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 その夜、二十四階建てホテルの展望レストランで、大隅瑤子さんに問われるまま、和樹は諏訪季実子さんとの出会いを語る羽目になった。不整脈によるカテーテルアブレーション手術については、季実子さんのプライバシーにかかわるため、最小限にとどめたつもりだが、義弟の小林亘が傍らで聞いていたら、さぞかし呆れるにちがいないと思いつつも、和樹はだんまりを決め込むことができなかった。

 その理由は、第一に、季実子さんの存在を瑤子さんに伝えていなかったことに対するうしろめたさのためだ。隠していたのではなく、うちあけるタイミングがなかったからだし、瑤子さんとは恋愛関係にないのだから、ダマしていたことにもならない。それでも瑤子さんにはすっかり見抜かれていたわけで、あまたの刑事裁判を指揮し、証言や証拠の信憑性を巡る検察と弁護人の丁々発止のやりとりを裁いてきた裁判長としては、面目がないというほかなかった。

 ただし、瑤子さんは、和樹が結婚を考えている女性がいると明かさなかったことを責めなかった。季実子さんとは出会ったばかりだったのだし、容体が急変した父親・大隅豊彦判事を安らかに逝かせてくれたことにむしろ感謝していたが、わきまえのあるその態度が和樹をよけいにうしろめたくさせた。

 第二に、還暦の裁判長である自分の恋バナが瑤子さんの気晴らしになるのなら、それはそれでかまわないと思ったからだ。季実子さんには大変申しわけなかったし、恥ずかしくもあったが、喪中の身である瑤子さんがさも可笑しそうに笑うたびに、和樹は胸をなでおろした。季実子さんにからめて、母や妹夫婦のことも必要な範囲で話した。

「おとうさまを早くに亡くされたのは知っていたけれど、仲の良いご家族がいてうらやましいわ」

 ひとりっ子のうえに両親を亡くした瑤子さんがさみしげに言って、和樹は恐縮した。

 並んで座る二人の眼下には、アジアの玄関口・博多の夜景が広がっていた。ディナーがデザートまで進んだとき、ウェイターが、二人ともがガラス壁を向くように椅子を並べ替えてくれたのだ。往きの新幹線の座席と同じく、瑤子さんが右で、和樹が左。ただし、瑤子さんはデザートの代わりにコニャックを頼み、和樹はトロピカルフルーツのパフェを食べながら矢島紗帆さんとの交際と別れまで語らされた。

 ところが、紗帆さんとのことは、瑤子さんの興味を引かなかった。それどころか、話が進むにつれて、瑤子さんは不機嫌になった。

「ダメじゃない。いくら初めて告白されたからって、その程度の子と深い仲になっちゃ。そこまで女性を見る目がないなんて、ちょっと、がっかりだわ」

 さすがの和樹もムッとして、それを言うなら、瑤子さんだって離婚しているじゃありませんか、と頭のなかで反論した。

 口に出さなかったのは、売り言葉に買い言葉で喧嘩になっても意味はないからだ。それに、瑤子さんは酔いがまわってきたようなので、紗帆さんから話題を逸らすべく、和樹は努めてなにげなく聞いた。

「ところで、ぼくに交際している女性がいると、どうしてわかったのでしょう?」

「あら、そんなことを知ってどうするの?」

 向かい合っていたら怯んでいただろうが、和樹は正面の夜景を見ながら重ねて聞いた。

「やはり、瑤子さんは、仕事がら小説をたくさん読んでいるからでしょうか。お父上は、人生で大切なことは花街と法廷で学んだと豪語されていましたが、ご存じのように、ぼくは下戸ですからね。小説も三十年近く読んでいませんし」

 下手に出ても瑤子さんはとり合ってくれず、大ぶりなグラスのコニャックを優雅に味わっている。漂う香気にむせびながら、和樹は三度聞いた。

「それとも、ぼくはよほどのマヌケで、誰が見たって一目瞭然ということなのでしょうか?」

「教えてあげないわ」

「どうしてですか?」

「だって、山村さんは、その諏訪季実子さんという校長先生と一緒になるんでしょ。それなら、恋をしている自分が傍からどう見えるかを知る必要はないじゃない」

 瑤子さんの様子が艶っぽくなってきたので、引きあげどきだと和樹は思った。お誂え向きに瑤子さんがあくびをして、その姿が博多の夜景と重なった。

 五時間ほど前、午後三時過ぎに、二人はシティホテル高層階の隣り合った部屋に入った。風呂好きの和樹はさっそく大浴場に向かい、ジェットバスや檜風呂にたっぷりつかった。からだを拭ったあとは、マッサージチェアで全身を揉みほぐした。

