「お義兄にいさん、その格好は?」

 官舎の玄関で義弟の小林亘が驚いた。

「このあと、どなたかの葬儀に行かれるんですか?」

 そう尋ねるのも無理はなく、和樹はダブルの黒いスーツに黒のネクタイをしていたからだ。ワイシャツもお仕立ての上等で、頭髪はいつも以上に整えている。

「いや、理由は追って話すが、今日、きみに来てもらった件を相談するのには、やはりこの服装でなければならないと思ったんだ」

「よくわかりませんが、とにかくよほどのことがあったわけですね」

「うん。まあ、入ってくれたまえ」

 小林を居間に通すと、和樹はいつも自分が座る側の椅子をすすめた。ロイヤルコペンハーゲンのペアカップにはすでにコーヒーがそそがれていて、二枚の小皿にはクッキーとチョコレートが盛ってある。

 六月十一日水曜日、午前十時半を回ったところで、小林が渋谷区神宮前にある官舎のエントランスに着いたのは五分ほど前だった。昼食の手配もしてあり、小林は午後二時頃にここを出ればいいという。渋谷のスタジオでラジオ番組の収録に立ち会うそうで、今日も地味なグレーのスーツを着ていた。

 迎える和樹は、官舎とはいえ自宅なのだから、もう少しラフな服装にしようかと、数日前までは思っていた。先月、表参道のブティックで買ったカーゴパンツを部屋着にしていたが、それでは気がゆるみかねないと、唐津湾沖での散骨をする日に着るであろう喪服でのぞむことにしたのである。

 小林に会うのは、春分の日の横浜での会食以来、二ヶ月半ぶり。四十年近い付き合いだが、小林を自宅に招いたのは初めてだ。ただし、二、三年に一度は二人で会っていて、任地が変わるたびにおすすめの食事処や喫茶店を教えてくれるだけでなく、小林は自分がプロデュースしているミュージシャンのコンサートやライブに和樹を招いた。そうしたとき、地方都市の趣ある喫茶店でお茶をしたり、ミュージシャンやスタッフとの食事会にまぜてもらってきたので、和樹にとって小林は妹の清美の夫であるのと同時に、数少ない気心の知れた友人でもあった。

 その小林に来訪を請うたのは五月末だ。ただし、相談の内容は当日でないと話せない。さらに、二人きりで会うことも含めて、清美にも母にも絶対にけどられないでもらいたいと念を押した。

「一生のお願いだ。不審に思って当然だし、忙しいのも重々わかっているが、どうか二時間ほどつくってくれないか」

 和樹は左手に持ったスマホに向けて頭をさげた。

「わかりました。たしかに、こんな頼みは初めてですし、よほどのことがあったわけですね」

 小林は日時の候補をいくつか挙げて、今日の来訪となったのだ。

「これから十五分ほど、ぼくがきみに相談したいことの概要を話す。そのうえで、忌憚ない意見を聞かせてほしい。諏訪季実子さんが、ぼくとのお付き合いを辞退すると言いだして、それを撤回したことは知っているね」

 和樹が聞くと、小林がまじめな顔で頷いた。

「ええ、もちろん。清美からの一報を受けるや、翌日の夕方に鎌倉に駆けつけて諏訪先生を説得されたお義兄さんの熱意と行動力に、悦美と琳太郎も感心していましたよ」

 褒められて悪い気はしなかったが、和樹の表情は硬いままだった。

「諏訪先生は、七月三十日の午後に、大船の総合病院でカテーテルアブレーションの手術を受けるんですよね。お義兄さんが立ち会われると聞いています」

「うん。そのとおりだ。そして、ぼくは、この先の人生を季実子さんと共に生きてゆきたいと思っている」

 視線をやや上向かせて、和樹は宣言した。そして、みずからの宣言を胸のうちで反芻した。

「お互いがそうした気持ちでいることは、先日の『おゝ瀧』で、たしかめ合えたと思っている」

「つまり、その後に、お義兄さんの側になにかあったということですか。まさか、がんが見つかったとか?」

 小林の顔には心からの心配があらわれていた。

「いや、この服はそういう意味じゃない」

「それなら、よかった。じつは、この数年、がんで友人を三人も亡くしていましてね。なかには、胆管がんと診断されて、わずか半年で他界した女性もいたんです。全員が喫煙者にして、お酒もよく飲むやつらでしたが」

