プロローグ
1994年11月某日
祇園レディースクリニック 産婦人科
上方歌舞伎の重鎮・十八代目 山村貴衛門は待望の息子の誕生を今か今かと落ち着かぬ様子で待っていた。
「オギャー!」
しかし生まれてきたのは女の子だった。
「また女の子か……。こんなにぎょうさん、この病院にも男の子いはるのに、なんでうちの子は……」
*
同 不妊治療外来
院長の桜小路実康が、採取した精液を遠心分離機にかけ、比重の違いで分かれた層を顕微鏡でのぞきこんでいる。
「おかしいな。男の子が生まれるとされるY精子が分離された層に、活発な精子が一つも見当たらない。元気なのは女の子を授かるとされるX精子の層ばかりだ」
一部で信じられており成功率は不確かだったが、独自の信念に固執していた実康が首をかしげる。そばで院長の息子・公康は、もう一つの検体をモニターに映しながら、
「こちらは逆にY精子の層には元気なものが集まっていますが、女の子を授かるはずのX精子の層には、かろうじて動いているものが一つあるだけで……これでは受精しても着床は難しいかと」
「どうしてなんだ! ほぼ半々の確率と言われているはずなのに。いや、だから女の子ばかり、男の子ばかり生まれる夫婦がいるんだろうが……」
思わず実康が大きな声をあげる。
「昔は女腹、男腹と言って女性の責任のように言ってましたが、男性のほうの問題かも」
「何か方法はないものか……」
*
1994年11月某日
祇園レディースクリニック 産婦人科
祇園の名門置屋『紅屋』大女将の相良楓は孫、とりわけ女児の出生をただひたすらに願い続けていた。
「オギャー!」
しかし生まれてきたのは男の子だった。
「なんや、また男の子かいな。しょうもな。何のためにあんな嫁もろたんえ」
楓は本音を隠さずもらしながら、
「可愛い顔して。女の子やったら、よー売れる舞妓ちゃんにならはったやろに。ここにはこんなにぎょうさん、女の子おいやすのに、なんでうちの孫は……」
*
同 不妊治療外来
「不妊治療の先駆けとして、更に力を入れたいと高額医療機器の導入や増築をしたものの、出産数の低下もあって借入金を返せなくなり、差し押さえられて、売却するしかなくなった時、助けてくれたのが歌舞伎役者の貴船屋さんと、置屋の紅屋さんやった。贔屓筋の会社社長さんらに頭を下げて回ってくれて、病院を維持できたんやった」
院長室の椅子に座り、机の向かいに立つ公康の方を見ながら実康は続ける。
「この病院が今日あるのは、そのおかげなんや。その方らへのご恩返し、どうしても産み分けを成功させなあかん。それやのに……」
第一章
奮闘
相良楓は祇園の置屋『紅屋』の長女として、1948年に生まれた。当時『紅屋』は売れっ子芸妓四人、舞妓六人をかかえる老舗で、舞妓を目指して勉強中の「仕込み」さん、中居さん、お手伝いさんなどと、女将である母と楓をいれて十七人の大所帯で、皆で置屋のひとつ屋根の下で暮らしていた。
父親は西陣の帯問屋の社長で、水曜日の夜と土曜日の昼だけ帰ってくる人だった。
水曜日は近所の洋食店『つぼさか』へ母と三人で行き、カニクリームコロッケとエビフライを楽しみ、土曜日は高島屋の屋上のミニ遊園地でゴーカートに乗ったり、ぬいぐるみショーを見た後、特別食堂でお子様ランチを食べ、父と話す時間が大好きだった。
父が帰ってくる日はなにしろ特別で、近所の家の子は、一緒に遊んでいても時間になると、「今日はお父ちゃんが帰ってきはる日やさかいごめんな」と言ってあわてて帰っていく。
よく遊んでいた仲良しのさっちゃんの家は、「お父ちゃんは船乗りさんやさかい、一年に一ぺんしか帰ってきはらへん」と言っていたので、たいていの家はそんなものなんだろうと、疑問に思ったことは一度もなかった。
舞妓になってしばらくたってから、父には西陣に家庭があって、本妻さんと男の子二人と一緒に暮らしているということを他の置屋の芸妓さんから聞いたが、「ふーん。そうなんやー」と思ったくらいで動揺はなかった。
