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6

 

 別荘での暮らしにも慣れ、生活と仕事のペースがつかめてきた。妻も毎日、なにかしらとやることを見つけている。

 そんななか、めんどうな連絡がやってきた。父が避暑に来たいというのだ。

 昨年、いや一昨年なら問題はなかった。だが今、父は足を悪くして杖をついている。敷居などの段差や階段の上り下りに不便があるのだ。

 この別荘の玄関は、階段を上る形になっている。雪が降るため、床高の仕様なのだ。道路から敷地に向けても緩やかな上り坂だ。なによりも問題となるのが寝室だ。一階にあるのはリビングや水回りのみで、寝室は二階にある。夫婦の主寝室にゲストルームがふたつだ。その間取りは父も知っている。父は今の自分に、玄関はともかく、二階への階段が上れると思っているのだろうか。

「手すりを取り付けたほうがいいって言いながら、ずるずるとしていて失敗したよ。急いでやってくれる業者はないだろうか」

 私はつい、妻に愚痴をこぼした。

「家の下見をして、品物の手配をして、職人さんの手配をして、と考えると、一日や二日でできるとは思えないけど。それにお手洗いは一階でしょ。手すりがあっても夜に上り下りをするのは危険じゃない?」

 たしかにそうだ、と妻の言葉にうなずく。

「やっぱり断ろう。転ばれると困る」

「なにか方法を考えましょうよ。リビングにベッドを持ってくるというのはどう?」

「二階から運んでくるのか? それは無理だよ」

 ベッドは、その場で組み立てるものに買い替えたばかりだ。主寝室のマットレスは別注のいい品にした。それぞれ全部、業者に頼んで入れてもらっている。

「マットレスだけ持ってくるとかは?」

「それも危険だよ。運ぶ我々が階段から落ちかねない」

「折り畳みの簡易ベッドをホームセンターで購入するという方法だったら、いけるんじゃない?」

「それ、ふだんはどこに置いておくんだ。屋根裏には持っていけないよ」

「外の物置小屋はどう? お風呂のすぐ向こう側にあるあれ」

 林と接している裏庭には三畳から四畳ほどの物置小屋があったが、雪の時期は半分埋もれているので使わずにずっと放置してあった。もともとの別荘の持ち主がバイク乗りだったようで、ガレージにしていたのだと聞く。テラコッタの鉢、支柱らしき金属の棒、スコップといった家庭菜園の道具も残されたままだった。床は庭と同様の土で、半分ほどがブロックとスノコで底上げされている。

 そろそろ取り壊したほうがと思いながらも、その手間をかけるのもやっかいで、手すり同様、見ないふりをしてきたのだ。

「ビニールかシートで覆っておけば、あそこに置いていてもそれほど汚れないと思う」

「その方法ならなんとかならなくもないけれど」

 そんなに手を尽くさなくても、と私などは思ってしまう。

「気乗りしないの?」

「いや。彩子はどうしてそこまでして、父を迎えたいんだろうって」

 妻が目を丸くしていた。

「お義父さんだからじゃないの。いらしたいとおっしゃるなら、希望を叶えてあげたいでしょ」

「それはそうだけど、避暑といっても、クーラーの利いた部屋にいたほうが涼しいのはたしかだからな」

 呆れたように妻が見てきた。

 父とは馬が合わない。父親と息子の関係の難しさは、妻にはわからないだろう。古来、息子は父親よりも上に行きたいものだ。それを成長したと嬉しく感じる父親もいれば、生意気だと感じる父親もいる。私の父は後者だ。会社がいかに発展したかを説明した私に、自慢げだなと父は嫌みを投げてきた。父にはなにかとイライラさせられる。向こうも私のすることが気に入らないようだ。

 とはいえ、ここは鷹揚な態度を父にも妻にも見せておいたほうがよいだろう。結局、私が車で迎えにいくことになった。

 

 リハビリをしていると聞いたから少しは自由に動けるのかと思った父だが、甘かった。セダンタイプの車とあって助手席に乗るにも体重移動がうまくできず、ひと苦労だ。これで本当に、玄関の階段を上ることができるのだろうか。手すりの工事は間に合わなかったのだ。

