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5のつく日は、駅前の喫茶店〈まつ〉のホットケーキが安い。
プレーンの二枚重ねが、二〇〇円で食べられる。
一時は、その日にホットケーキを食べると、次回以降に使える割引券をもらえるシステムに変わったのだけれど、最近、また以前のように、当日食べるホットケーキが安くなった。
もちろん、利用客としては、そっちのほうが断然いい。
「行くよね、それは」
「行くよ」
誘い合わせて食べに行った帰り、桜井奈津子が友人の太田野枝と笑いながら団地内を歩いていると、
「なっちゃん、なっちゃん」
共同菜園のツツジの陰から、ぬっ、とおばちゃんが顔を出した。同じ棟の三階に住む、佐久間のおばちゃんだった。
「わ。びっくりした。こんにちは」
「なっちゃん、イチゴ、いっぱいできてるよ。食べて」
手招きされて足を踏み入れると、ところどころに白い花が咲いたイチゴの葉の陰に、小ぶりな赤い実がたくさんついている。
「いただきまーす」
奈津子はさっそく一つつまんで、口に放り込んだ。
顔に近づけたときの甘い香りとともに、熟れる直前といった様子の、イチゴの味が口の中にふわっと広がる。
「甘い!」
「でしょ!」
つばの広い、メッシュの帽子をかぶったおばちゃんが嬉しそうに言った。「ほら、野枝ちゃんも食べて」
「……はい」
「遠慮しないで」
「はい……」
「どうしたの、ノエチ」
動きの鈍いノエチにかわり、なるべく大きな一つをつまんで差し出すと、
「(なっちゃん、それ、洗ってない)」
とノエチが小声で言った。
「え?」
「(洗ってないよ)」
「ああ! 洗ってない、ね。いいじゃん、味見の一粒くらい」
奈津子は無駄に神経質なノエチを笑った。「ゴミがついてたら、指で弾き飛ばしなよ」
「あら、気になった? ごめんね。じゃあ、お部屋に持って帰って、しっかり洗ってから食べて。おいしいわよ」
いつも親切なおばちゃんは、べつに気分を害したふうもなく、むしろ申し訳なさそうに言った。「ねえ、なっちゃん、好きなだけつんじゃってね」
「いいんですか」
「いいわよ、こっから、ここまで。どーんと行っちゃって」
イチゴの植わった一帯、幅一メートルくらいを、佐久間のおばちゃんは大きく手で示した。イチゴの葉の向こうには、ブルーベリーの木が繁っていて、そちらも実をつけはじめている。
「じゃあ、遠慮なく」
奈津子は答えると、本格的に腰をかがめ、一粒、もう一粒とイチゴをつまむ。「増えましたね、イチゴ。最初、五株……とかじゃなかったですか?」
「そう、五株だったの! よく覚えてるわね。毎年どんどん増えてるのよ」
「ていうことは、来年、もっと収穫できますね!」
つんだイチゴをつぎつぎと左手にのせ、山盛りいっぱいになったところで、奈津子はノエチを手招きした。
仕事がお休みのノエチは、明らかにオーヴァーサイズの、だぼっとしたTシャツを着ている。
その裾を両手で前に持ち上げさせて、そこにイチゴを全部のせた。
「やだ、面白い。そうやって運ぶの?」
佐久間のおばちゃんが笑い、自分もイチゴをつまむと、陽気な収穫仲間のように、鼻歌まじりにノエチのTシャツに赤い実をのせはじめた。
一つ。二つ。三つ。
「ほら、なっちゃんもどんどんつんで」
「ありがとうございます」
奈津子も笑いながら、イチゴを新しくつむと、ノエチのTシャツにぽいぽいとのせていく。
五十歳を二つ過ぎても、奈津子もノエチも相変わらずだった。
イラストレーターの奈津子に、本業の絵の依頼は少なく、日々多くの時間を、フリマアプリやネットオークションでの売買に費やしている。
一度、大学を追われたノエチも、やはりよその学校の非常勤講師の掛け持ちで収入を得ている。
どちらも実家の団地に出戻ることで、どうにか生活ができているようなものだったけれど、示し合わせたわけではなく、本当にたまたま同時期に戻ったのが幸運。
一番親しい友人が、昔のまま近所にいるのは心強かった。
というか、楽しかった。
うっかり忘れ物をしても、急な相談も、頼みごとも、じゃあ今から行く、で片づいてしまう。
実際、隣の棟なので、ドアからドアまででも、一分ほどしかかからない。なんの約束もなく歩いていても、あちこちでバッタリ顔を合わせるくらいだった。
建て替え目前の古い団地だったけれど、まだ具体的な日取りは決まっていない。
ゆったりと庭があり、公園があり、顔見知りのおばちゃんたちがまだ何人も住んでいる。
『また団地のふたり』は全2回で連日公開予定