 そう言って息を吐くと、小林がカップのコーヒーを一口飲んだ。和樹もコーヒーを飲みたかったが、テーブルの下で腿に置いた右手のふるえがどうしてもおさまらなかった。

「しかし、それなら、どういった方面のことでしょう?」

 そう自問した小林がハッとした。

「まさか、女性がらみですか?」

 図星を指されて、和樹は顔をうつむかせた。

「お義兄さんに限って。しかも、よりにもよって、こんなときに」

 小林はいかにも落胆して言った。

「一夜限りのつもりで関係した女性に脅されているとか、ホテルに入るところを写真に撮られたといったことでしょうか? まさか、われわれに隠して、長年交際してきた女性がいるわけではないですよね」

 先走って想像をめぐらす小林を、和樹は右手で制した。

「そうした思慮の足らない不始末をしでかす人間は、東京高裁の部総括判事にはなれない」

 毅然と応じたことで、右手のふるえもおさまり、和樹はコーヒーを飲んだ。

 少しぬるくなってはいたが、三十分ほど前に手動のミルで挽いた豆で淹れたので、香りも味も落ちていないことに和樹は満足した。

「ぼくは、まだなにも問題をおこしていない。ただ、この先は、どうなるかわからない。自分で言うことではないが、ぼくが異性関係にうとい人間だということは、きみもよく知っていると思う」

 小林が無言で頷いたので、和樹は続けた。

「この間、自分ひとりで悩み続けるなかで、あらためて気づいたのは、われわれ刑事裁判官の職務は、すでにおきてしまった事件を法律に基づいて裁いてゆくことだ。それに対して、ぼくはまさに渦中にいて、なにかの弾み、なにかの間違いでその女性と関係が深まってしまうことを未然に防ぎたいと思っている。しかしながら、男女関係において、女性がなにをどんなふうに考えて、どのように行動する可能性があるかを具体的に想像することが、まったくと言っていいほど、ぼくにはできないんだ」

 われながらマヌケなことを言っていると和樹は思った。しかし、小林は嘲笑うどころか、むしろ親身な態度で応じてくれた。

「女性にうといのは、お互い様ですが、音楽プロデューサーという職業柄、芸能界との付き合いもありますし、略奪愛や、泥沼の三角関係も間近で見てきました。なかには刑事事件になったものもあるわけですが」

「うん、そういうきみを見込んで、相談にのってもらおうと思ったんだ」

 本題に入る前の地ならしがどうにか済んで、和樹はホッと息を吐いた。そして、またコーヒーを飲んでから、亡き恩師の一人娘である大隅瑤子さんと佐賀県唐津湾の沖で散骨をすることになった経緯を包み隠さず話した。

 すでに日程も決まっていて、七月二十一日月曜日に出発し、その晩は福岡市内のシティホテルに宿泊する。二十二日は列車で唐津に向かい、日中に散骨。嬉野温泉の旅館で直会なおらいをして、二十三日に帰京する。往復ともに新幹線なのは、瑤子さんが飛行機恐怖症だからだ。飛行機にまったく乗れないわけではないが、できるなら空路は避けたいというので、二泊三日のゆったりした旅程になったのである。

 一方、諏訪季実子さんのカテーテルアブレーション手術は唐津行きの翌週、七月三十日水曜日の午後一時に開始されて、三、四時間ほどかかる見込みだという。前日二十九日の午前中に入院し、最短なら八月二日に退院できる。五月第三土曜日の検査には和樹も付き添い、その際に手術の日程も決まった。それを受けて、瑤子さんとショートメールで唐津行きの打ち合わせをしたのだが、七月二十九日から八月二日にかけては外せない所用があると伝えるのにとどめた。

