんて、とても思えません。『一難去ってまた一難』というよりも、災難はひとつとして去ってはくれず、次から次へと襲いかかってくるばかり。そのことを、世の中のせいになんてできません。わたしが悪いんだって、わたしが性根の良くない人間だから、悪いことばかりおきるんだって、自分にがっかりしてしまうんです」

 普通の検察官なら、感情的になった証人を制止しようとするところだが、田中検察官は身じろぎせずに聞き入っていた。

「だから、亡くなった赤ちゃんは本当にかわいそうですが、わたしは怜君がぎりぎりでよく踏みとどまったと思います。聞けば、最初についてくれた弁護士さんとは反りが合わなかったそうで、でも、裁判所では、誰にもさえぎられずに自分の意見を言えるということで、怜君はがんばって、自分には赤ちゃんを落とすつもりはなかったと、本当のことを言ったんだと思います。先ほど申しましたように、児童養護施設でも、小学校や中学校でも、ぞんざいな指導員や職員、それに先生に対しても、施設のみんなを守るために意見を言うことができる強い子なんです、怜君は」

 胸を波打たせた松浦さんが洟をすすり、ハンカチで涙をぬぐった。

「検察官、反対尋問は一点についてのみとのことでしたが、それでよろしいでしょうか」

 和樹は抑えた声で聞いた。

「終わります」

 田中検察官は短く返答して着席した。

「これで証人尋問は済みました。ご苦労さまでした」

 和樹がねぎらうと、松浦さんが深々と頭をさげた。そして、法廷職員に手を引かれて証言台を降り、廊下に出るドアに向かった。

 そのあいだに和樹は時刻を確認した。午後一時四十分を過ぎていて、いつもよりも時間が過ぎるのが早かった。ただし、休憩を入れるほどではない。

「では、続けて被告人質問に移りたいと思いますが、検察官はいかがですか?」

「かまいません」

「弁護人は?」

「同じです。それに、証人がきちんと話してくださいましたので、弁護人による被告人質問は、それほど時間はかからないと思います」

 察しのいい鈴森弁護人に負けまいと、田中検察官もみずから告げた。

「検察としては、被告人に対する質問は、第一審の審理でおおよそ尽きています。ただし、このあとの弁護人による被告人質問において、被告人から想定外の回答があった場合は別ですが」

「わかりました。では、被告人は証言台の前に立ってください」

 和樹はうながし、威儀を正した。右にならえで、左右の陪席裁判官も背筋を伸ばした。

 大山怜が再び証言台に立つと、鈴森弁護人が聞いた。

「松浦元子さんの証言を受けて、この場で言いたいことはありますか」

「遠い北海道からわざわざ来てくださったのに、ぼくは松浦おばちゃん、いいえ、松浦元子さんにお礼を言うことができませんでした。そのタイミングがわからなかったからです。次はいつ会えるかわからないのに。それが残念でなりません」

 法廷がしんみりとした。被告人のことばづかいは丁寧で、それを決め手にするつもりはなかったが、発言の内容といい、開廷したときよりも心証が良くなっているのは間違いなかった。

「では、もう一つだけ聞きます。被告人は、日々どのようなことを考えていますか」

 おそらく、最後にその質問をすると、接見の際に鈴森弁護人から伝えられていたはずだが、大山はなかなか口を開かなかった。

「ぼくは、佐紀ちゃんが、おなかのなかにいたときから、無事に生まれてほしいと思っていました。それなのに、ようやく生まれてきて、すくすく育っていた佐紀ちゃんを、ぼくの失敗で死なせてしまい、本当に申しわけなく思っています」

 絞りだすように言うと、大山はまた黙った。そして、一分ほど沈黙してから、また絞りだすように言った。

「鈴森さんからは、将来の目標も話すようにと言われていて、考えようとしたのですが、いまはまだ考えることができませんでした。児童養護施設の指導員になりたい気持ちもありますが、ぼくに務まるかどうかわかりません。それよりも、さっき松浦さんが言われたように、どうしてこんなことになったんだろう。どうして、また悪いことがおきてしまったんだろうと、そればかり考えています」

