家康の天下取りを足軽の視点で描き、斬新な設定と主人公・茂兵衛の出世物語が痛快と評判の「三河雑兵心得」シリーズが150万部を突破した。最新刊は第16巻。天下分け目の戦いへと突き進む家康と茂兵衛の姿が描かれる。

 

「小説推理」2025年8月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『三河雑兵心得 関ケ原仁義(中)』の読みどころをご紹介します。

 

 

 

『三河雑兵心得 関ケ原仁義(中)』井原忠正  /細谷正充[評]

 

天下分け目の戦いの前哨戦もすごかった。本多平八郎に振り回されながら茂兵衛が奮戦!

 

 井原忠政の人気作「三河雑兵心得」シリーズは、ついに関ケ原の戦いの前哨戦に突入した。ちなみに関ケ原の戦いに至る流れを書くと、上杉景勝に上洛を促した徳川家康に対し、上杉家家老の直江兼続が拒絶の手紙(直江状)を送る。その文言に怒った家康は上杉討伐の軍を起こし、会津へと向かうが、その隙に石田三成たちが挙兵。下野国しも つけの くに小山でこれを知った家康は、諸将の意見を統一し進路を変え、関ケ原の戦いで三成たちを破るのだった。ただし一連の流れには、多数の人物の思惑や策謀があったようである。

 

 作者は上杉家と越後の堀家の諍いから筆を起こし、当時の状況を分かりやすく説明。上杉討伐に向かう、鉄砲百人組頭の植田茂兵衛の様子を、家族・部下・同輩など、さまざまな人物を絡めて描いていく。大きな事件や騒動もないが、この部分が抜群に面白い。直情的な茂兵衛も五十四歳になり、少しは上手い立ち回りを覚えたようだ。戦国の世を最前線で生き抜いてきた主人公の魅力が、言動の端々から伝わってくる。

 

 だが一方で、変われない人物もいる。本田平八郎だ。伏見城に籠った忠臣の鳥居元忠たちが死んだと知ると、家康は、茂兵衛たち鉄砲百人組を援軍として福島正則の陣に派遣。表向きの目的は西軍の殲滅だが、戦後を見据えて、先鋒隊の福島や池田輝政の武勲が、大きくならないようにブレーキをかけてくれというのだ。家康の思考はしたたかであり、信頼されている茂兵衛は苦労する。

 

 しかも、一緒に行動することになる本田平八郎が問題児だ。勘と根性で武勲を挙げてきた平八郎は、時代遅れになった自分を認められず、無茶な作戦を立てて、木曽川の渡河戦で茂兵衛たちを窮地に追い込むのである。

 

 そんな平八郎に呆れながらも、見捨てられない茂兵衛。一方で、初陣の娘婿を鼓舞したりもする。そしてラストには、昔と同じように一騎打ちで、強敵を倒す。まだ関ケ原の戦いの前哨戦だというのに、その激しい戦いを堪能したのである。