 ほてったからだで、すっかり気を抜いてエレベーターを待っていると、これから入浴する瑤子さんと鉢合わせした。聞けば、朱を入れた原稿をFAXで新聞社に送信し、担当者と電話で打ち合わせをしていたという。仕事に区切りがついてホッとしたとのことだが、新幹線での眠り方といい、瑤子さんはよほど疲れがたまっているにちがいない。

 そう気づかいつつも、疲れているからこそ、愉快に過ごしたいのだろうと思い、ディナーのあいだ、瑤子さんにもてあそばれても、和樹は腹を立てなかった。しかし、明日は貸し切りのプレジャーボートで玄界灘を横切り、唐津沖での散骨に臨むのだから、夜更かしは禁物だ。

 和樹は残りのパフェを柄の長いスプーンで掬い、紙ナプキンで口を拭いた。

 ところが、瑤子さんはまだ部屋に戻りたくないらしく、「それじゃあ、教えちゃおうかしら」と気を持たせて、グラスのコニャックを一口飲んだ。

「あのね、わたし、このところ、とっても冴えているの。だから、ピンと来たのよ」

「でも、新幹線では、名古屋駅が近いのに席を立ったし、網棚のお弁当を取るのも忘れて、わたしってダメねと落ち込んでいましたよ」

 和樹はおだやかに指摘した。

「いいじゃない。わたしは本当に大切なことにしか焦点が合わないの」

 すぐに言い返した瑤子さんがしまったというように顔をうつむかせた。その姿も大きなガラスに映っていたが、和樹は素知らぬふりで、カップのコーヒーを口に運んだ。

 まさか、こうした流れで、自分に対する瑤子さんの関心を知らされるとは思ってもみなかった。しかも、その関心はそれなりの好意を伴っているようであり、瑤子さんとしては、決して気どられまいとしていたにちがいない。

「九時を回りました。そろそろ部屋に戻りませんか」

「そうね。でも、わたし」

 その先は呑み込んだ瑤子さんがウェイターを呼び、差しだされたレシートにサインをした。

「ごちそうさまでした」

「どういたしまして」

 瑤子さんはさみしげで、和樹は申しわけなく思ったが、致し方ないと割り切るしかなかった。

 部屋に戻ると、ホテルのパジャマに着替えた和樹は歯を磨き、アラームを午前六時にセットした。眠るには早かったが、都内から博多までの移動疲れに加えて気疲れもあり、とにかく横になりたかった。

 明朝九時に出航するプレジャーボートは、昼前に呼子港に着く。唐津湾の西側にある、烏賊の水揚げで有名な港町で、判事補として佐賀地裁に配属されていたとき、裁判所の職員たちと名物の烏賊刺しを食べに行ったことがあった。書記官の自家用車で、帰りは下戸の和樹がハンドルを握った。

 自動車運転免許証を取得していても、運転を控えている裁判官は多い。人身事故などの重大な交通事故をおこした場合、職務停止になる恐れがあるからだ。それは検察官や弁護士も同じだが、とくに地方で活動する弁護士にとって、車は必要不可欠だ。

 弁護士志望だった和樹も大学の夏休みに自動車教習所に通った。仮免も卒検も一度でクリアしたが、路上を運転するのは教習所の卒業検定以来だった。酒臭い寝息を立てる同僚たちを乗せて、後続車に次々抜かれながら、夕暮れの街道を運転したのは懐かしい思い出だ。

 その呼子に、今回は海路で向かう。呼子からはタクシーで西唐津駅に出て、JR筑肥線に乗る。唐津駅、伊万里駅、有田駅で列車を乗り継ぎ、武雄温泉駅からは路線バスで嬉野温泉というローカルな旅だ。

 三年間、佐賀県各地で発生したさまざまな刑事事件を担当したため、和樹は県内の諸事情に通じていた。三月末まで、家裁の所長として在任していた福岡県についても詳しかった。瑤子さんも両親の故郷である両県に詳しいはずと思っていたが、さにあらず。もの心ついてから訪れたのは一度きりで、両家の親戚たちとの付き合いもないという。

 父・豊彦氏には五つ違いの兄がいたが、幼い頃から反りが合わなかった。さらに豊彦氏が四十歳頃、兄弟のあいだで金銭的なもめごとがあった。豊彦氏がかなりの出費を強いられて、その諍いにより、兄をはじめとする親戚と絶縁してしまったという。

 雅代さんも、中洲一の美貌を謳われはしても、博多には苦い思い出も多かったようで、夫婦二人で福岡・佐賀の両県に帰郷することはなかったそうだ。

「それなのに、自分たちの骨は唐津の海に撒いてくれって言うんだから、ひとの気持ちってわからないわよね。生まれた河川に戻って産卵する鮭と似たり寄ったりってことなのかしら」