「そうですか。では、終わります」

 鈴森弁護人は潔く引き下がり、弁護人席に戻った。

「検察官。反対尋問を」

 和樹がうながすと、田中検察官がすっと起立した。

「先ほども申しましたとおり、検察としての被告人に対する質問は第一審において尽くされております」

「わかりました。ほかに主張、立証はございませんね」

 和樹は弁護人、検察官の順で視線を合わせた。双方が頷いたのを受けて、和樹は宣言した。

「それでは、以上で審理を終了し、次回に判決を言い渡すことにします。次回は八月十八日月曜日、午後三時からはいかがですか」

 被告人に向けて聞くと、「はい」と小さな声で返事があった。

「それでは閉廷します」

 和樹は立ちあがり、左右の陪席裁判官、検察官、弁護人も起立した。傍聴人は起立するひともいれば、座ったままのひともいて、和樹はこだわらずに裏の扉から退廷した。

「お疲れさまでした」

 エレベーターで第六刑事部の裁判官室に戻ると、井野判事がいつものようにねぎらってくれた。

「十五分ほど休憩して、二時半から、いまの公判を踏まえて、合議をしよう。明日は閉廷日で、来週の月曜日から夏休みに入ることだし」

 和樹の提案に井野判事が笑顔で頷き、「わかりました」と柳田判事も応じた。

 法服を脱いだ和樹はエレベーターで一階に降り、ネクタイをゆるめて外の空気を吸った。七月半ばの日差しで、肌がじりじりした。しかし、一年以上も拘置所に収容され続けている大山怜は、去年の夏も、今年の夏も、満足に太陽の光を身に受けていないのだ。

 この流れで過失致死罪が確定し、釈放されることになった場合でも、大山が社会復帰を果たす道筋をつけることまでが、司法の最低限の役割になる。そのためにも、裁判長として、検察に上告される余地のない、しっかりとした判決文を作成しなければならないと、和樹は自分に誓った。

 その後の合議において、柳田裕子判事が、第一審に差し戻す意見を撤回すると表明した。よって裁判体として全員一致で、第二回公判期日での原判決破棄、過失致死罪の言い渡しが決定した。

 第二審判決が確定判決となった場合は、すみやかに釈放される被告人に対して、補償金が支払われる。逮捕・勾留によって拘束された日数に応じ、一日当たり一千円~一万二千五百円を上限とする金額が支払われると刑事補償法で規定されており、一般には、上限である一日当たり一万二千五百円で補償される。弁護にかかった費用や、証人を呼ぶのにかかった費用も別途支払われる。

 犯罪者扱いをされ、一年以上も勾留され続けた肉体的・精神的負担に十分報いる金額とはいえないが、釈放後に新たな生活を始めるための資金にはなるはずだ。

「山村部総括。判決起案は、第六刑事部の夏休みが明ける八月十一日月曜日の提出で大丈夫でしょうか。判決言い渡しは一週間後の十八日で、日程に余裕がないように思いますが」

 判決起案は判決文の下書き、叩き台であって、主任裁判官が記すため、井野判事は不安でならないようだった。

「うん、それなんだがね。裁判官として、控訴審において、いわゆる逆転無罪判決を言い渡すというのは、滅多にあるものじゃない。だから、三人ともが判決起案を書いて、夏休み明けに持ち寄ろう。そのうえで熟議し、表現を整えようじゃないか。井野君は不満かもしれないが」

「いいえ、滅相もない」

「それじゃあ、わたしは日本最北端の利尻島と礼文島でじっくり考えてきます。利尻島ではロッククライミング、礼文島では高山植物を愛でながらのトレッキングです」

 さもうれしそうに語った柳田判事が一転して表情を引き締めた。

「本日の公判は、目から鱗が落ちる思いの連続でした。弁護側の証人尋問も出色でしたが、検察官に、あれほど情に厚く、紳士的なふるまいのできる方がおられるとは、寡聞にして存じあげませんでした。とくに、弁護人が、証人にも被告人にも、被害者である乳児の母親に対する謝罪をうながさず、双方も謝罪を述べなかった点を検察官が追及しなかったことに唸りました。あれは、第二審はあくまで事後審であって、そのことを十二分に理解しているからこそ、悪あがきはしないのだという意思の表明だと、わたしは受け取りました」