 玄関の外で妻が出迎えてくれた。

「お待ちしていました、お義父さん。どうぞおあがりください」

 私は父を支え、一段ずつ階段を上らせようとした。とはいえ父は、すぐにふらついてしまう。妻はすかさず玄関の扉を開け放ち、反対側を支えようと父の向こうに立った。父は満足そうにうなずいて、妻に腕を預けた。妻は小柄なうえに、そういった経験がないためか、どこに力を入れていいかわからないようすだ。笑顔は保っているけれど、腕がぷるぷると震えている。

「父さん、もっと私の側に身体を寄せて。彩子が潰れてしまうよ」

 そう頼むと、父はため息で答える。

「片足になるタイミングでは、どうしたって踏ん張れないんだ」

 まったく。なぜ無理をしてやってきたのだか。

 玄関ホールからその先の扉を開けて、なんとかリビングのソファに座らせた。父の荷物を車に残したままだったので、取りに行く。

 鞄を手に戻ってくると、父が妻と抱き合っていた。

 ――いや、支える妻に父が抱きついていたのだ。

「なにをやってるんだ」

 私は父の背後に回って両肩をつかむ。

「立ち上がったところでふらつかれたのよ」

 妻がそう答え、父は妻の肩を支えにして姿勢を保つ。

「さっき座ったばかりだろう。なぜ立つ必要があるんだよ」

 私は妻を庇うようにして、父の前に回り込んだ。

「そこに飾ってある絵はなんだろうと思ってな。近寄ろうと立ち上がったら、なんだか、ふわっとめまいが」

「絵のほうを持ってきますね」

 妻は笑顔でそう言った。セザンヌだかモネだかの、どこにでもあるレプリカだ。

 私は父をもう一度座らせた。妻は絵を持ってきたあと、紅茶を淹れにキッチンに向かった。この調子で二泊三日とはだいじょうぶだろうか。私は明日、明後日も仕事を休むことにした。妻に任せてはおけない。

 その後も、父はわがままを重ねた。平行移動をするのは杖を使ったり伝い歩きしたりすれば問題ないはずなのに、なにかと妻を呼ぶ。

「ふだんの生活はできているんだろ。なぜいちいち彩子、彩子と呼びつけるんだ」

「なんだよ淋しいのか? おまえのことも呼ぼうか、義治、義治って」

「ああ、そうしてくれ」

 淋しいわけがあるか。くだらないと思ったが、妻の負担を減らすには私が犠牲になるしかない。お茶の追加が欲しい、西日がまぶしいからカーテンを閉めてほしいなどの、父の要求に従った。妻が気遣って、少し休みますかと用意したベッドを示したが、父は見栄を張ってか問題ないとソファに座り、あれやこれやと指示を出してくる。

 