 レストランでグラスを合わせたあとに瑤子さんが語ったことなどを、和樹はつらつら思いかえした。そして、できるだけ先のことであってほしいが、自分と季実子さんの骨も、二人の故郷である鎌倉の沖に撒いてほしいと思った。

 六十一段の急な石段を登りきり、鶴岡八幡宮の本宮を背にして望む相模湾は格別だ。県立鎌倉高校の校舎や校庭から見る湘南の海も素晴らしいが、八幡宮からの眺望には敵わない。参道である若宮大路の両側には石灯籠と桜が並び、その先に陽光を受けた波がきらめく。

 それはともかく、御年八十六歳の母はまだまだ長生きしそうだ。母が百歳のとき、こちらは七十四歳。今後、母がどんなふうに老いてゆくかはわからないが、妹の清美がケアマネージャーというのは、じつに心強い。また、鎌倉沖での散骨は、姪の悦美と甥の琳太郎に頼むことになるのだろうから、披露宴や出産の際は祝儀を奮発しよう。それよりなにより、今月末には季実子さんのカテーテルアブレーション手術が控えている。

 そうしたことを思ううちに眠りに引き込まれた和樹はアラームの音で目を覚ました。天気予報どおりの快晴だが、午後からは九州各地に雷雲が発生するという。

 朝風呂を浴びて、髭を剃り、髪もきちんと整えた和樹は白いワイシャツと紺のスラックスで朝食の会場に向かった。ビュッフェ形式で、みな取り皿を山盛りにしていたが、船酔いが心配な和樹はパンとコーヒーで軽く済ませた。瑤子さんとは八時にロビーということになっていて、博多港まではタクシーで十五分ほどだという。

 部屋に戻り、歯を磨いた和樹はネクタイを締めて、ジャケットに袖を通した。ボストンバッグを提げて、約束の十分前にロビーに降りると、ほどなくグレーのパンツスーツを着た瑤子さんがキャリーバッグを引いてあらわれた。

 和樹が駆け寄ったのは、瑤子さんが涙で顔を濡らしていたからだ。

「どうしました?」

「ごめんなさい。あのあと、部屋でひとりになったら、涙が止まらなくなってしまったの。よっぽど山村さんの部屋を訪ねようかと思ったけれど、ご迷惑になるから」

 和樹はどう応じればいいのかわからなかった。

「夕食のときから予感はあったの。でも、どうしてかしらね、父が息を引き取ったときだって、こんなふうにはならなかったのに」

 泣きくずれた瑤子さんを支えて、和樹はソファにいざなった。

「眠れはしたけれど、起きたら、また悲しくなってしまって」

「いそぐことはありませんから、十分ほど、ここでこうしていましょう」

 うなずいた瑤子さんが嗚咽して、和樹の胸に顔をうずめた。チェックアウトの時間で、人目が気になったが受けとめるしかなく、瑤子さんの背中に手を添えた和樹は亡き先輩判事を無言で叱責した。

 ――故人の思い入れがある海に遺族が骨を撒く行為は、自然にかえすという意味で、理にかなっています。それに詩的でもあります。また、墓をつくらなければ、墓参りも、墓守もする必要がありません。それはそうですが、日本においては日の浅い弔い方でもあり、遺族によっては、喪失感がいや増すのではないでしょうか。

 昨晩、自分たちも鎌倉の海に散骨してほしいと願ったことを棚に上げているのは重々わかっていた。大隅判事にしても、ご自身の余命がこれほど短いとは思っていなかっただろう。また、散骨のための唐津行きが、信頼する後輩判事と愛娘を結びつけるきっかけになればと期待していたにちがいない。

「大丈夫です。予定どおりにしますから」

 和樹の懸念を察して、瑤子さんが言った。

「ただ、呼子で船を降りるまで、わたしを支えていただけますか」

「お任せください」

「ありがとうございます。でも、諏訪先生に申しわけないわ」

 それには応えず、和樹はそっと息を吐いた。そして、タクシーの後部座席でも、プレジャーボートの船室でも、涙にくれる瑤子さんに寄り添い続けた。

 博多港が面する玄界灘は波が荒いので有名だ。ただし、それは北西の風が吹くときであって、十名ほどが乗れる中型の船は高速で走行しても安定感があった。おかげで和樹は船酔いをしなかったが、いっこうに泣きやまない瑤子さんにもたれかかられて、汗だくになった。海上の景色に目をやる余裕もなかった。