 一般には知られていないが、すべての裁判官には毎年三週間の夏休みが与えられている。七月中旬から八月末にかけての六週間のうち、三週間ずつを前後に分けて休むのだが、そのあいだも宅調で記録を読み、判決起案を作成しなければならないにしても、職場とコンタクトを取らなくていいのがありがたい。

 こうした措置が講じられているのは、裁判官が日夜仕事に忙殺されているからだ。また、民事裁判官であれ、刑事裁判官であれ、その職責はあまりにも重いため、三週間の夏休みというかたちで心身の負担軽減を図っているのである。

 東京高等裁判所第六刑事部は、部総括判事である和樹の都合に合わせて、七月中旬から八月上旬にかけての三週間、夏休みをとることになった。井野判事も柳田判事も異論はなく、和樹も表向き夏休みを楽しみにしていたが、内心は日に日にあせりをつのらせていた。そして、悩みに悩んだあげく、義弟である小林亘にすべてを打ち明けて、相談にのってもらうことにしたのである。

「こうした警戒心を持って散骨に同行することが、喪中の身である瑤子さんに対して甚だ失礼だということはわかっている。でも、二枚目ぶるわけじゃないが、男女が一対一で一定の時間を過ごせば、ことが生じてしまう場合はあると思うんだ」

 そう言ったあと、和樹は東大法学部教授だった丸山眞男の逸話を語った。丸山の自宅は吉祥寺だが、岩波書店が所有していた熱海の別荘で仕事をすることも多く、その際、担当の女性編集者が単身で同行、もしくは訪問することを、丸山は許さなかった。誤解を招きかねないし、男女のあいだはなにがおきるかわからないのだから、必ず複数で来るようにと、口酸っぱく言っていたという。

 日本政治思想史の講義で、弟子筋に当たる教授が語ったエピソードだが、明治の文豪、夏目漱石も修善寺で療養する際、付き添いの看護婦は一人でなく二人にしてくれなくては困ると、妻に苦言したそうだ。

「それは、その方々が正しいですね。君子危うきに近寄らず。色を好むのは英雄気どりのやつらに任せておけばいい」

 そう言ったあと、小林はしばし黙してから口を開いた。

「ぼくの意見を言う前に、お義兄さんの恩師である大隅豊彦判事のご冥福を祈ります」

 小林が手を合わせて、和樹も瞑目した。

「故人には申しわけありませんが、厄介なことになったものですね。すべては偶然のなせるわざであって、お義兄さんに落ち度はない。当然のことではあるけれど、この機に乗じて不埒なマネをしようとたくらんでいるわけでもない。そのつもりだったら、ぼくにも唐津行きを隠していればいいわけですからね。そして、この件について、おかあさんだけではなく、清美にも内密にしてほしいというのも納得がいきました。二人とも、その手の話には免疫がなくて、聞く耳持たずでしょうから」

 小林が理解を示してくれて、和樹は胸をなでおろしたが、それも束の間だった。

「それで、その大隅瑤子さんという方は、見目麗しいんですか?」

 予想外の質問を受けて、和樹はうろたえた。

「あ~、こりゃあダメだ。向こうがちょっとその気になったら、お義兄さんはイチコロですよ。悪いことは言いません。亡き先輩判事の頼みを踏みにじることになりますが、唐津行きは絶対にやめるべきです。無傷では、この官舎に戻ってこられませんよ」

「どうか、そう決めつけないでくれないか。ぼくだって、その危険は重々わかっているが、どうにかして無事に切り抜けたいと思っているから、恥を忍んで、きみに洗いざらい話したんじゃないか」

「それはそうでしょうが、大隅瑤子さんがそんなに美しい方だと、お義兄さんはさっき言っていませんでしたよ」

「中学生や高校生じゃないんだから、いい歳をした男が、女性について話すときに、美人かどうかや、タイプかどうかなんてことは口にしないだろう。もっとも、ぼくは若いときだって、男同士の、女性の品定めめいた会話には加わらなかったがね」