 夕食が終わったあとのことだ。

 妻は食器をシンクへと下げていた。私もそれを手伝い、父は食卓の椅子に座ったままだった。

「彩子さん、トイレに連れてってくれないか」

 父がそう言って、にやけた顔を妻に向けてくる。私はカッとなった。

「なんで彩子なんだよ。今、片づけをしてるじゃないか。トイレなら私だろ」

「ふたりとも立ち働いていて、目に入ったのが彩子さんなんだよ」

「嘘をつけ。そういうのはセクハラっていうんだ」

「なにを言ってるんだ。家族じゃないか」

 父は意に介さないようすだ。

 妻が笑顔で父に呼びかけた。

「ごめんなさい、お義父さん。この食器は洗ったらすぐに拭きあげなきゃいけないものだから、お待たせしてしまいます。それでは申し訳ないので義治さんにお任せします」

 漆の椀を見せながら、妻が説明する。妻の言うとおり、漆器はほかの食器とは別に洗い、早く水気を取らないと傷んでしまう。

「そうかね。私も丁寧に扱ってもらいたいものだから、義治よりも彩子さんに――」

「トイレだろ、来いっ」

 私は父の肩を抱くようにして、トイレまで引っ張っていった。「杖を」と父が口にしていたが、かまうものか。

「もう追い返す。とても泊められない」

 私はキッチンにいる妻に宣言した。父の世話があるので、私は今日、アルコールを口にしなかった。車の運転ができる。

「とんぼ返りはかわいそうじゃない」

 その言葉に、私は呆れた。

「彩子も彩子だ。なぜ笑顔を見せるんだ。漆器を理由にするんだ。そこはちゃんと、不愉快だと態度に出すべきだろう」

「そんなの無理よ。お義父さんだよ」

「きみが笑顔を見せるから、父が、相手がつけあがるんだ。きみに迫ってきたという男にも同じように笑顔で接していたんだって、今日、見ていて実感したよ」

「どうしてそういう話になるのよ」

 困り顔になっている妻のエプロンのポケットから、音が鳴った。電話だ。

「出ていいよ」

 妻の実家からじゃないかと思った私は、そう声をかけた。ポケットを探った妻は、ちらりと見ただけでまた戻している。

「どうしたんだよ。出ていいって言ってるのに」

「いいの。放っておく」

「放っておく……?」

 もしや、と思った私は、エプロンのポケットに手を突っこみ、嫌がる妻から奪い取った。液晶画面に載っている相手の番号は、携帯電話らしき並びだ。

「誰なんだ、これ」

 訊ねるも、妻は答えない。そうこうしている間に、呼び出しの音が切れた。

「誰なんだと訊ねている。答えられないのか?」

「……ただの迷惑電話。だけどこっちが拒否していることに気づかれると怖いから、放っておいてる」

「なにを言ってるんだ。そんなもの、早く通信会社の設定で――」

 そのとき、トイレのほうから大きな音が聞こえた。ふたつのものがぶつかったような音だ。父になにかあったのか?

「父さん、どうしたんだ!」

 閉ざされた扉をたたくと、うめき声がした。

 

 父によると、トイレの窓の向こうで物音がしたため、たしかめようと便座から立ち上がったところ、めまいを起こして転んだという。どこを打ったのか訊ねたが、肩かもしれないし背中かもしれない、とはっきりしない。頭を打っているといけないので、夜間病院に連れていくことにした。CTを撮ったが、診察の結果は肩の打撲のみで、安堵しながら別荘に戻る。

 さすがに今夜、追い返すことはできなかった。

 玄関の外から妻を呼んだが、出てこない。

 父を歩かせるのは大変なので、おぶって玄関を入った。玄関ホールの扉の先、リビングのほうから妻の声がしている。

「おい」

 と声をかけると、一瞬の間のあと、慌てたように妻は出てきた。片手を身体のうしろに隠している。

 電話をしていたのか? それは隠すような相手なのか?

 ――彩子。おまえは誰と電話をしていたんだ。

 

7

 

 義父が来訪して、一日目の夜になりました。

 いろいろなことがありすぎて疲れました。夫にプレゼントされたリバティプリントのワンピースを着て、丁寧なお出迎えをし、お茶にお菓子、レシピサイトを参考に作った和懐石もどきの夕食を供して、夫の子供のころの話をうかがうゆったりしたひとときを……という計画を立てていたのですが、そうスムーズにはいきません。幼児や高齢者を相手にするときは、時間の余裕を持って穏やかな気持ちで接すること。響斗がだいぶ大きくなったこともあり、すっかり忘れていました。

 夫はというと、終始イライラしていました。夫はもともと、義父とは気が合わないのです。ですが今日は、ことさら冷たいように感じました。わたしが責めてしまうと夫の機嫌を損ねて、さらに空気が悪くなるのでなにも言いませんでしたが。

 寝室に入ってしばらくしてから、はたと気づきました。

 明日のお米を研いでいません。わたしたちはふだん、朝はパン食なので、夜に準備をすることはありません。でも義父は今、ごはんと味噌汁が基本です。特に骨折後、そういったルーティンを変えないようにしていると夫は言っていました。カルシウム対策としての干物も必須で、冷蔵庫に用意してあります。

 仕方がないと、そっとベッドから抜け出します。

 隣にいる夫は、目を閉じています。起こさないようにしないと。

 キッチンの灯りだけをつけて、お米を研ぎます。炊飯器にセットしてタイマーを――

 ふと、誰かの息遣いを、体温のようなものを背後に感じました。

「え?」

 振り返るまえに、なにかが風を起こし、肩先をかすめていきました。シンクカウンターに鈍い音が鳴ります。その一瞬、目に飛び込んできたのは夫のゴルフクラブです。いつもリビングに置いていて……なぜ?

