ドラマ化され話題となった『ザ・ロイヤルファミリー』などで知られる小説家の早見和真が、東京・杉並区の私立光塩女子学院で新刊『春までのセンセイ』発売記念イベントを開催した。

 

 本作は都内の私立女子校を舞台に、余命宣告を受けた国語教師と32人の女子生徒が過ごす「最後」の1年を描く物語。執筆にあたり、早見が取材した学校の一つが光塩女子学院だった。そんな縁から行われた本企画で、早見は学生と保護者たちに、自身の創作とその裏にある経験を率直に投げかける。

取材・文=小池直也 撮影=河村正和

 

 

第1部『春までのセンセイ』ビブリオバトル

 

 会場に拍手で迎えられた早見は、開口一番「雨降ってなきゃ超満員だったんですけど」と笑いを誘い、「自由参加なのに来てくれてありがとう」と挨拶。続いて、自身の娘が私立女子校の生徒であることに触れつつ「娘世代が相手だと思うと難しいんですけど、それでも心を込めてしゃべりたい」と自然体だった。

 

 そして第1部「ビブリオバトル」がスタート。学園の生徒たちによる『春までのセンセイ』の書評合戦だ。生徒6名が、それぞれ自作のPOPを掲げながら3分間で作品の魅力をプレゼンしていく。

 

 

 心に残り続ける「言葉」に着目した稻田愛実さん、「センセイ」というタイトルが登場人物である加賀美先生の「宣誓」なのだと解釈した伊藤璃子さん。また宮本愛巳さんは作中のキーワード「我行我素ウォーシンウォースゥ」を軸に論考し、山下咲さんは「当たり前の一日」の尊さを語り、唯一中学生での参加となった本橋杏珠さんは先生の病気の進行をPOPのデザインで視覚化する。そして、松本夏音さんは「32人の生徒ではなく32通りの人生」という視点を提示した。

 

 審査を務めた早見は、各プレゼンを丁寧に講評。「みんな自分が正しい、正義だと思いすぎてないか?」という現代社会への想いを前提に、プレゼン内の「本を読んだ上で、隣にいる人の日常を想像する」という言葉を「それこそが小説の持つたったひとつの大きな武器」と評価して、松本さんが優勝に選ばれた。

 

 松本さんは「32通りの人生が精密に描かれていて、読んでいて時間を忘れるほど引き込まれた」とあらためてコメント。「将来、自身のなりたい職業に就いた際には、どうにかして早見先生と連絡をつけてまた会いたい」と興奮ぎみに語った。

 

 

第2部 講演会

 

 第2部は早見による講演だ。まず彼は『春までのセンセイ』における「32名の生徒全員を書き分ける」という構造に込めた執筆意図に言及。「小説としては5、6人をピックアップして書くのが正しいやり方」としながらも、この書き方を選択した理由は、神奈川県の強豪校・桐蔭学園野球部で高橋由伸などエリート選手の傍ら、大人たちから「補欠」としてしか扱われなかった悔しい過去に由来する。

 

「そんな自分が勝手にクラスの中から誰かを選別して描いたら、物書きとして終わり」と考えたという。モブキャラはいないという姿勢は非常に現代的だ。

 そして、この日の話を聞く限り、彼のパンクスピリットは少なくとも高校時代には備わっていたのだと理解できた。

 

 さらに現在の早見家も独特な環境だ。彼自身は「家の中では僕だけが半歩輪の外にいて、ずっと俯瞰して観察している」らしい。それはジェンダーバランス1:2なだけでなく、自身が男子校育ちで妻は共学、娘が女子校育ちという全員が異なる環境で学生時代を過ごしているからだ。

 

 ただし、『春までのセンセイ』を執筆するにあたり、娘本人に取材したことは一度もない。「妻と娘のむき出しのやり取りが面白くて、そこから伝わってくる日常としての女子校の話が面白い」と父は振り返る。

 

 

 加賀美先生というキャラクターも「僕自身が出会いたかった先生というより、娘にこんな先生と出会ってほしいという願いを込めて作った」と明かした。ただし「自分の先生が加賀美先生みたいな人ばかりだったら、多分つまらない人間になっていたと思う」と添えることも忘れなかった。

 

 また早見は大学時代、リュックひとつで50カ国近くを旅している。特に強調したのはブラジルと南アメリカで、拳銃を突きつけられた体験。「心の底から『死にたくない、頼むから殺さないでくれ』と思った」という過去をもとに、安易な「死にたい」という言動への違和感を投げかけ、「これが今日、一番伝えたいこと」と語った。

 

 結婚のいきさつも赤裸々に語った。月収数万円だった当時、妻からのプロポーズに近いやり取りで結婚に至ったといい、「僕を食べさせてくれるならお願いします」と伝えたらしい。

 

 結婚&出産後は移住の人生だ。新宿から静岡・河津町(6年)、そこからの愛媛・松山への引越し(6年)を経て、現在は東京へ。この東京再移住は、娘自身が中学受験を通じて選択した結果だった。こういった人生の紆余曲折の話も女子中高生と保護者たちは興味深げに聞き入っていた。

 

 終盤は再び執筆の話へ。特に『春までのセンセイ』脱稿間際に、娘とその友人にバイト代を払って原稿を読んでもらったときのエピソードは印象的だった。最も修正が入ったのは「SNSの使い方」。これに早見は「僕はLINEもやってない人間なので、SNSが何たるかを全然わかってない」と苦笑い。しかし娘と友人から「32人の生徒にリアリティのない人がひとりもいない」という共通認識を得ることができたという。

 

 

 小説家デビューから19年、話題作を重ねてきた早見が、「生まれて初めて自信を持って発売日を迎えられた」と語る作品が『春までのセンセイ』。その気持ちを支えたのは娘とその友人のふたりの高校生だった。それを告げて、講演は幕を閉じた。

 

 

第3部 質疑応答

 

 その後は約20分間の質疑応答へ。生徒・保護者から続々と手が挙がる。とりわけ踏み込んだやり取りとなったのが、歪んだ愛や母性を描くシリアスな過去作品『八月の母』についての質問だ。生徒から「執筆時の気持ちを知りたい」と問われた早見は、「自分にとって避けて通れないテーマだった」と当時を語った。

 

 さらに、実の娘が小学6年生のときに同作を読んでいたというエピソードも披露。「中学入学後は僕の本をほとんど読まなくなったが、最後に読んだのが『八月の母』だった。性的な描写を含む本を読んでいる我が子に、性の話を隠す理由はない」と話し、家庭内での対話のあり方にも触れる場面も。

 

 

 このほか、異色作『店長がバカすぎて』の店長像を「社会のルールに縛られない、自分が正しいと思うことに素直な僕の理想」と語る場面があるなど、会場からは終始笑いと深い頷きが交錯した。

 

 このイベントに参加した生徒のなかから、未来を切り拓く女性が現れるのか。彼女たちの将来が楽しみだ。