「それは殊勝な心がけですが、じっさい問題として、お義兄さんは大隅瑤子さんのことを気に入っているわけですよね。人柄も、容姿も」

 それは認めざるを得なかったので、小さく頷いた和樹の脳裏に東大附属病院の廊下で肩をふるわせる瑤子さんの姿が浮かんだ。

「流れでうかがいますが、瑤子さんはおいくつなんでしょう。最高裁判事だったおとうさまの年齢からすると、四十歳前後でしょうか」

「うん。初めて大隅判事のお宅で奥さまの手料理をいただいたとき、こっちは三十二歳になったばかり、向こうは十一歳か十二歳。誕生日を知らないので、正確な年齢はわからないが、今は四十歳くらいか」

「産もうと思えば産めますね」

「おい」

 反射的に釘を刺したが、小林は怯まなかった。

「事実を言っているだけです。離婚に至った原因が、女性の側の不妊症である可能性もありますが、その場合は、大隅判事がそれとなく伝えていると思うんです」

「なるほど、そうかもしれないが、ぼくは、今さらこどもを持とうとは思わないよ。その希望に諦めをつけるのにはたいそう時間がかかったが、五十歳前後でようやく踏んぎりがついたんだ」

「でも、かりに唐津で瑤子さんとの関係が深まってしまい、彼女がお義兄さんのこどもを産みたいと言いだしたら、断れないんじゃありませんか」

 そう問われて、和樹は返答に窮した。瑤子さんとの唐津行きが決まってから、自分なりにシミュレーションをしてきたつもりだったが、彼女がこどもを望むという展開はまったく考えていなかった。そのためもあって、思いがけず示された人生の新たな可能性の前で、和樹はたじろいだ。

「まいったなあ、ぼくはお義兄さんが大隅瑤子さんと結婚して、こどもを持つことをすすめているわけじゃありませんからね。お義兄さんだって、先ほど宣言されたとおり、諏訪先生と一緒になりたいわけですよね」

「もちろん、そうだ」

「それなら、自分で淹れたおいしいコーヒーをもっと飲んで、目を覚ましてください。そして、この件について、自分では最良だと思っている展開を教えてくれませんか。これは、われわれ音楽プロデューサーがよく使う手なんですが、これから売りだそうという新人や、新たに組むことになった実績のあるミュージシャンには、まずこの問いを向けるんです。世界的なスターになりたいでもいいし、一枚でいいから納得のいくアルバムを出したいでもいい。とにかく、心の底からの、嘘偽りのない望みを言ってもらい、それをたたき台にして、その目標の是非や、それを達成するための方策を一緒に考えていくんです」

 小林の助言は適切で、和樹は感心した。そして、こうした義弟を持った幸運に感謝した。四十五歳で東京地方裁判所の部総括判事に任命されてからというもの、裁判長として公判を指揮し、被告人に訓戒を垂れることはあっても、自分に至らぬ点があることを前提にして、ひとに相談を持ちかけることなど絶えてなかったからだ。

「わかった。そんなにうまくいくわけがないと嘲られるのを承知で、望み得る最良の展開を話すよ」

 覚悟を決めて、和樹はカップに残っていたコーヒーを飲み干した。

「ただ、その前に、亡き大隅豊彦判事のご家族について、まだ話していなかったことを言っておく。七年前に先立たれた奥さま・雅代さんは福岡市の出身で、中洲一と謳われたマダムだった。その容姿を、瑤子さんはよく受け継いでいると思う。もっとも、性格は母親よりずっとおだやかだという気がしている。もう一つ、雅代さんは大変なヤキモチ焼きで、大隅さんが娘と仲良くするのさえ気に食わなかったそうだ」