「きゃあぁぁ――」

 悲鳴の途中で、背後から腕をつかまれました。ふりほどこうと身をよじったところで、相手の顔が見えました。

「……お義父さん?」

 義父が恐ろしい形相で、わたしをねめつけています。

 疑問の間もなく、ゴルフクラブが床に落ちる音がして、首を手で絞められました。苦しくて息が――

「なにをしてるんだ!」

 涙でぼやけた視界に、義父につかみかかっていく夫が映りました。夫はわたしの首から、義父の手を引き離します。

 ふたりが睨みあったのはほんのわずかで、すぐさま義父は、わたしに険しい目を投げてきて、言いました。

「彩子! こいつは誰だ。やっぱり浮気をしてたんだな」

 え? 彩子? その名前はたしか……

 義父が夫をつきとばしました。夫は落ちていたゴルフクラブに足を引っかけて、尻餅をつきました。義父は、わたしに向けて拳を振りあげてきます。

「彩子! おまえってやつは。もう絶対に浮気などしないよう、私が、……私が」

 立ち上がった夫が、義父を羽交い締めにしました。

「彩子じゃない。母じゃありません。私の妻です。杏ですよ」

「違う! 彩子だ。私だけの彩子だ。おまえの妻なんかじゃない。私が閉じ込めたはずだ」

「閉じ込めた?」

 夫の声がひっくり返ります。

「そうだ、私が彩子を……。いや彩子……、彩子は……」

 義父がわたしを見て、急に怯えたように表情を曇らせました。力が抜けたのか、夫に背を預けるようにしています。夫が義父を抱くようにして、自分のほうを向かせました。

「父さん、今のはどういうことですか。母は家を出ていったんですよね」

「おまえ……おまえは誰だ?」

 義父の目が、不思議そうに見開かれます。

「私は武晴たけはるですよ。武晴。あなたの息子です」

「武晴は、小学生じゃ」

「いいえ、見てくださいよ。大人です。父さんの商社を継いだあと、今は嗜好品の輸入を中心とする会社を経営しているんですよ。父さんが夕食で飲んでいたワインもうちの……、いやそんなことはどうでもいい。母のことです」

「母……、彩子?」

「ええ。覚えていますか? あれは二十七年前、私が小六の夏でした。あの夏はなぜかいつもより長い期間、この別荘で過ごすことになったものの、私には中学受験のための夏期講習があって、大半を祖母の家に預けられていましたよね。そのあと二学期のはじまりに合わせて家族で東京に戻ってきたけれど、母はほどなく出ていった。体育祭の活躍を見てもらうはずが、叶わなかったのを覚えています。戸籍もたしかに、離婚による除籍になっていました。でも、閉じ込めた? どういうことか、答えてください」

 義父がイヤイヤとばかりに、首を横に振ります。

「父さん! 母をどこにやったんですか? 杏の首を絞めたように……殺したんですか?」

「……わからない。覚えていない」

「ごまかさないでください。警察、呼びますよ。呼んでいいんですか?」

 わたしは恐る恐る、ふたりに近寄りました。

「ハルくん、そんなに責め立てたら、余計に混乱するよ」

 義父の義治は、去年の骨折で長く入院したのがきっかけだったのか、認知症の症状が出てしまいました。すべてのことがわからなくなったわけではありませんが、今はグループホームで、自分のルーティンを守って暮らしています。義父が無理なく来られるのはこの夏がもう最後になるかもしれないと、夫が迎えにいって別荘にお招きしたのです。