 それだけに、唐津沖の散骨のポイントに到着して、デッキに出たときは、風光明媚な唐津湾に目を奪われた。真夏の陽光を受けた海が青く輝いている。

 間口の広い湾の手前に姫島があり、湾の奥には太閤豊臣秀吉が朝鮮攻めのために築いた名護屋城跡のある高台が見えた。

 その高台から、和樹は唐津湾を一望したことがあった。季節は冬、小雪舞う灰色の海は波が高く、三十歳の和樹は失恋の痛手に苦しんでいた。

「それでは、これよりセレモニーを始めさせていただきます」

 プレジャーボートの操縦室から降りてきた業者が言って、ちょこんと頭をさげた。揃いのポロシャツを着た中年の男女で、万事に折り目正しい葬儀会社のスタッフとは雰囲気が異なり、博多港で乗船する際も、和樹はうまく挨拶ができなかった。彼らのほうでも、フォーマルな服装の遺族に困惑したようだが、苦情は言われなかった。

 大隅判事夫妻の遺骨はパウダー状にされていた。さらに水溶性の紙袋に小分けされており、それを海に流すのだという。

 ふと、本当にご夫妻の骨なのかという疑いが生じたが、この期に及んで詮索しても意味はないと思い、和樹は遺骨と供花が載せられたトレーを両手で受け取った。

「ご両親様の遺影でございます」

 そう告げられて顔を向けると、楽譜立てのような台に、ご夫妻の写真が置かれている。椅子にかけた奥さまの傍らに豊彦氏が立っていて、和樹は涙をさそわれた。葬儀に遺影は欠かせないが、海上での散骨は初めてであり、船室でも見かけなかったため、意表を突かれたのだ。

「お骨と一緒に送っておいたの。母の写真は見おぼえがあるでしょ」

「奥さまのご葬儀のときの」

 和樹の脳裏に、名古屋からお通夜にかけつけた七年前の光景がよみがえった。雅代さんは花々に彩られた祭壇の中央で華やかに微笑まれていて、有名なカメラマンに撮影してもらった写真であることを、大隅さんが涙にむせびながら披露したのだ。

「同じときに、夫婦でも撮っていて、唐津沖にはこの写真を持っていくように、父に言われたの。亡くなる前日に」

「そうでしたか」

 長い年月をともに過ごされたご夫妻の仲睦まじい姿に、和樹は胸が熱くなった。その一方で、猛烈な重圧も感じていた。

「和樹、瑤子を頼んだぞ」

「山村さん、不束な娘で申しわけありません」

 空耳と思いつつ、ご夫妻の声がはっきり聞こえた気がして、和樹は動揺を抑えかねた。対する瑤子さんは土壇場で吹っ切れたらしい。

「もう大丈夫。ごめんなさい、心配させて」

 目を合わせてうなずくと、瑤子さんは散骨業者にも感謝を述べた。

 その後は、喪主である瑤子さんが、遺骨を納めた六つの袋を海に流した。和樹は、豊彦氏が大好きだったという佐賀の地酒を唐津の海にたっぷりそそいだ。最後に、二人で、たくさんの花々を波間に投じ、手を合わせる瑤子さんと並んで和樹は瞑目した。

「はなはだ簡略ではございますが、これにてセレモニーは終了となります。お骨を撒いた場所を一周してから、呼子港に向かいます」

 ポロシャツの女性が告げて、男性がスタンバイしている操縦室に入った。

「わたし、船尾におります」

「お邪魔でなければ、ご一緒させてください」

 エンジンがかかり、波にゆられる花々のまわりをゆっくり一周すると、船は速度をあげた。花々はすぐに見えなくなったが、目は離しがたく、和樹は船尾に立ち尽くした。

「おとうさ~ん、おかあさ~ん」

 瑤子さんが大きな声で呼んだ。

「おとうさ~ん、おかあさ~ん」

 二度目の呼びかけは涙声で、むせび泣く瑤子さんが腕をからめてきた。和樹は戸惑ったが、されるがままにしているしかなかった。

 呼子港には三十分もかからずに着いた。散骨を済ませてよほどすっきりしたようで、朝食を抜いたという瑤子さんは烏賊刺しがメインの定食をパクパク食べた。和樹も同じものをおいしくいただいた。ネクタイを外し、ジャケットも脱いで、和樹は一仕事を終えた気分だった。

 その後のローカル線を乗り継ぐ旅のあいだも、瑤子さんはほがらかだった。平日の日中で乗客は少なく、和樹も左右の席を移りながら車窓の風景を眺めた。ただ、天気は下り坂で、空に怪しい黒雲があらわれてきた。