 今際のきわで恩師が打ち明けた家族の秘密を和樹は話していったが、小林は聞き役に徹するつもりらしく、口を挟んでこなかった。

「もう一つ前置きをすれば、離婚を経験している瑤子さんに再婚の願望があるかどうか、ぼくは知らない。また、瑤子さんは、亡き母親に代わり、最高裁判事という重責を担う父親を献身的に支えていたはずで、その務めをようやく果たし終えたあとに、これから同じポジションに就くかもしれない男性、それも還暦を迎えた初老の男を夫に迎えたいとは思わないのではないか。なにより、昨今の女性たちは、ある程度の収入や、受け継いだ資産があるなら、結婚によって夫の世話に追われたり、夫の親戚とのつき合いといったしがらみに縛られるよりも、多少の寂しさ、手持無沙汰には耐えて、単身者として生涯をまっとうすることを希望しているのではないかと、ぼくは思っている」

 そこまでを和樹が話すと、小林が右手をあげた。

「でも、諏訪季実子先生は、経済的にも精神的にも自立した単身者でありながら、お義兄さんとお見合いをしたわけですよね」

「それは、うちの母のすすめということが大きかったんじゃないかな。悦美も担任をしてもらっていて、その関係で、きみも清美も季実子さんとは旧知の間柄なわけだろ」

 和樹はうまく切り抜けたつもりだったが、小林は追及の手をゆるめなかった。

「瑤子さんも同じですよ。瑤子さんは、父親から、何度となく、山村和樹と結婚したらどうだとすすめられていたに決まっています。あいつなら、手はかからないし、面倒な親戚もいないと。それに、瑤子さんが離婚した理由はお義兄さんにもわからないわけですが、大隅判事は自分の娘にそれなりの自信を持っているからこそ、今際のきわで、『あんな融通の利かない娘をもらってくれなんてことは、申しわけなくて、とても言いだせないが』と、あえてへりくだってみせたわけですよね」

「それはそうだな」と和樹も認めるしかなかった。

「これは、さして広くもないぼくの見聞から引き出した考えですが、大半の女性は、年齢を問わず、これはと思う独身男性を見つけたら、結婚しようと思いますよ。にもかかわらず、独身を貫いている女性が増えたのは、彼女たちが若いうちから多種多様な経験を積んで、見る目も肥えたのに、その眼鏡にかなう男性が増えていないからにすぎません」

「なるほど」と応じた和樹の頭に浮かんでいたのは柳田裕子判事だ。瑤子さんと同世代の単身者で、高校時代に始めたという登山は趣味の領域を超えており、日本国内の高峰・秀峰の登頂はもちろん、ヒマラヤ山脈やアルプス山脈の標高四千メートルを超える高地でトレッキングをしたこともあるそうだ。よって、裁判官としての任地も北海道・東北・上信越といった山岳地帯を希望してきたのだが、昨年四月の異動では、なぜか東京高裁に配属されてしまったという。

「前置きも尽きたようですから、ぼくの意見を申しあげれば、大隅瑤子さんは、東大附属病院でのお義兄さんのふるまいから、父親の後輩である山村和樹判事への信頼をさらに深めたからこそ、唐津沖での散骨への同行を求めてきたわけですよね。お義兄さんが先ほどおっしゃっていたように、瑤子さんには、ひとりで散骨をするという選択肢もあったんですから」

 そこで間をとった小林が確信に満ちた顔で断言した。

「信頼がないところに愛情は生まれません。つまり、二泊三日の旅行のあいだに、大隅瑤子さんのお義兄さんへの信頼がいっそう深まり、愛情へと変わってゆくことは十分にあり得るわけです」

 返事のしようがなかったので、和樹はテーブルを離れた。そして、レンジで温め直したコーヒーサーバーを持って居間に戻った。

「わかった。そこまで言いきられたあとでは蛇足でしかないが、ぼくは裁判官としてのキャリアのほとんどを刑事裁判官としておくってきた。だから、男女間のもつれが、それもいわゆる三角関係がいかに厄介で、かつ事件につながりやすいかも、いやと言うほど知っている。しかし、木乃伊ミイラ取りが木乃伊になるということわざもあるわけで、刑事裁判官である自分は絶対に三角関係におちいらないと言い張るつもりはない。そのうえで、最良だと思っている展開を話せば」

