まったくもう、失礼しちゃうわ!
 赤ずきんは川岸にしゃがみ込み、頭から湯気が出そうなほど怒りながら、両手に持った靴をじゃぶじゃぶとこすり合わせて洗っていました。きれいな小川の水が、泥で汚れていきます。
「本当に、ごめんなさいねえ」
 地面まである黒くて長い服をまとった老婆が、ぺこぺこと頭を下げています。大きな鉤鼻が特徴的な、バーバラという名のこの老婆は、魔法使いなのでした。 
 赤ずきんがバーバラと出会ったのは、今さっき、小川に架かる橋の上でのことでした。おやまあ、粗末な服ねえ、私が魔法で豪華な服に変えてあげましょうと、バーバラは言いました。赤ずきんは被っている赤いずきんが気に入っていましたので、それなら靴を変えてくれるかしら、と頼んだのです。ところが、バーバラが呪文を唱えて杖を一振りすると、靴は豪華になるどころか、泥まみれになっていたのでした。誰が見てもわかる失敗でした。
「おわびと言ってはなんだけどねえ、あんたのそのバスケットを、黄金のバスケットに変えてあげるっていうのはどうだろうかね。きんきんきらきらと光って、そりゃあきれいだろうよ」
「もういいわ、あっちへ行ってよ」
 赤ずきんは靴を洗う手を止めずに、答えました。
「やっぱりその赤いずきんを、もっと高貴な、不死鳥の羽のような色に変えてあげるわ。いつまでも赤いずきんの服なんて子どもっぽいだろうに」
「いいって言ってるのに!」
 怒鳴った拍子に、じゃぽん。赤ずきんは手を滑らせ、靴を小川の中に落としてしまいました。靴はみるみる、川下へと流れていきます。
「ああ、待って」
 川岸を走って追いかけますが、小川の流れは意外と速く、靴はどんどん離れていきます。
「ああ……」
 靴はすぐに見えなくなってしまいました。赤ずきんは途方にくれました。まだ旅は始まったばかりです。靴がなくて、この先どうすればいいというのでしょう。
「あらまあ。でも、元気をお出しなさいよ。どうせ泥だらけだったじゃないの」
 バーバラが気持ちを逆撫でするようなことを言いますが、怒鳴り返す元気もありません。
 赤ずきんは裸足のまま、とぼとぼと歩きはじめました。すると、少し先に、小川に突き出た平たい岩が見えてきました。その岩の上でぼろぼろの服を着た裸足の女の子が、白い布を一枚だけ洗濯しているのでした。そして女の子のすぐ脇には……
「あっ!」
 赤ずきんは走り寄って、それを手に取りました。間違いありません。今しがた流れていったばかりの、赤ずきんの靴でした。
「よかった。あなたがすくい上げてくれたの? ありがとう」
「ああ……、あなたの靴だったの」
 その女の子は戸惑いがちに言いました。どことなく残念そうにも聞こえる声でした。赤ずきんより二つ三つ年上――十八歳くらいでしょうか。何年も洗っていないような、つぎはぎだらけの粗末な服を着て、髪の毛にも顔にもホコリがたくさんついています。
 返してもらったびしょ濡れの靴を履いて、もう一度お礼を言おうと彼女の顔を見たとき、赤ずきんは気づきました。彼女の目が真っ赤なのです。
「あなた、泣いていたの?」
「……ええ」
 彼女の視線の先に目をやると、草地に、何かを埋めたばかりのような盛り土があり、小さな十字架が立てられているのでした。
「かわいがっていた鳩が、昨日死んでしまったの」
「それはお気の毒に」
 赤ずきんは十字架に向かってお祈りを捧げたあと、再び彼女を見ました。
「私、赤ずきんっていうの。あなたは?」
「……シンデレラ」
 Cinderとは、「灰」という意味です。そんな汚い名前があるでしょうか。赤ずきんが戸惑っていると、
「本当の名前は、エラっていうの」
 彼女は泣きながら、事情を話しはじめたのです。
 エラはこの近くの家で、革職人のお父さんと、優しいお母さんと幸せに暮らしていました。ところが今から七年前、お母さんが病気で死んでしまいました。母親のいない子どもはかわいそうだからと、お父さんは新しいお嫁さんを迎えたのです。
 新しいお母さんのイザベラには、二人の連れ子がいました。二人とも女の子で、上のアンヌはエラより五つ上、下のマルゴーはエラより二つ年上でした。はじめは、イザベラお母さんも二人の姉も、エラに優しかったそうですが、新しい結婚からわずか一年後、お父さんが死んでしまってから状況が変わりました。
 イザベラお母さんは今まで自分がやってきた炊事、洗濯、掃除といった家のことをすべてエラに押し付けるようになったのです。二人の姉がきれいな服を着ているのに、エラはおんぼろの服を着ることを強いられるばかりか、「灰(Cinder)」を「エラ(Ella)」にくっ付けた「シンデレラ」という汚らしい名で呼ぶようになったのでした。
「イザベラお母さまは、私が本当の娘ではないから、いじわるをするんだわ」
 シンデレラの目には、みるみる涙が溜まっていきます。かわいそうに、その手には細かい切り傷がたくさんついています。
「シンデレラ、その切り傷は?」
「森の中のいばらよ。アンヌお姉さまはキイチゴのジャムが好きで、私によくキイチゴを取ってこいと命令するの。キイチゴのあるところには必ずいばらが生えていて、切れてしまうわ……。今日も森に行ったけれど少ししか取れなかったから、お姉さまは罰として、私のたった一足しかない靴を捨ててしまったのよ」
 聞いているだけで腹立たしくなる話です。だいたい、靴を捨てられてしまっては、いばらの生えている森には入れないではないですか。トゲだらけの中に、裸足で入れというのでしょうか。
「ひどい。私が文句を言ってあげる。お家へ連れて行ってよ」
「行っても誰もいないわ。お母さまもお姉さまも、今日は舞踏会へ行っているんだもの」
「舞踏会ですって?」
「クレール・ドゥ・リュヌ城では毎年、庶民も参加できる特別な舞踏会があるの。王子様がお嫁さんを探すために、国じゅうの若い娘はみんな招待されているのよ」
「あなたも行けばいいのに。顔を洗って、ドレスを着て、髪飾りをつければ、とってもきれいになるんじゃないかしら」
 実際、目の前で泣いているシンデレラは、小顔で目がぱっちりとしていて、本当はかなりの美人と見えます。
「無理よ」
 シンデレラは首を振りました。
「私には舞踏会へ着ていくドレスなんてないもの。貸してくれる人なんか……」
「そういうことなら、お任せなさい」
 声がして、赤ずきんとシンデレラは同時に振り返りました。
 魔法使いバーバラが得意げにくるくると杖を回していました。
「まだいたの?」
 赤ずきんは皮肉を込めて言ったつもりでしたが、バーバラはまったく気にしていません。
「シンデレラ。そのおんぼろの服を、舞踏会にぴったりのドレスに変えてあげましょう」
「やめときなさいって。あなたは魔法がそんなに……」
「ビンダ、バンダ、ビンダリー!」
 バーバラの口から飛び出る不思議な呪文。びゅん、と勢いよく振られる杖。
 とたんに、流れ星のようなまばゆい光が、シンデレラの全身を包みました。

 

 

 この後赤ずきんは、シンデレラとカボチャの馬車でお城の舞踏会に向かいますが、途中で男を轢き殺してしまうのです……。