 武雄温泉駅の改札口を出て、嬉野温泉行きの路線バスに乗り換えた午後四時前にぽつぽつ降りだしたが、バスの終点には宿のワンボックスカーが迎えにきていた。温泉街から少し離れた山間に立つ老舗旅館の別館で、そばを流れる川では蛍が見られるという。

 美肌の湯として有名な嬉野温泉は、昔から女性に人気がある。雅代さんは中洲に出ていた頃、季節ごとに、こちらの宿の本館を訪れていたそうだ。瑤子さんが中学生のとき、家族三人で佐賀に旅行した際にもお世話になったという。十年ほど前に建てられた別館はおひとり様に大人気で、シングル二部屋を予約するのはとても大変だったとのことで、今回の日程も、宿の確保が先だったという。

 二人の荷物は若いスタッフが持ち、間道を先に歩いていく。ほんの小雨だが、荷物はビニール袋で覆い、和樹たちはそれぞれ宿の傘をさした。

「雨も、この程度で助かったわ。あとはゆっくり温泉に入って、直会なおらいをして、東京に帰るだけね」

 瑤子さんがあんまり安心しているので、昨日から気をつかわされどおしの和樹はちょっとからかいたくなった。

「でも、勝負は下駄を履くまでわからないと言いますよ」

「よして。どうしてそんなことを言うの」

 むくれた瑤子さんが和樹の肩を叩いた。

「予断を持つなというのが、われわれ刑事裁判官の鉄則ですから。お父上にも、それこそ毎日のように言われましたし、ぼくも後輩の判事たちに口酸っぱく言っています」

「それは、裁判官が、検察の意のままにならないようにするための心がまえでしょ。わたしみたいなふつうのひとが、ふつうに暮らしながら見通しを立てて、おこるべきことを期待するのは当たり前のことだわ」

 理路整然と反論して、瑤子さんは胸を張った。

「お説のとおりですが、なにがおきるかわからないのが人生です」

「仲のよろしいことで」

 気がつけば宿の入り口まで来ていて、年配の女将に囃された瑤子さんが困っている。

「本日は、ようこそおこしくださいました」

「大隅です」と傘をたたんだ瑤子さんが名乗り、和樹も会釈した。

「大隅様。お待ちしておりました」

 玄関を通り、ロビーのソファに一旦かけたあと、和樹は洗面所に向かった。ずっと我慢していたからで、十分ほどして戻ると、瑤子さんが青くなっている。そのそばでは支配人らしい男性が縮こまっている。

「あのね、とても困ったことになったの」

 ソファから立った瑤子さんが和樹の袖を引いた。

「わたしはシングルを二部屋予約したのに、離れの一室に二人で泊まることになっているの。電話でしっかり伝えたのに」

 宿のほうは平謝りしているが、本館も満室のため、今夜二人が別々の部屋に泊まることはできない。勘違いをした理由として考えられるのは、夕食も朝食も二人一緒の部屋食のため、てっきり一室二名での宿泊だと思ってしまったのではないか。

 瑤子さんは、直会のこともあり、ネットではなく、電話で予約をしたのだが、それが裏目に出てしまったわけだ。

「なるほど。たしかに宿の不手際ですが、いまから別の宿に移るのは現実的ではありませんよね。われわれの食事だけでなく、直会の陰膳もお願いしているわけですし」

 ひとまずそう応じながら、この事態をどうとらえるべきか、予断を排して、和樹は思考を巡らした。昨日、品川駅で待ち合わせてから、いまに至るまでの瑤子さんの言動に底意は感じられなかった。もっとも、瑤子さんはこちらに意中の女性がいることを早々と見抜いていた。しかも、そのことを悟られないようにしていたわけで、この慌てぶりも、ひょっとしたら宿に濡れ衣を着せての巧妙な芝居なのかもしれない。

 しかしながら、ここは裁判所ではないのだから、その疑いを口に出したら、和樹はこの場から立ち去るしかなくなる。しかも、本当に宿の不手際だったなら、瑤子さんにとってこれ以上の恥辱はない。

 よって、瑤子さんの主張を受け入れたうえで間違いを避けるためには、こちらの離れで直会をしたあとに、和樹だけ宿を移るという対処が考えられた。嬉野温泉の別の旅館かホテルを探してもいいし、列車かタクシーで佐賀駅に向かってもいい。ただし、瑤子さんとしては愉快ではないだろうし、宿のほうでもさぞかし困惑することだろう。