 立ったまま、そこまでを語ったところで双方のカップにコーヒーをそそぐと、和樹は椅子に座った。

「きみが言うところの信頼が愛情へと変わらないように、粛々と散骨を済ませて、その後の直会も大隅判事への弔いの気持ちがこもったものにしたい。かりに、瑤子さんが、ぼくとの仲が深まってもかまわないという素振りを見せたとしても、こちらにはそうした意思がないと言外に伝えることによって一線を引きたい。なるほど、大隅さんは、ぼくとの結婚を瑤子さんにすすめていたかもしれないが、ぼくが直接言われたのは、『ときどきでいいから、瑤子のことを気にかけてやってくれないか』だった。そのあとに、『あんな融通の利かない娘をもらってくれなんてことは、申しわけなくて、とても言いだせないが』と恐縮されて、相談相手になってやってほしいと頼まれた。だから、その線で二人の関係をとどめたいと思っている。そのためにも、ぼくのほうが二泊三日の旅程のどこかで自制心を失って、衝動的に関係を深めてしまうことだけは、なんとしても避けたいんだ」

「わかりました。据え膳食わぬは男の恥という諺はぼくも好きではありませんから、その意気やよしと、ひとまず賛同しておきます。でも、お義兄さん自身がそのもくろみを貫徹させる自信がないから、ぼくを呼んだわけですよね」

「まさにそのとおりだ。ただし、やっぱり無理だったと、あとで言いわけをするためではなく、自分の決意をより強固にするために、きみに来てもらったんだ。本来なら、こうした男女間のことは余人に明かさず、単身で乗り切るべきだが、恥ずかしながら、そうできなかった。結果がどうなるかは神のみぞ知る。いずれにしても、きみを巻き込んで、申しわけなく思っている。なにより、自制心を保てず、瑤子さんとそうなってしまったのに、季実子さんの手術に立ち会えるほど、ぼくは厚顔無恥な人間ではない。その際は、その旨を連絡するから、季実子さんには大変申しわけないが、母か清美に代役を頼んでくれないか。その場合は、きみと顔を合わせるのも、これが最後になる。これまでのこうに感謝する。ありがとう」

 和樹は両手をテーブルにつけて頭をさげた。

「よしてください、縁起でもない」

 そう応じて、おかわりのコーヒーに口をつけた小林が小皿のクッキーに手を伸ばした。和樹もクッキーを齧り、コーヒーを飲んだ。

「しかし、よほど気をつけてくださいよ。それから、季実子さんの存在は、瑤子さんに明かさないほうがいいと思います。瑤子さんのほうでは、今回の唐津行きは序章というか、じょじょに親しさを増していけばいい、脈がないなら、それはそれで仕方がないといった程度の気持ちでいたのに、季実子さんの存在を知ったことによって、この二泊三日のあいだに勝負をつけてしまえと、スイッチが入るおそれだってあるわけですからね。その結果、木乃伊取りが木乃伊になり、痴情がもつれにもつれたあげく、誰かが誰かを襲う、もしくは、精神を病んで自傷行為に及ぶなんてことになったら、どうするんですか。ともに還暦まで独身を貫いてきた東京高裁の部総括判事と女性校長、それに前最高裁判事の娘であるアラフォー女性が絡んだ三角関係は、週刊誌にとっては絶好のネタですよ。ネットでも炎上すること間違いなし。万が一、そんなハメになったら、われわれと絶縁するだけではすまず、お義兄さんが積み重ねてきたキャリアも水の泡、司法の威信も地に落ちる。諏訪先生の教え子や保護者たちもさぞかし傷つくでしょうし」

