「勇一君、助けて」津倉勇一のもとにかかってきた一本の電話。一年前に起きた爆破事件で最愛の恋人を亡くし、自身も怪我を負うとともに事件への関与を疑われ、日本を離れた津倉。絶望の底にいた彼に届いたのは、死んだはずの恋人からのSOSだった。彼女は生きているのか。一縷の希望を胸に、真相を探るため極秘で日本へ帰国した津倉だったが、新たな事件に巻き込まれ、警察から追われる立場となり……。

 

「小説推理」2026年12月号に掲載されたライター・千街晶之さんのレビューで『0秒前の彼女』の読みどころをご紹介します。

 

0秒前の彼女
0秒前の彼女

 

■『0秒前の彼女』今村昌弘 /千街晶之 [評]

 

最愛の恋人は何者なのか? 全く先が読めないジェットコースター・サスペンス

 

 もし『0秒前の彼女』という小説を、著者名を伏せた状態で「誰が書いたか当ててみよ」と出題された場合、今村昌弘という正解に辿りつけるひとはそう多くはないだろう。二〇一七年に『屍人荘の殺人』でデビューし、特殊設定ミステリの一大ブームを巻き起こしたイメージが強い著者だが、本書は全く先が読めない展開を特色とする、スケールの大きなジェットコースター・サスペンスなのだ。

 

 主人公の津倉勇一は公安の捜査官。彼は、連立政権入りした新興政党「協創党」とその支持団体「リヴ・コモンズ」の関係を探るべく、カフェである男と接触したが、そこで爆破事件に巻き込まれる。その場に何故か急に現れた津倉の恋人・高木紗奈も死んだ。事件への関与を疑われた津倉は、上司の計らいで海外に赴任する。ところが約一年後、死んだ筈の紗奈の声で、助けを求める電話がかかってきたのだ。

 

 津倉は上司に無断で帰国し、紗奈の生存を確認しようとする。だが、新たに殺人事件が起き、ますます四面楚歌の状態に陥ってゆく。信じていいのは、紗奈の弟の翔太ぐらい。津倉を追う刑事たちや「リヴ・コモンズ」のメンバーたちばかりか、身内の筈の公安も信用できない。そして最大の謎は、津倉が心から愛していた紗奈の正体だ。誰が敵で誰が味方か、人間関係の構図が目まぐるしく反転を続ける。

 

 紗奈をめぐる秘密は、単独で取り出せばいくらでも前例があるパターンだ。しかし本書は、そんな複数のパターンを思いがけないかたちで組み合わせることで、見たこともないような真相を生み出している。サスペンスを重視しつつ、きっちりした謎解きも用意しているあたりは著者ならではだろう。

 

 刊行に先立って、今年十月から本書を原作とする連続ドラマ『ハイド&シーク 0秒前の彼女』の放映がスタートしたが、キャラクター設定などに違いもある。果たして結末は同じなのか、もう一つの『0秒前の彼女』を楽しみにしたい。