「うん。ぼくも同意見だが、彼があれほど芯の通った人物だとは知らなかった」

 そう言って、和樹は田中昌弘検察官が大学の同級生であることを伝えた。

「今日の法廷でのやりとりも当然記録されていて、検察内には、こころよく思わない者たちもいるはずだからね。昇進や異動に影響があるかもしれないのだから、彼の私利を廃した公平な態度は我々も見習わなければならない」

 そのあと、和樹は本件の第一審について、あらためて苦言を呈した。

「そもそも裁判員裁判の対象になる重大事件の公判をひとりの国選弁護人に担当させたことが間違いのもとだ。当初は自白事件だったこともあり、公判前整理手続きも、終始検察のペースで進められてしまったのだろう。それでも、初公判の罪状認否において、被告人が自白を撤回し、弁護人の解任を求めた時点で、裁判体の判断により、それまでの弁護人を解任して、新たに二人体制にすることは可能だった。公判の進行は数ヵ月遅れて、裁判員にもさらなる負担を強いることになるわけだが、公判の迅速化・簡略化を図るあまり冤罪を発生させたのでは、それこそ本末転倒だ」

 法廷で、松浦さんの前で泣き崩れた大山怜の姿がよみがえり、和樹はくちびるを噛んだ。

「つまり、第一審を担当した三名の職業裁判官、なかんずく裁判長の公判指揮がおそまつだったことにより、弁護側の体制が整わず、それによって検察の主張に偏した証人尋問と被告人質問がおこなわれた結果、裁判員の処罰感情が高じてしまった。田中検察官は、そうした経緯を踏まえたうえで、控訴審の証人尋問と被告人質問にああした淡泊な態度で臨むことにしたのだろう。田中君の、まさに法の正義を実現しようとする公平無私な態度に報いるためにも、力を合わせて、隅々まで意の通った判決文を練りあげよう」

 田中昌弘検察官のふるまいには還暦ということも大いに関係しているように思った。しかし、それは口に出さず、午後五時の退庁時刻のあとも、和樹は第六刑事部の裁判官室にひとり残り、諸々の書類を裁可した。翌日の金曜日、土曜日、日曜日も宅調でみっちり仕事をした。「鉄は熱いうちに打て」の格言に則り、気持ちが冷めないうちに判決文の概要を書いてしまいたいためでもあったが、そうすれば瑤子さんとの唐津行きについて、あれこれ思いわずらわずにすむからでもあった。

 じっさい、旅程について、和樹はすべてを瑤子さんに任せていた。わかっているのは七月二十一日月曜日の午前十時に、JR品川駅の新幹線南口改札前で待ち合わせることと、喪服を持参する必要はないということだけだ。大隅夫妻の遺骨は、すでに福岡の散骨業者に預けてあるという。

 海洋での散骨は、近年増加の一途をたどっているそうだが、漁労者や観光業者のなかには、微細に砕いてあるとはいえ、人骨を海に撒く行為をこころよく思わないひとたちもいる。そのため、貸し切りで乗船するプレジャーボートも霊柩車のような特別な外装ではない。また、散骨業者からは、黒ずくめの服は着てこないようにとの注意があったそうだ。九州北部地域に限ったことではなく、全国的な対応とのことで、和樹もそれはやむを得まいと思った。

 唐津湾を拠点にしている散骨業者はいないため、博多港のターミナルを出航し、玄界灘を横切って、唐津の沖で散骨したあと、唐津の港で降ろしてもらうという。

 ショートメールでのやりとりだったので、《それは船酔いが心配です。中学生のとき、江ノ島のヨットハーバーから、父の友人の船に乗せられて、ひどい目にあっているので》と和樹は書いた。

《あらあら、それは大変ね。わたし、飛行機はダメだけど、船には強いの》と、瑤子さんからは陽気な感じの返信があった。

 和樹はプールでの水泳は得意だったし、鎌倉の海でもよく泳いでいた。波間で仰向けになり、顔に陽を受けながらゆられているのが好きだったのに、どうして船には弱いのだろうと思いながらも、そのことまでは瑤子さんに伝えなかった。なれなれしすぎる気がしたし、往きの新幹線のなかで聞かれたら話せばいいからだ。

 

(第12回につづく)