 となると、お互いを信頼し合う以外にない。こうした状況で、男性である自分を百パーセント信用できるはずもないが、どうにかして切り抜けるしかない。

《うれしい。うれしい。うれしい。還暦を迎えた自分に、こんなとびきりの喜び、こんなとびきりの幸せが訪れるとは!》

 季実子さんと初めて会った日の夜、縦書きのノートに、万年筆で、一字一字気持ちを込めて記したことを、和樹は思いかえした。

 ひとが常に事実を書き残すとは限らないが、民事裁判においても、刑事裁判においても、日記や手紙に記された文章は有力な証拠となる。メモであっても、一定の証拠能力を有する。ましてや自分は愛し愛されるひとと出会えた喜びを、新たに買い求めたノートに書き記したのだ。

「ぼくを信用していただけるのでしたら、この状況では、その離れに二人で泊まるしかないと思います」

 和樹はかしこまって進言した。

「そうですね。でも、わたしのことも信用してください」

「もちろん信用しています。瑤子さんは、お世話になったご夫妻の忘れ形見ですし」

「ありがとうございます」

 和樹はひとりでフロントに向かい、穏便に話をつけた。そして、仲居さんに案内された二人はなにごともなかったように離れに向かった。

 川沿いの斜面に大小の離れが点々と立っているが、土台も造りも頑丈で、昨年の今ごろ、警報級の集中豪雨に見舞われた際もビクともしなかったそうだ。落雷などで停電しても、自家発電設備があるため、数分後には復旧するので慌てないでほしいという。

「でも、この雨ですと、蛍は見られませんよね」

 エアコンが適度に効いた離れで、瑤子さんがさも残念そうに言った。

「そんなこともありません。このくらいの雨でしたら、光ると思います。蝉と同じで、蛍も成虫になってから十日ほどしか生きていませんから」

 もの知りな仲居さんによると、飛びながら光るのはオスの蛍。メスの蛍は地面を歩きながら光る。蝉はオスだけが鳴いてメスを呼ぶが、蛍はオスとメスがともに光り、相手を求め合う。

「それは知りませんでした」

 瑤子さんが神妙に答えた。六月下旬から七月初めが一番盛んに光るが、夏のあいだは、蛍の光がそこかしこに見えるそうだ。

 午後五時を過ぎていて、夕食は七時からにしてもらった。大浴場は二十四時間入浴できる。東屋タイプの露天風呂もあるので、そこからも蛍が見えるという。

 お茶を淹れて仲居さんが下がり、二人きりになると、和樹はやはり常ならぬ気持ちになった。それを察したのか、瑤子さんがご両親の遺影を床の間に立てた。

 渓流に面した窓際に籐製の椅子とテーブルが置かれていて、窓を閉めていても川音が聞こえた。奥の寝室には脚の低いベッドが並んでいる。二人ともがそこで眠るのはあまりにもリスキーだから、夕食のあと、畳敷きの居間に置かれている立派な座卓を隅に寄せて、片方のマットをそこに移動させようと和樹は思った。寝室と居間のあいだは襖を閉められる。襖に鍵はかけられないが、ぴったり閉まっていれば、自制の足しになるはずだ。

 その後に入った温泉は格別だった。和樹は心ゆくまでお湯につかり、露天風呂にも入ったが、蛍は見えなかった。

 今のところ、義弟・小林亘が指摘した懸念はほぼ的中していた。瑤子さんとの関係はきわどさを増すばかりだが、ゆめゆめ道を踏み外してはならない。

「相手がその気になったら、お義兄さんはいちころですよ」

 神宮前の官舎で断言した小林を見返すためにも、欲望に負けてはならない。そして、こととしだいによっては、小林に禁じられた非常手段に訴えるしかないだろうと、和樹は覚悟していた。お猪口一杯のお酒をくいっとやれば、こてんと眠ってしまうはずだが、加減を間違えると、救急車で運ばれることになりかねない。

 離れに戻ると、自分と同じ柄の浴衣を着た瑤子さんが窓際で渓流を眺めていた。仲居さんが言っていたとおり、女湯の露天風呂からは蛍が見えたそうだ。

 それはともかく、今夜、瑤子さんはお酒を飲まないという。控えめにするのではなく、一滴も飲まない。直会の献杯も、仲居さんに相談して、宿に湧き出ている清水ですることにしたという。

 もっとも、お酒を飲まなくても、瑤子さんは艶やかだった。美肌の湯の効果もあってか、浴衣の袂からのぞく腕は白く、頬や襟元は桃色に輝いている。

「季実子さんと出会ってなければ、このひとと結ばれていた可能性もあったのだ」

 夕食のあいだ、和樹はいくども思った。瑤子さんのほうではどう思っているのか、それはわからない。たずねるわけにもいかず、今夜の話題はお互いの仕事のことになった。

 瑤子さんは出版業界の内輪話や仕事仲間のことなどを快活に語り、和樹も夏休み明けに難しい公判の控訴審判決が控えていることを話した。もちろん、守秘義務があるため、大山怜を被告人とする事件の詳細は語らなかったし、それがわかっている瑤子さんも深掘りしてこなかった。

