今月のベスト・ブック

装幀=welle design

『横浜共同租界』
佐々木譲 著
光文社
定価 2,090円(税込)

 

 本年2月号のベストブックで取り上げた『分裂蜂起』(集英社)然り、近年の佐々木譲は歴史改変SFの要素を使って、現代日本が抱える危うさを浮き彫りにするミステリを書くことに挑んでいる。今月のベストに推す『横浜共同租界』(光文社)もその1つだ。

 

 本書の舞台は現代と思しき日本ではあるのだが、現実とは大きく異なる部分が1つある。第二次世界大戦後の講和によって、横浜の土地がアメリカ・イギリス・中国・ロシア・オランダの五か国が統治する共同租界となっていたのだ。租界とはもともとアヘン戦争に敗れた清国が不平等な条約によって行政権の行使を制限された土地を指す。先に紹介した『分裂蜂起』を含む〈抵抗都市〉シリーズ3部作は日露戦争に敗れて軍事権と外交権をロシア側に事実上奪われた並行世界の日本が舞台になっていた。主権を損なった土地や国家がいかに矛盾や混沌を抱えるのか、という点がこれらの小説における関心事の1つになっているのだ。

 

 本書の主人公である長堂和樹は租界内で私立探偵のような稼業を営んでいる。「ような」という表現になるのは、租界で私立探偵を営むために必要な許可証を長堂が持っていないためだ。ある日、長堂のもとに島谷理恵という女性が弟の行方を捜して欲しいと訪ねてくる。島谷の弟である浜口昌馬が軽度の発達障害の持ち主なのだが、共同租界内で何者かに拉致された可能性もあるというのだ。

 

 人捜しの仕事が次第に複雑な構図を持つ出来事へと発展していく展開、無免許探偵という公的な立場から遠い場所にいる主人公の設定など、かつて米国で書かれた私立探偵小説の名作群を彷彿とさせる書きぶりに、特に往年の海外ミステリファンは心躍るに違いない。

 

 いっぽうで長堂が調査を進める過程では現実の日本社会を蝕む諸々の問題を思い起こさせるような光景が出てきて、紛れもなく現代社会批評的な鋭さを放つ小説にもなっているのだ。この懐かしさと新しさを感じさせる読み心地は共同租界という特殊な設定を持ち込んだからこそ書き得たものだろう。佐々木の書く歴史改変ミステリに外れ無し、である。

 

 現代社会の歪みを鋭く抉る小説でいえば、辻村深月『ファイア・ドーム』(小学館)も必読である。デビューから22年、これまで辻村が手掛けた現実路線のミステリの中では最高峰に位置する大作だ。

 

 物語の舞台となるのは北陸地方にあるL県蒔戸市という架空の地方都市である。1994年7月、蒔戸市内にある百貨店に地方新聞の記者を名乗る人物が受付係の女性を取材と称して呼び出す電話をかけてきた。その翌日、同じ人物が再び電話を百貨店にかけ、女性を誘拐したと告げる。後に「L県デパート受付嬢誘拐殺人事件」と呼ばれる事件が起きてから25年後、蒔戸市内で小学校教師を務める佐村美冬がある出来事をきっかけに事件へ関心を持ち始める場面が第1章の序盤に描かれる。

 

 上下巻合わせて800頁以上になる大著だが、長さを全く感じさせない読み心地である。ミステリとしての様相が絶えず変化を続け、眼前に現れる謎への興味と緊張感が終盤に至るまで一切途切れないのだ。その過程で描かれるのは人間が持つ「知りたい」という衝動である。個々の「知りたい」という感情が集積しエスカレートすることで、巨大で醜悪な力がいつの間にか出来上がり、個人を吞み込んでいく。本書は地方共同体を舞台にしたミステリ小説だが、その中核で描かれることは小さな共同体の話に留まらず、現代の日本社会全体と接続し得るものだろう。では人は巨大で醜悪な力に、ただ黙って吞み込まれるしかないのだろうか。この点を巡って様々な人物が抱く感情を掬い取り、人間の崇高な部分も卑小な部分も余すところなく辻村は描き切った。見事である。

 

 人間の気高さと愚かさを併せて描いた小説という意味では馳星周『海霧』(KADOKAWA)も印象的だ。語り手の“おれ”こと神野大樹は、函館で地元暴力団が仕切る密漁に参加し生活費を稼いでいる。非合法な仕事に従事する大樹の心の拠り所は、ボーダーコリーの老犬・ジリだ。北海道の海でよく発生する海霧から名付けられたジリを、大樹は相棒のように可愛がっていた。ある時、大樹はホステスの霧子からジリに会ってみたいという電話を受ける。霧子は大樹の密漁を仕切る暴力団の若頭補佐の愛人だったが、ジリを介して大樹は霧子との関係を深めてしまう。

 

 犯罪の世界に身を染める孤独な主人公、彼を良からぬ事態へと巻き込んでいくファム・ファタールの存在と、ここだけ取り出せば本書は類型的な犯罪小説のように思われるかもしれない。だが本書にはそうした型に収まることの出来ない魅力を放つ要素がある。犬だ。大樹は犬を「無条件の愛の具現者」と呼び、ジリの愛と信頼に限りなく答えることがすべての行動原理になっている。典型的なファム・ファタールと一見思う霧子も、ジリにこれ以上ない愛情を注いでいく。愚かさから泥沼へと嵌まっていく一方で、動物への純粋な愛を持ち続ける人間の複雑で多面的な心の有り様が、この物語において最も読者の心を捉える部分だろう。犯罪小説としての興趣をどんどん強めていく過程で、犬と人間の絆を描いた動物小説としての純度も高まっていく。ラストに待つ情景の素晴らしいことよ。