芸能界屈指の「歴史好き」「大河ドラマ好き」芸人として知られる松村邦洋さん。松村さんが今ハマっている小説が「三河雑兵心得」シリーズ。足軽の視点で家康の天下取りを描いた痛快な戦国足軽出世物語で、「この時代小説がすごい!」で第1位(2022年度版 文庫書下ろし時代小説部門)に選出、さらには「日本ど真ん中書店大賞2023」を受賞するなど各方面で高い評価を得ている人気シリーズです。

 松村さんが考える「三河雑兵心得」の面白さとは? ビートたけしさんや芸能界にたとえながら松村さん独特の視点で語ってもらいました。

文・取材=麦倉正樹、写真=三橋優美子

 

僕も足軽になるんだったら、やっぱり三河家臣団がいい

 

──「三河雑兵心得」シリーズを読んで、どんな感想を持ちましたか?

 

松村邦洋(以下=松村):こういう出世物語は、やっぱり面白いですよね。三河の田舎で生まれ育った少年が、弟を守るための喧嘩で運悪く相手を死なせてしまって。それで村にいられなくなって、伝手を辿って地元の殿様のもとで槍働きをするようになり、そこで成長しながら徐々に出世もしていくという。その過程をつぶさに知ることができるのが面白かったです。

 

──本作の主人公「植田茂兵衛」は架空の人物ですが、三河の植田村を出たあと「夏目次郎左衛門(吉信/広次)」に仕えるようになります。そこでいきなり、三河一向一揆が起こるという。

 

松村:そう、三河一向一揆……今年のNHK大河ドラマ『どうする家康』でも描かれていましたね。あのドラマで関水渚さんが演じていた「田鶴姫」だったり、岡崎体育さんが演じていた「鳥居強右衛門」だったり、それまであまり馴染みのなかったような歴史上の人物たちも、この小説にはちゃんと登場している。だから、日曜日に『どうする家康』で、家康視点というか、三河の役員クラスの人たちの動向を観て、「その頃、その末端にいた人たちは、どんな感じだったのかな?」って、この「三河雑兵心得」シリーズを読む。今だったら、きっとそういう楽しみ方もできると思います。

 

 百姓出身の少年が、足軽になって、旗指足軽になって、足軽小頭になって……ひと口に「足軽」と言っても、いろんな役割があるんだなということも本作を読んで学びました。ただ、足軽っていうのはやっぱり大変ですよね……なにせ馬に乗れないですから。上の人に「行くぞ!」って言われたら、どこに向かっているのかわからなくても、とりあえずついていくしかない。そういう足軽の実態がわかるのも、本作の面白さです。

 

──茂兵衛が仕えるのが家康の三河家臣団というのもポイントですね。

 

松村:そうそう。僕も足軽になるんだったら、やっぱり三河家臣団がいいですもん。三河の人たちって、褒美や領地目当てで動いてる感じがあまりしないじゃないですか。ちゃんと家康を守ろうとしているというか、家康と一緒に成長していっているような感じがあって。そのへんが、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出てきたような、鎌倉の武士団とは違いますよね。鎌倉の人たちは、「御恩と奉公」っていうぐらいで、「これをやったら、どれだけ領地がもらえるんだ?」とか、そのあたりのことを結構気にしていて……。

 

松村邦洋さん

 

──信長の家臣団や、秀吉の家臣団も、そのあたりはシビアですよね。だからこそ、いつ誰が裏切るかわからない緊張感がある。家康の家臣団は、代々仕えてきた「譜代」が多いということもあり、そこは少し違いますね。

 

松村:そうですね、家臣たちの団結力が違う印象です。まあ、三河一向一揆のあとに出奔して、いつのまにか家康のもとに戻ってきた本多正信みたいな人はいますけど(笑)。あと、石川数正か……数正に関しては何が本当なのかわからないですけど、この小説の中では家康のもとを去って秀吉のほうに行った「本当の理由」もちゃんと描かれていて、あの解釈は見事でした。やっぱり家康の場合は、家臣団に絆みたいなものがある。茂兵衛も結局、家康のことは裏切らず、途中で織田信長の息子の信忠に声を掛けられたりしながらも、ずっと家康の側にいます。

 

──そうですね。ただ、譜代が多いがゆえに、百姓出身の茂兵衛は出世していくにつれてまわりの人たちから軽んじられたり、ちょっと疎まれるようなところもあって。そのあたりの「出自の壁」みたいなものも、結構リアルですよね。

 

松村:やっぱり三河家臣団から秀吉は生まれないというか、信長のところにいたからこそ、百姓出身の秀吉があそこまでのし上がっていけたんだなと思います。ただ、あんまり出世して魑魅魍魎の世界に足を突っ込んで人間味を失ってしまうよりは、心の綺麗なまま終わるのもいいかもしれないですよね。まあ、まだ続いているシリーズなので、今後どうなっていくのかわからないですけど(笑)。史実がある以上、架空の人物である茂兵衛をどこまで出世させるのか、そしてそれをどう読ませるのかも、著者の井原忠政さんの腕の見せどころでしょうね。

 

(後編)に続きます

 

【あらすじ】
戦国時代の三河。喧嘩のはずみで人を殺し、村を出奔した十七歳の茂兵衛は、松平家康の家来に拾われ、足軽稼業に身を投じることに。初陣での籠城、兜武者との一騎討ち、決死の撤退戦、恋、奇襲……。茂兵衛は戦乱の世を生き抜きながら武士として成長していく。汗だく血だらけ泥まみれ、でもしぶとく生き残る。痛快! 戦国足軽出世物語。

 

松村邦洋(まつむら・くにひろ)プロフィール
1967年8月11日生まれ、山口県出身。九州産業大学在学中に片岡鶴太郎に認められ芸能界入り。ビートたけし、石橋貴明、掛布雅之など、それまでにないものまね芸で人気となる。
小学生の時に大河ドラマ「風と雲と虹と」を見て、歴史好きになる。YouTube「松村邦洋のタメにならないチャンネル」では、大河ドラマ「どうする家康」の撮って出し動画を毎週配信中。

YouTube「松村邦洋のタメにならないチャンネル」
https://www.youtube.com/@matsumurabawbawofficial

 

井原忠政(いはら・ただまさ)プロフィール
2000年に、脚本「連弾」が第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST-NARUTO THE MOVIE-』などがある。2016 年『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビューし(経塚丸雄名義)、翌年、同作で第6回歴史時代作家クラブ新人賞を受賞した。2020年、ペンネームを井原忠政に変えて歴史時代小説「三河雑兵心得」シリーズの刊行を開始。同シリーズで『この時代小説がすごい! 2022年版』文庫書き下ろしランキング 第1位を獲得する。他の著書に『うつけ屋敷の旗本大家』『人撃ち稼業』『人撃ち稼業 殿様行列』『北近江合戦心得 姉川忠義』『北近江合戦心得 長島忠義』がある。神奈川県鎌倉市在住。