 義父がわたしを見て、不安そうに目を泳がせます。と、見る間に涙を溢れさせました。

「……すまない。……すまない、彩子。……誰にも渡したくなかったんだ」

 そうしてお風呂のほうへと視線を向けました。哀しそうな表情で。

 まさか、響斗が怖がっていたお風呂に? いいえ、たぶんその向こうではないでしょうか。お風呂のすぐ外、林と接している裏庭には物置小屋がありました。扉に古い簡易ベッドが引っかかっていて、ほんの少ししか開かないので、放置されたままの小屋が。

「母を……母さんを、殺して閉じ込めたんだね」

 夫が、ぽつりとつぶやきました。

 

 翌日、警察を呼びました。そのままにしておくわけにはいきません。

 義父から聞いた話を全部伝え、物置小屋も捜索してもらいました。

 小屋は床がコンクリートで固められていたのですが、素人が流し込んだと思しくガタガタで、ほどなく土が出て、その下から女性の遺骨が発見されたそうです。

 隣の別荘のご夫婦に騒がれるかもしれないと思ったけれど、幸いというべきか、山登りでお留守のようでした。

 義父は病気のこともあり、拘束されないまま取り調べを受けています。記憶には抜けや上書きが多く、あいまいなようすです。義母――彩子さんが本当に浮気をしていたのか、怪しい男に付きまとわれていただけなのか、それさえも、義父の思いこみの強さもあって真実はわからないままです。なお離婚届は、偽造のようでした。

 夫もまた、当時の行動を確認されたそうです。母親の姿を最後に見たのはいつなのか、父親はその時期になにをしていたのか。そして、夫が犯行に関わっていないかどうかも。

 義母を殺し、別荘に運び、物置小屋の地面の下を掘って埋め、コンクリートで塗り固めて隠す。それらの作業を、義父ひとりで行ったかどうかがわからないようです。商社で社長職にあった義父は勤務の記録がデータとして残っておらず、いつどれだけの空き時間があったかが判明しないためです。義祖父も義祖母も他界し、当時を知るのは夫だけなので、嘘や偽りがないか、なんども同じことを訊ねられたとのこと。それでも最終的には、夫の出席簿に欠席がないことと、二次的にでも義父の犯行を手伝っていたなら告発はしないだろうということで、夫の関与はないと判断されたのです。

 そうして、殺人と死体遺棄で義父の送検が決まりました。

 わたしは夫に訊ねたくてしかたありません。

 ――お義父さんのこと、まったく疑ってなかったんですか、と。

 実は数年前から、別荘を売る話が出ていました。そのたびに義父は、強く反対をしました。自分の栄光の記録を手放したくないと言って。その後義父は、骨折からの入院を経て、記憶の混乱が見られるようになりました。そんな義父と話をするなかで、夫は違和感を覚えていたのではないでしょうか。

 そしてストーカーに遭っているというわたしを慮って別荘で過ごすうちに、義母が出ていった夏のことを、義父の別荘へのこだわりとその混乱した記憶の欠片を、つなぎ合わせて確信を持ったのでしょう。

 夫は、義父が少しでも別荘のことを覚えている間にという理由でグループホームの許可を得て、義父をわざわざ連れてきました。

 義父をここに滞在させればなにか行動を起こすのではないか、過去を思いだすのではないかという、期待とともに。

 とはいえ細かな下準備は必要です。

 わたしに贈られたワンピースは、義母がかつて持っていたものとよく似ていました。響斗も実家に預けています。義父を連れてきたのは隣のご夫婦が山に出かけて不在のときでした。邪魔ノイズは入りません。わたしと義父がふたりになる時間も生まれます。

 そして、ワイン。アルコールの酔いは、健康な人であっても、ときに記憶の混乱を招きます。夫は義父になぜ、飲ませたのでしょう。

 わたしは夫に訊ねたくてしかたありません。

 ――わたしを餌にしたのですか、と。

 

 でも訊ねるのはやめておきましょう。

 万が一にも、夫に殺されては困ります。だって地域統括は、夫にそう説明はしたけれど、ストーカーじゃありませんから。

 

(了)