自他共に認める美貌を持ち、自分以外の誰も愛せなかった青年が出会った女は、鏡の中から現れ、「私たちは、性別だけが異なる同一人物」だと言うが──。

 新作長編小説『かがみよかがみ』で三秋縋が提示するのは、「自分自身と恋に落ちてしまう」という背徳感がありながらも、透き通るように瑞々しい「一人(ふたり)暮らし」の物語。美しくも激しい痛みを伴う結末は読む人の胸を締めつける。

 なぜ今、この物語を描こうと思ったのか。作品に込められた思いを、三秋縋氏に伺った。

 

 

自己嫌悪とは無縁の人物が、性別の異なるもう一人の自分と出会ったら何が起きるのか?

 

──『かがみよかがみ』の主人公・伊織は鏡を愛し、そこに映る自分を誰より愛する美青年です。どのようにして物語が生まれ、主人公の造詣が決まりましたか?

 

三秋縋(以下=三秋):本作は「もう一人の自分に恋をする」という設定から出発した話だったんです。それで、初めは主人公を自己嫌悪に満ちた人物として書き始めました。そういう人間が、もう一人の自分を愛することを通じて自分自身を愛せるようになる話になっていくんだろうな、と想像していたんですよね。

 

 ですが実際に書き進めてみると、そのやり方では上手くいきすぎてしまうことに気づきました。あまりにもあっさり自己受容に到達してしまうんです。じゃあ、逆に自己愛の塊のような人物がその自己愛を作中で一旦否定されて、その上で立ち直れるかという話にしてみたらどうかと考えました。するといつになく筆が乗ったので、じゃあこれで行ってみようということに。

 

──「もしも性別転換した自分自身に恋をしてしまったら」という本作の問いかけは、背徳的かつ魅惑的ジレンマを感じます。本作でこのようなテーマを設定したのはなぜでしょうか?

 

三秋:常々思うんですが、人って何かしら自分と似た要素を持つ人間を好きになりますよね。一見相反する人間を好きになっているように見えても、その差異は致命的な差異ではない、むしろ同一性を際立たせるようなかたちで機能している差異の場合がほとんどです。同じであってほしい箇所は同じなんですね。同じ美学、同じ愛着、同じ欠落、その人を形成する上で核となるような部分では一致を求めている。

 

 その考えを推し進めていくと、極論、性別が異なるもう一人の自分ほど理想的なパートナーはいないということになります。もっとも、もう一人の自分は自身の欠点を映し出す鏡でもあるので、無条件に好きになるということにはないでしょう。しかしそれならば、自己嫌悪とは無縁の仮説的人物を主人公に据えて性別の異なるもう一人の自分と出会わせてみたら、一体何が起きるのか? そういった興味から出発した作品です。

 

読み手の価値観を揺るがすことができたら、きっとそれは良い本

 

──伊織の「性別だけが異なる同一人物」としてこの世界に現れる「詩織」は、外見はそっくりだけど中身は異なります。彼女を描く際に意識していたことはありますか?

 

三秋:実を言えば、最初の稿では詩織も伊織と中身まで一緒だったんです。彼女も自分のことが大好きで、二人は出会って即座に意気投合することになっていました。これはこれで面白かったんですが、分身と本体との対立が一切生じないために、ドラマを動かす役割をほかに充てる必要が出てくるんですよね。しかしこの物語を動かすのはあくまで詩織であってほしいと思った。それで、彼女を伊織とは対照的な人物として描くことにしました。

 

──物語が進んでいくと、これまで伊織が抱いてきた絶対的価値観が崩れ、自身のアイデンティティ、周囲の人の見え方まで大きく変容します。このような喪失と変化をどのように描かれましたか。

 

三秋:自分の最大の美点を失う、というのは普遍的な絶望の一つですよね。そういう人が救われる過程を描く上で大切なのは、実際的な変化ではなく、あくまで内面的な変化によって救われることなんじゃないかと思っています。実際的な変化が生じるとしても、それは内面的な変化の後に続くものであってほしい。「この変化は自分にも起こり得る」と物語を通じて読者に確信させられなければ、それは他人事の救済ですよね。そして実際的な救済というのは現実にはそうそう生じないので。

 

──伊織と詩織の関係は、自己を愛すること、他者を愛すること、どちらが先かはわからなくてもちょうどその中間にある奇跡のような領域を見せてくれているように感じます。伊織と詩織の関係で、三秋さんが特に大切に描いた部分はどのようなものですか?

 

三秋:大前提として、この関係は理想的ではあるがどこまでいっても虚しい関係であるということを常に意識しながら書くようにしていました。そしてその上で、その虚しい関係に惹かれてしまうような書き方ができたらいいなとも。「あなたたちが(おそらく)否定するであろうこの関係は、しかしこんなにも心地よいのだ」と突きつけることで読み手の価値観を揺るがすことができたら、きっとそれは良い本ですよね。

 

〈後編〉に続きます。

 

【あらすじ】
あなたの運命の相手は、きっと運命なんてまるで感じさせずにあなたのそばにいる。

大学生の片平伊織は自他ともに認める美形で、多くの人間を魅了してきた。 彼は鏡を見るのが何より好きだった。そこに映っている自分が、誰より好きだった。 一方で伊織は「運命の人」を探していた。たくさんの女と付き合い、抱き、別れ、それでも巡り合うことができない。 もしかしたら、そんな女性はいないのかもしれない―― 諦めすら覚え始めたある日、彼は「彼女」と出会う。