 佐賀産和牛の会席料理はボリューム満点で、とてもおいしかった。瑤子さんも満足していたが、雨のなか、離れまで二度三度と料理を運んでくる仲居さんは大変そうだった。

「こちらのデザートで食事はおしまいです。食器はお盆に載せて玄関に置いておいてください」

 それは、つまり、翌朝まで仲居さんが離れにあらわれないことを意味していた。よく食べ、よく話していた二人は急に黙り込み、アイスクリームとフルーツの盛り合わせを粛々と口に運んだ。

「どうします。休まれるのでしたら、まずは、この座卓を部屋の隅に寄せて、そのスペースに、片方のベッドのマットを移動させますが」

 玄関にお盆を置きにいって、居間に戻ってきた瑤子さんに和樹は聞いた。

「まだ九時過ぎでしょ。三十分くらいは、おしゃべりしていましょうよ」

「そうですね」と応じて和樹が立ちあがったとき、雨が急に強くなった。風も強くなり、屋根や窓が激しい音を立てた。

「こりゃあ、すごい降りだ。しかし、さっき仲居さんが、離れはどれも頑丈にできていると言っていましたよね。だから」

 稲妻が走り、雷鳴が轟いた。

「きゃあ」

 抱きついてきた瑤子さんを、和樹は両腕で抱えた。

「ごめんなさい。わたし、雷はダメなの」

 浴衣を通して伝わる感触はやわらかく、温かだった。

 今朝、博多のホテルのロビーでは、泣き顔を胸にうずめられた。また、唐津沖の船上では、腕をからめられた。どちらのときも、和樹はされるがままだった。ただし、周囲にはひとがいたし、和樹はワイシャツにジャケットで、瑤子さんもフォーマルな服を着ていた。

 再び閃光が走り、轟音が響いた。近くに落雷したのか、電灯が消えて、瑤子さんの顔も見えなくなった。

「怖いわ」

 瑤子さんの額は和樹の顎のあたりにあった。つまり、からだは密着していても、こちらが下を向かなければ唇は重ならない。

 立て続けに稲妻が走り、そのたびに震える瑤子さんに刺激されて、和樹は懸命にこらえた。

 その一方で、本当は瑤子さんと結ばれる運命なのではないかと思い始めてもいた。そうでなければ、これほどまでに偶然が重なるはずがない。

 その気になりかけた和樹にとって、残されたハードルは瑤子さんの同意だけだった。

「どうか、応じないでほしい」

 欲望に突き動かされながらも、和樹は頭のなかで願っていた。

 二年前、二〇二三年七月に施行された不同意性交罪は、被害者の内心において性的行為が不同意であること自体を問題にするのではない。そうではなく、暴行、脅迫、アルコール、薬物の影響、睡眠状態などによって、自由な意思決定が「困難な状態」にあったかどうかが問題にされるのだ。なかでもセクシャルハラスメントがとくに問題視されているのは、不愉快な性的言動を受けた側が、職業上の不利益を恐れて、泣き寝入りを強いられてきた悪しき社会状況がいっこうに改善されていないからだ。

 現在の、雷雨と停電に対する極端な脅えが、瑤子さんの自由な意思決定を困難にしているかどうかは微妙なところだった。ただし、和樹は、この混乱に乗じるつもりはなかった。むしろ、浴衣一枚で密着したこの状態から性的行為に移らないようにするほうが困難なのであって、こうして思案しているあいだにも、お互いの高ぶりが増しているのは疑いようがなかった。

 稲妻がまた走った。しかし、雷光も雷鳴もそれほどでもなく、雷雲は去りつつあるようだった。ただし、電灯は点かず、エアコンも停止しているため、浴衣が汗で濡れてきた。

「わたしはこのまま抱かれたい」

 言葉とは裏腹に、瑤子さんが腕をといた。

「でも、それじゃあ、山村さんはやましさが残るでしょ。それに、今夜一度きりというのはいやだから」

 いくら目をこらしても、瑤子さんの顔は見えなかった。

「わたしは、ずっと父を誇りに思ってきたの。母はああいうひとだったから、よけいに父が誇らしかった。でも、やっぱり裁判官の娘って損ね。小説のなかには、それに小説家自身にも、良心なんてかなぐり捨てて、世間体も気にせず、奔放に生きていく女性たちがいるのに」

《すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される》

 日本国憲法第七十六条三項を和樹は無言で唱えた。良心に従い、独立して職権を全うした大隅豊彦判事の生きざまは、ひとり娘に見事に受け継がれていたのだ。

 そのとき、電灯が点いた。

「きゃあ」

 はだけた浴衣をあわてて合わせて、瑤子さんが背中を向けた。和樹も背中を向けて、リモコンでエアコンを起動させた。

 洗面所で顔を洗っていると、内線電話が鳴った。瑤子さんが出て、異常がないことをフロントに伝えている。ただ、汗で濡れたので替えの浴衣がほしいと頼み、雨が止んだら、もう一度お風呂に入ろうと思っていると話すと、大浴場の脱衣場に浴衣を持ってきてくれることになった。

 ほどなく雨は止み、二人はそれぞれ湯を浴びた。猛烈な風雨に吹き飛ばされたのか、今度も男湯からは蛍が見えなかった。

 翌朝、目覚めると、瑤子さんは窓際の椅子で渓流を眺めていた。挨拶を交わし、和樹は居間に敷いていたマットを奥のベッドに戻した。床の間の大隅夫妻の写真は、いつの間にか仕舞われていた。

 部屋で朝食をとるあいだも、二人は無口だった。マリッジブルー、倦怠期といった言葉が頭に浮かんだが、どれとも違う気がして、和樹は口にださなかった。

 嬉野温泉駅から博多駅までは新幹線と特急列車を乗り継いで一時間ほどで着いた。二人は別々に土産物店をまわり、和樹は東京高裁第六刑事部に博多名物のお菓子を買った。季実子さんや母にも九州土産を渡したかったが、そこから足がつかないともかぎらない。小林には、いずれ手厚いお礼をしなければならないが、顔を合わせるのはなるべく先にしたかった。

 昼食の駅弁は、今日も瑤子さんが買ってくれた。無農薬の食材をつかったヘルシーなお弁当と緑茶、あまおう苺のサイダーという組み合わせで、帰りは和樹が窓側に座った。車内はクーラーが効いていて、和樹は一度フックにさげたジャケットを着ることにした。

 新幹線が走りだすと、瑤子さんは翻訳のための洋書を読みだした。和樹も新聞を広げたが、ひとつも頭に入ってこなかった。

 一昨日、月曜日の午前十時に品川駅で待ち合わせてから丸二日が過ぎ、二人の関係は決していた。からだも気持ちもこれ以上なく接近したが、結ばれることはなかった。

 なにより、瑤子さんに感謝しなくてはいけない。小林が言ったとおり、和樹は陥落寸前だった。つぎに、アルコールが飲めない体質で本当に良かった。

 あらためてそう思いながら、あそこで一歩踏みだしていたらと考えて、和樹はぞっとした。喜びもあったはずだが、性交を終えたあとは、良心に反したやましさに苛まれていたにちがいない。隠しとおすことはできず、みずから告白して季実子さんを深く傷つけ、母や妹の怒りを買っていたことだろう。

 グリーン車の窓からは、山陽地方のなだらかな山並みが見えた。今回の旅費も含めたお香典を渡しに白金台のご自宅を訪ねることも考え直すべきだが、だからといって現金書留でお送りするのも礼を失している。また、八月三日で逝去から丸三ヵ月になる大隅豊彦判事の死去を公表するかどうかについても瑤子さんは気になっているはずだが、こちらから話を向けるのは気が引けた。

 あれこれ思いを巡らせているうちに喉が渇き、和樹はドリンクホルダーのサイダーを手にとった。福岡県限定との表記がラベルにあり、瓶のキャップを開けると泡が弾けた。

「これはおいしいですね」

 思わず言うと、瑤子さんが喜んでくれた。

「山村さんはお酒を飲まないから、糖分の補給にいいと思ったの。一昨日の晩も、トロピカルフルーツのパフェをおいしそうに食べていたでしょ」

 気まずかった雰囲気が解消されて、和樹は安堵した。瑤子さんの気づかいもうれしかった。

 岡山駅を過ぎていて、和樹はトイレに行ってからお弁当を食べた。瑤子さんも食べ始めて、二人はほぼ同時に食べ終えた。今度は瑤子さんが席を立ち、通路側の席に戻ってきてから、和樹は苺のサイダーをごくごく飲んだ。

「げっぷが出るわよ」

 瑤子さんが笑顔で言ったときには、和樹は異変を感じていた。

「あっ、眠い。そういえば、このサイダーは、最初に飲んだときよりも、ほんの少し、味が濃かった気がする」

 つぶやいたのか、頭のなかで思ったのかもわからないまま、和樹は眠りに落ちた。

 

(第14回につづく)