第一章 風に立つ女の絵

 

佐々木修平

 2014年5月19日。
 東京の下町に建つ、古いアパートの一室は、深夜だというのに、煌々こうこうと電気がついている。
 その部屋の住人、佐々木ささき修平しゆうへいは21歳の大学生だ。普段ならば就活の筆記試験対策や、履歴書の作成に追われているのだが、今日は珍しく、パソコンの画面に見入っている。
 
「これか……栗原くりはらが言ってたブログは……」

 独り言が漏れる。
栗原』とは、佐々木が所属しているオカルトサークルの後輩だ。今日の午後、大学の食堂でばったり会い、一緒に食事をすることになった。ここ最近は就活が忙しく、めったにサークルに顔を出せていなかった佐々木は、後輩との久々の会話を懐かしい気持ちで楽しんだ。
 お互いの近況報告、サークル合宿の計画などを一通り話し終えると、当然ながら話題は、共通の趣味であるオカルト方面へ流れていった。
 
「佐々木さん。最近、情報収集(、、、、)のほうはやってます?」
 栗原が神妙な顔で言う。『情報収集』とは、言ってしまえば『オカルト系の作品を見たり読んだりする』という意味だ。
「いや、時間がなくて全然だな。映画も本もネットも見れてない」
「じゃあ、いいの教えてあげますよ。実はこの前、変なブログを見つけたんです」
「ブログ? どんなの?」
「『七篠ななしのレン 心の日記』っていう、一見、普通のブログなんですけど、なんか不気味っていうか……色々おかしいんです。怖さは保証しますから、ぜひ読んでみてください」
「…………」

 佐々木が知る限り、栗原はかなりクールな男だ。いつでも一歩引いて『我関せず』を貫くようなところがある。そんな彼が真剣に、熱を込めて話す姿に、佐々木はただならぬものを感じた。

***

 深夜0時。部屋に時計の音だけが響いている。佐々木はゴクリと唾を飲み、栗原に教えられたブログを開いた。

 

 

 怖い……というより懐かしい気分になった。以前はこんなブログがたくさんあった。
『ブログ』とは、インターネット上で、文章や写真を誰でも簡単に発表できるサービスのことだ。何を書くかは人それぞれ。日記、趣味の紹介、政治への不満など、何でもいい。その自由さが受け、ある時期までは猫も杓子しやくしもブログをやっていた。しかし、ここ数年はブームも下火になり、以前より勢いはなくなった。
 タイトルから想像するに、このブログを書いているのは『七篠レン』という人物だろう。『七篠』は苗字のようだが、もしかしたら『名無しの』をもじったのかもしれない。『名無しの権兵衛ごんべえ』ならぬ『名無しのレン』というわけだ。
『心の日記』は心に浮かんだことを書き連ねる、というような意味かもしれない。
 タイトルの下には最新記事が表示されている。投稿日時は2012年11月28日。およそ一年半前に書かれたことになる。以来、このブログは更新されていないということだ。
 最新記事の内容は、以下のようなものだった。

 

『一番愛する人へ』 2012/ 11/28

今日で、このブログを更新するのをやめます。
あの3枚の絵の秘密に気づいてしまったからです。

あなたがいったいどんな苦しみを背負っていたのか、僕には理解することはできません。
あなたが犯してしまった罪がどれほどのものなのか、僕にはわかりません。
あなたを許すことはできません。それでも、僕はあなたを愛し続けます。

レン