楓が小学校入学時には、上等な牛革のランドセルと木製の立派な学習机を買ってくれたし、舞妓の見世出しの時には、惜しみない援助をしてくれたと女将である母が喜んでいたからだ。
楓は幼い頃から、舞、三味線を習い、中学に入ってからは鼓や小唄も習ったが、どれも楽しくてしかたなかった。厳しい舞のお師匠さんから「筋が良ろしおす」とほめられ、母は嬉しそうだった。中学卒業の春の舞妓デビューを目指して、紅屋の先輩芸妓の明葉さんと「結納」をした。
「結納」とは男女の婚約のことではなく、姉さん芸妓に弟子入りするというような意味合いだ。それからは母と親子で暮らしていた部屋を出て、舞妓ちゃんたち四人の下座に鏡台を置かせてもらい、夜は一番入り口側に布団を敷いて寝る。
そして明葉姉さんの鏡台の鏡をふくなど、まわりを掃除し、肌じゅばん、ハンカチなどを洗う。化粧の仕方、作法など様々なことを教えてもらった。
そして明葉姉さんと姉妹の盃をかわした。この時言われたことはこうだ。
「実のお母さんが女将さんでも、必ず姉さんの言わはることの方を聞くように。もし姉さんが〝カラスは白い〟と言わはったら、カラスは白いと信じるように」
春、晴れて舞妓デビュー。見世出しの日を迎えた。黒地に青楓の着物は、父親が張り切って新調してくれたもの。金地の帯は女将、帯揚げ、かんざし、帯留めは、明葉姉さんから譲り受けた。皆の愛を胸に、お茶屋を一軒一軒あいさつしてまわる。
「よろしゅうおたの申します」
楓は「楓葉」という名をもらい、あこがれの舞妓になり、あちらこちらのお座敷に呼ばれた。小柄な体格に、白く丸い顔、おちょぼ口に目がぱっちりした愛らしい容姿の舞妓は、たちまち祇園で有名になり、売れっ妓となった。
お茶屋のお座敷では、舞妓はお酒のお酌をしたり、お客様のお話を聞き、「何か飲みよし」と言われたら、ジュースやウーロン茶をいただく。お酒をすすめられても「すんまへん、まだ飲めへんのどす。二十才になったらいただきます」とやんわり断る。お料理はいくらすすめられても絶対に口にしてはいけない。これはお客様も心得ているようだが。
頃合を見て舞を披露する。地方のお姉さんの三味線と唄に合わせて、お姉さん芸妓と一緒に舞う。『祇園小唄』ともう一曲が定番。
そしてゲームだ。まずは『金比羅船々』。舞妓と客が向き合って座り、間に脇息などの台を置き、とっくりかビール袴を置く。『金比羅船々』の唄に合わせ、交互に台の上に片手を出すのだが、台に袴がある時は、つかんで持って帰っても手のひらをパーにして、つかまないで帰っても良いが、袴がない時はグーにして台をたたく。このパーとグーを間違えた方が負け。唄がだんだんと速くなるので間違えやすくなる。
もうひとつは『とらとら(虎拳)』。近松門左衛門の『国性爺合戦』で描かれた「和藤内」という主人公は虎は退治できるが、母には弱い。「お婆さん」は和藤内の母なので、「和藤内」には勝てるが「虎」には負ける。「虎」は和藤内には負けるが老婆には勝つ。舞妓と客が屏風の反対側に隠れ、歌と三味線の音に合わせてそれぞれのジェスチャーをしながら出てきて、じゃんけん式に勝敗が決まるものだ。
どちらもお座敷は大いに盛り上がる。ご贔屓さんがお連れのご接待のお客様には上手に負けてあげなければいけないことは、置屋のお姉さん方から聞いていたし、お酌のタイミングもお客様それぞれだが、そういうことを覚えるのが楓は早かった。
お座敷は楽しくて仕方なかった。二十才になり芸妓さんへの襟替え(※舞妓から芸妓になること)の話も出たが女将が、
「あんたまだおぼこい(幼い)さかい、舞妓しとき。その方がよう売れる」
と言うので、舞妓を続投していた。
そして紅屋の良いところは、お座敷以外のお誘い、いわゆる「ご飯食べ」という店外デートのようなものについては必ず芸妓・舞妓の意思を確認してくれることである。