「たしかに、恋は盲目と言うから、そういう方向にエスカレートしてしまう危険性もあるんだろうな。痴情のもつれが原因でおきた暴行事件、傷害事件、傷害致死事件、殺人事件となると、いずれも両手に余る件数を担当してきたが、まさか自分がそうした事件の当事者になりかねない立場に置かれるとは、夢にも思わなかった。こうしてきみに忠告されていても、まったく実感が湧かないというのが正直なところだ。季実子さんも、瑤子さんも、これ以上なく聡明で理性的な女性だからね。しかし、今のぼくのように、無自覚にして無防備なヤツこそが、重大事件の当事者になってしまうんだろうな」

 和樹は独り言のように自戒した。

「こういう可能性だってありますよ。唐津行きのあいだに情事は生じなかったけれど、瑤子さんとは恋愛含みのつかず離れずの関係が続く。一方、カテーテルアブレーション手術が成功した季実子さんとの交際は来年四月からの同居に向けて着々と進んでいくとなると、心ならずも二股をかけてしまったお義兄さんのストレスは相当なものでしょうね」

 小林が言って、これには和樹も現実味を感じて怖くなった。

「瑤子さんのお住まいは、白金台でしたよね。ここ神宮前まで徒歩で来るのには遠いけれど、都バスや地下鉄を使えば三十分もかからないんじゃないかな。お義兄さんの話を聞くかぎり、瑤子さんはお勤めをしていないようだから、鎌倉の中学校で校長をしている諏訪先生よりも断然有利ですね。裁判官の仕事や生態にも詳しいし、普通のひとなら訪ねるのに二の足を踏む官舎にだって怯むことがない。となると、唐津から帰ってほどなく、合鍵を手にした瑤子さんは足しげくこの部屋に通うようになる」

 調子に乗って話し続ける小林を和樹は止められなかった。それどころか、白金台の自宅にいったん帰った瑤子さんが東大附属病院に戻ってきたときの、すっぴんに部屋着の姿が思いだされて、胸がときめいた。

「二股や浮気というのは、されたほうはもちろん辛いわけだけれど、しているほうはいい気なもので、バレてから、あせりにあせるそうです。さいわい、ぼくにはそうした経験がないんですが、お義兄さんの場合は、どうなんでしょうね?」

 和樹は穴があったら入りたかった。

「責任感の強いお義兄さんのことだから、そうした状況を想像しただけで胃が痛くなっているんじゃありませんか?」

 じっさい、和樹は早くも贖罪の意識にとらわれていた。

「どうか、くれぐれも体調に気をつけてください。裁判官という、ただでさえ強いストレスにさらされる立場なのに、これまで経験したことがない種類の悩みを抱えているわけですからね。受忍の限度を超えた不安感を解消するために、酒やギャンブルに深入りして、周囲の信頼を失い、やがて金も底をつく。音楽プロデューサーという職業柄、そうしたひとたちを、老若男女を問わず、どれだけ見てきたことか。お義兄さんの場合、酒に溺れることはないわけですが」

 それから小林は、自分に直接かかわりがあったひとたちの転落について一頻り語った。

「長くなってしまい、申しわけありませんでした。でも、コロナ禍のあいだは本当に大変だったんです。企画していたコンサートもライブもフェスもひとつ残らず中止に追い込まれて、見込んでいた収入が消し飛んだだけでなく、押さえていた会場のキャンセル料やチケット代の払い戻しがのしかかる。事業は火の車でも、雇っているスタッフに給料を払わなくちゃならない。どの音楽事務所も倒産を覚悟したはずですが、ぼくもこれ以上追い詰められたら、メンタルが崩壊するか、よからぬことをしでかしてしまうのではないかと、眠れぬ幾夜をすごしました。そのダメージから、完全には抜けだせていませんし、音楽業界を含む芸能界も、タレントの別事務所への移籍や個人事務所の設立が相次いで、再編の真っ只中と言えば聞こえはいいですが、まさに一寸先は闇。そうした窮状が続くなかで、人間関係をダメにしたり、病に倒れる者が続出していましてね。いったんしゃべりだしたら、止まらなくなってしまいました」

 

(第10回につづく)