東京都杉並区にある私立稜花女学院中学校。3年E組の担任は、加賀美秀彦という中年の国語教師だった。最初は冴えないと思っていたけれど、先生の言葉はなぜだか心に響いてくる。それなのに夏休み直前、先生は病気で学校を辞めるというウワサが流れて……。
「小説推理」2026年11月号に掲載されたライター・吉田大助さんのレビューで『春までのセンセイ』の読みどころをご紹介します。


■『春までのセンセイ』早見和真 /吉田大助 [評]
そんなものよりももっと大きく、もっと説得力のある「生」の喜びが
『春までのセンセイ』は著者初の余命モノだ。ただ、そう聞いて想像する物語とはだいぶ違うかもしれない。
舞台は、京王井の頭線の浜田山駅近くにあるプロテスタント系の稜花女学院中学校。新年度の初日、三年E組の担任となった国語教諭の加賀美秀彦は、生徒たちを前に「自分の頭で考え」ることの大切さを説き、「どうか毎日を気持ちよく生きてください」と言葉を紡ぐ。物語の語り手に選ばれているのは、その言葉を受け取った三二名の生徒たちだ。四月に始まり、五月、六月……と一章ごとに時計の針が進み、数ページ〜十数ページおきに語り手が細かくバトンタッチしていく。
子供時代に友達の家へ遊びに行った時、扉の向こうに広がる他人の家のリアリティに圧倒された記憶が蘇った。小説では家の扉のみならず、心の扉も開いてくれているから、他人の人生のリアリティはさらに増す。それを、三二名分。しかも、今を生きる中学三年生の女子。圧巻の筆力だ。
語り手たちの内面に大きな波紋が生じるのは、夏のある日、担任の加賀美が深刻な病に侵されている、という噂が立ってからだ。先生が先生でいられるのは、もしかしたら「春まで」。そのことを知り、先生のためにクラス全員が結束する、といった方向には物語は進まない。先生に対する感情には「好き」から「嫌いじゃない」まで濃淡があれば、死を身近に感じる距離感は人それぞれだから。むしろ自分たちはバラバラな存在であることを、みながみな思い知らされることとなる。
そこからが真のスタートだ。バラバラである自分たちが人生のある一定期間だけ一緒にいられること、一緒に何かができること。その奇跡を、物語は生徒たちの語りを通して紡ぎ出していく。ついに先生に「死」が訪れて悲しいし命を大事にしよう……といった余命モノの定番と言える展開や感情は描かれていない、とだけは記しておきたい。そんなものよりももっと大きく、もっと説得力のある「生」の喜びが、三二名の生徒たちの心を突き抜けて読者の心に届く。必ず。必ず!