「ご飯食べ」はホステスやホストの同伴出勤やアフターといったクラブ外での食事と違って、お茶屋で遊ぶのと同じだけの「お花代」が置屋に支払われ、芸舞妓への「ご祝儀」も弾む客が多かったため、ほとんどの置屋では、上客の希望には喜んで応えていた。
もちろんお座敷前に「ご飯食べ」で八坂神社前の『鍵善』で、くず切りをご馳走になったり、季節のお菓子を買ってもらったり、喫茶店でナポリタンを食べさせてもらうのは嬉しかった。普段できない学生気分も味わえた。それも、必ず三人以上でということで安心感もあった。
でも、噂によると、お姉さんたちのなかには洋服を買ってあげようと言われ喜んで買ってもらうと、次回は温泉旅行へでかけるなんてこともあったとか。
ただ楓が納得いかなかったのは、お客様からいただくご祝儀のことだ。すべて置屋が預かり、いずれ一人前の芸妓になる襟替えなどで費用がかかる際のためにとっておくところもあるが、紅屋は珍しいことに芸妓さんのもらったものはすべて芸妓さんに戻し、舞妓ちゃんのもらったものは何分の一かわからないが、おこづかいとして舞妓ちゃんに戻していた。
それなのに、楓がもらったご祝儀だけは全部取りあげられてしまう。一度、楓が「ほかの舞妓さんと同様、私にも戻してほしい」と抗議すると「欲しいもんは全部買うたげてまっしゃろ! 細かいお金のこと言うなんていやらしおす」となじられたこともあった。
楓としては、そういうことではない。お稽古帰りに仲間と買ってしゃぶるあめ玉ひとつとか、そういうものを自分のお金で買いたかっただけなのだ。
舞妓として売れっ子になればなるほど、仲間からの陰口、嫌がらせは多くなったが、気にしなかった。むしろつらかったのは、尊敬していたし仲良くしてくれていた明葉姉さん、そして母である女将の「へんねし」、つまり嫉妬と思われる、強いあたりだった。
「今日はいつも来てくれはる社長さんと違て、銀行の人の方を立てるように」
とある日のお座敷の際に明葉姉さんに言われていたが、実際は違ったらしく、長年可愛がってくれた社長さんを怒らせてしまうことになったり、それまでは褒めてくれていたポイントを、他の舞妓や客がいる場所で厳しく叱責され、恥をかかされるなんてことは日常茶飯事。
母は母で、売上が上がるほど、「これくらいやって当然」「あんたを育てるのにどれだけ金がかかったと思ってる」と突き放し、多忙を極めるスケジュールの中でも家事や雑用を免除せず、肉体的に追い詰めてくる。
ちょっといや気がさした時に現れたのが、和菓子『藤村堂』の若旦那・藤村幸太郎だった。
京都では創業百年では「まだ新しい店やね」といわれるなかで、和菓子『藤村堂』は創業三百年以上の老舗和菓子店。
幸太郎は、性格も穏やかでなによりも品のある物言いが評判の優男だった。幸太郎は、楓を舞妓としてよくお座敷に呼ぶ、ご贔屓さんとして可愛がってくれた。
「可愛い。可愛い。舞、上手やな」
お座敷で楓が舞えばほめてくれる。会うたびに成長していく楓を見守りながら、さりげなく「ずいぶん舞も上手になったな。一生懸命お稽古してはる証拠やね」などと前向きな言葉をかけてくれた。
「舞妓の格好してへん、ただの“女の子”のあんたが見たいんや。着物も白粉も脱ぎ捨てて、僕の腕の中だけで笑うてくれへんか」
そしてついに幸太郎は「水揚げしたい」、それも「結婚してください。女房になってほしいんです」とはっきり言ってくれた。
あこがれの「結婚」──。
しかも大店『藤村堂』の若旦那の女房! 楓は嬉しくて飛び上がり、天にも昇る気持ちだった。十五才で中学校卒業とともに飛び込んだこの世界だけに、もう綺麗な着物を着て舞うこともないという淋しさは少なからずあった。
けれど何より、母にはできなかった「結婚して正妻の座」につける喜びが大きかった。
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